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wabi

Author:wabi


治療の一環として始めた海岸散策
そこで知り合った海岸猫たちと交流を
深めるうちに彼らの魅力に心惹かれて2009年10月に旧ブログを開設

そして2015年9月に当ブログへ移転

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★プロフィール写真は元海岸猫の愛猫

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2010年1月23日
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午後の巡回 (前編)

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その原因を訊いても明確な答えは誰からも返ってこないし、私自身にも分からないのだが、ここ数年のあいだに海岸猫の数は激減している。

私の顔見知りの猫たちの数も少なくなり、そうなると訪れるエリアもおのずと限られてくる。

自宅から近いということもあり、そんなエリアのなかで訪問頻度がもっとも高いのは『リンエリア』だ。


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この日も私がエリアをたずねると、リンとサキの母娘が揃って迎えてくれた。


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サキはまだ食べ盛りの若い猫だから食べるスピードも速く、またたく間に猫缶を完食してその場から離れると、大きく伸びをした。


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すると今度は食事を終えたリンが同じように伸びをしたのだが、ただリンの場合は最後に頭をぐるんぐるん回転させる動作が加わった。

犬や猫などの哺乳動物は耳の中に異物が入ったときや身体が水に濡れたときなどに、こうして回転による遠心力でそれらを振るい落とす。

このときのスピードは、頭を一方向へ回転させる動作を1回とカウントすると、犬だと毎秒5回ほど、猫だと毎秒10回ほどで、ネズミに至っては毎秒30回にもおよぶ。


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このように頭を高速回転させてもなんの弊害がないのは、ニンゲンに比べてこれらの動物の脳重量が軽いからである。

だからニンゲンが同じ行為、ロック奏者などがステージで見せるいわゆる『ヘッドバンギング』を過度におこなうと、脳震とうを起こしたり頚椎に損傷を受けたりするし、更には脳梗塞の要因ともなるのでほどほどにしたほうが賢明だろう。


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サキが見つめるなか、リンはゆっくりとした足取りでエサ場の奥へ姿を消した。


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母の行き先を見届けたサキは、前方を真っすぐに向いて軽快な足付きで歩きはじめた。

その足運びはさながら確固たる目的地があるかのように、迷いがなくしっかりしている。


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やがてサキは防砂林の切れ目に到達したが、歩度を緩めることなくそのまま防砂林の外へ出ていった。


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しばらくするとリンが往きと同じようにゆっくりとした足取りで戻ってきた。

時間の経過から推して、おそらくねぐら近くに置いてある水を飲みに行っていたのだろう。


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カメラを構えている私の足元を通りすぎる直前に、リンはちらりと仰ぎ見た。

まるで目顔で合図を送るように。


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その後ろ姿は「その黒いものでワタシを写すなら付いてらっしゃい」とでも言っているように、私には感じられた。


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リンは防砂ネットの前に腰を下ろすと、そのネット越しに防砂林の外の様子を真剣なまなざしで眺めはじめた。

自分の縄張り内でいつもと変わったことが持ち上がっていないか見定めようとしているのかもしれない。


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むろん縄張りの中枢であるエサ場周辺に異変がないか、仔細なチェックも抜かりなくおこなう。

猫は縄張り意識の強い動物で、とくに外で暮らす猫にとって自分の縄張りをほかの猫に侵犯されることは死活問題であり、けっして看過できない重大事なのだ。


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雌猫は雄猫より縄張り意識が希薄だといわれているし、避妊手術を受けると更に縄張りへのこだわりが減少するともいわれていて、リンはその条件にあてはまるのだが、それでもほかの猫の侵入をはばむ画然たる領域をもっているはずだ。

そして今現在、その領域にはリンとサキの母娘ふたりだけが暮らしている。


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リンは突然身体を起こすと、私の脇を通り抜けて足早にネットへ近づいていった。

その挙動はいささか性急で、まるで警戒レベルが2目盛り分ほど跳ねあがった印象を受ける。


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しばらくネットの外を見ていたリンだったが、やにわに身体をひるがえすと小走りに駆けていく。


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ところがリンはいきなり立ち止まると、その場でグルーミングをはじめてしまった。

ニンゲンの目から見れば、先を急いでいるのに何故ここで毛繕いなどする必要があるのか、と不可解に思うだろう。

だがこれは言うところの『転位行動』という行為であって、このように慌てたり気が急いて心に葛藤が生じたときなどにも目的とはまったく異なる行動をとってしまうのだ。


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つまり不安や緊張で強いストレスと感じたときや失策を演じてひどく自尊心が傷ついてしまったとき、家猫なら飼い主に叱責されて意気消沈したときなどに、それらから受けた屈託を発散したり失ってしまった心の均衡をとり戻すためにおこなう、まるっきり無関係な行動を総じて転位行動という。

猫が見せる主な転位行動としては、あくびをする、毛繕いをする、爪を研ぐなどで、これらの行為によって張りつめた気持ちを緩和させるのだ。


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もちろん我々ニンゲンにも猫ほど顕著ではないにしても転位行動が見られるのだが、その話をすると長くなるのでここでは割愛して、ふたたびリンの行動を注視しよう。


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グルーミングをしたせいで高ぶった気持ちが落ちついたのか、リンは体勢を立て直すと歩度を速めながら防砂林の出口に向かった。

常ならぬリンの様子を見ていた私は、取りあえずカメラを手に提げて後を追った。


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リンはふたたび立ち止まると、ネットの切れ目から向こう側の様子をうかがいはじめた。

明らかに何かを警戒し、その対象物の行動を探るために五感をフルに駆使しているようだ。


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やがてリンは防砂林から出てくると、いきなりレンガ道を駆けだした。

リンの一連の行動を不審に感じるかもしれないが、おそらく彼女なりの、そして野良猫なりの本能に基づいてのことだろう。


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リンはレンガ道を横切ると、今度はとなりの防砂林の中をネット越しに見つめはじめた。

とっさに動けるようにリンは腰を若干低く構えていて、それを見ている私にも緊張感が伝わってくる。


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しばらくそうしていたリンが、いきなり顔をしかめた。

それも、「やれやれ、まったくもう‥‥」と言いながら舌打ちでもしそうなほどかなり露骨に。

さて実際はリンが防砂林を出たときから、私自身は彼女が執拗に警戒していた相手を視界の隅に捉えていた。


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それは初老の男性の膝の上に載せられた小型犬だ。

まるでニンゲンの子どもをあやすように抱かれたその犬は体の大きさがリンとおっつかっつで、この飼い馴らされた可愛い闖入者が野生に近い生き方をしている野良猫の脅威になるとはとても思えなかった。

だからひょっとすると、リンが警戒していたのは犬ではなく飼い主である男性かもしれないけれど、私にはそこまで彼女の心理状態を忖度できない。


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そのとき突然サキが右手から姿をあらわし、リンそばへ駆け寄ってきた。

想像をたくましくすれば、こういうことなのかもしれない。

『リンと同じように闖入者を忌避して物かげに隠れていたが、やはりひとりでは心細く、そこで母の姿を見たのものだから思わず「お母さん!」と言って駆けだした』


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母娘がその場でどのようなことを相談し、どのような合意に達したのか私には知るよしもないが、リンとサキは連れだってレンガ道を歩きはじめた。


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やがてリンが灌木の中へ姿を消すと、サキも後を追って灌木の茂みへ入っていった。


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私はふたりのように簡単に灌木を通り抜けることができないので、フェンスを迂回して隣接する防砂林の中へ足を踏み入れた。


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ふたりの姿を求めて周囲に目を配りながら防砂林の中を歩いていると、灌木のあいだでまずリンを発見した。

そこであらためて付近を見まわしてみたが、サキの姿はどこにもなかった。


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リンにつづいて防砂林に入ったはずのサキのことが少々気にかかったが、ここは素直にリンに付いていくしかない。


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防砂林には歩行者用の道が敷かれていて、主に犬の散歩やウォーキングなどに利用されているが、その道を外れて林の中へ足を踏み入れる人はよほどの事情がない限りまずいない。

だから海岸猫にとって防砂林は比較的安心してくつろげる場所なのだ。


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そういう目で見ていると、先ほど急に立ち止まっておこなった慌ただしい毛繕いと違って、今回の毛繕いはていねいだし手順も慣例に則っているようだ。


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リンはふいに毛繕いを中断すると、険しい視線を道路の方へ送りはじめた。

ここは人が行き交う道路から離れていて、先に述べたように野良猫にとってはおおむね安全な場所だが、それでもリンが警戒を完全に解くことはないようだ。

私はあえて振り返らなかったが、先ほどの小型犬が男性と一緒に散歩を再開したのかもしれない。


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リンは道路から遠ざかるように防砂林の奥へと歩を進める。

結局、野良猫にとって心置きなく安らげる場所などというものはどこにもないんだなと、つくづく思い知らされた。


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やがてリンは道路から十分距離をおいた場所まで来るとしずかに腰を下ろした。

さてこれからどうしましょう、といった風情で‥‥。



〈つづく〉



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