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Author:wabi


治療の一環として始めた海岸散策
そこで知り合った海岸猫たちと交流を
深めるうちに彼らの魅力に心惹かれて2009年10月に旧ブログを開設

そして2015年9月に当ブログへ移転

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2010年1月23日
東京都荒川区東日暮里で行方不明
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2012年8月5日
名古屋市緑区姥子山鳴海グランドで
行方不明
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新入り猫との別れ

陽射しは薄雲のお陰で和らいでいるが、今日の海岸はとにかく蒸し暑かった。
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それでも、ウインドサーフィンのイベントが行われている砂浜は多くの人で賑わっていた。


今日は、大事な約束の日。
その約束の時間より1時間ほど早くエリアへ到着した私は、急いで新入り猫を捜した。

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車の下で涼をとっている新入り猫を発見した私は、ホッとした。
主役であるこの子がいないと、今日の話は始まらないからだ。



新入り猫は、今日これから里親に名乗り出てくれた人へ手渡される。
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ただし、このことを新入り猫は知らない、まだ。


7月22日、私に1通のメールが届いた。差出人は、県内に住むS.K.さんという女性だった。
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そのメールには海岸猫のために募金をしたいと記されていた。
そして自身が飼う愛猫に似た新入り猫のことが気にかかるとも。



新入り猫は、この白猫を父か兄のように慕っている。
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私が見ている限り、白猫もそんな新入り猫を可愛がっている様子だ。
今日もこうして新入り猫の側へやって来て、周りに警戒の眼を向けている。



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白猫が自分を護ってくれているのが分かったのだろうか。
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新入り猫は、安心したように眼を閉じた。


新入り猫の引渡しに立ち会うため、Sさんが車でやってきた。
「この時間にここへ来ることはほとんどない」とSさんは言った。

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Sさんの姿を認めた新入り猫が車の下から出てきた。


8月中旬、S.K.さんから新入り猫の里親になってくれそうな人がいるとの報せを受けた。
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そこで私は、ゆきママさんにお願いして、このエリアを担当しているSさんを紹介してもらった。
その辺の経緯は『朗報と悲報』に詳しい。
Sさんから快諾を得た私は、具体的な新入り猫の引渡しについてS.K.さんと打ち合わせをはじめた。
そうして今日、新入り猫を里親さんへ引き渡す日を迎えたのだ。



そこへやって来たゆきママさんが、バッグの中から取り出したのは、体重650gの仔猫だった。
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コジローと挨拶を交わすこの仔猫が、何故ゆきママさんのバッグに入っていたのか、その経緯は後日紹介する。


新入り猫に朗報をもたらしてくれたS.K.さんが到着した。
S.K.さんと私は今日が初対面。お互い自己紹介をした。真ん中がS.K.さん、向かって左にいるのはS.K.さんの友人。そして右にいるのが新入り猫の里親さんだ。
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さっそくマサムネがお出迎え。


そして野次馬猫のコジローも、当然のように顔を出す。
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マサムネとコジローは、初対面の挨拶にフロントラインを滴下してもらった。
さらに私には、海岸猫のための猫缶とカリカリが渡される。



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S.K.さんとSさんとの間で、今後のことが話し合われた。
その話の中には、新入り猫が家猫に適さなかった場合の対応も含まれている。



いざ里親さんに手渡そうとしたとき、新入り猫は動物の勘で察知したようだ。いつもと違う何かを。
新入り猫は、ねぐらでもある木の茂みに逃げこんでしまった。

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Sさんが、宥め賺しやっと新入り猫を捕まえた。そして用意されたキャリーバッグへ移す。


新入り猫は蓋をする前に一暴れしたが、誰も引掻くことなくキャリーの中へ収まった。
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新入り猫は、険しい顔でS.K.さんを睨んでいる。


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こうして新入り猫は、里親さんへ委ねられた。


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新入り猫を乗せた車が動き出した。


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新入り猫を見送る私達の願いは、ただひとつだ。
どうか幸せになって欲しい。残される他の野良の分まで。



新入り猫を見送った白猫は、何が起こったのか解っているのだろうか?
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心なしか、白猫のうしろ姿が寂しそうだ。
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それから白猫は、新入り猫とよく遊んだ場所へ行き、
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しばらくその場に佇んでいた。


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白猫は同じ方を何度か顧みた。
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やがてその方向から眼を離さなくなった。


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白猫の視線の先には、新入り猫とよく遊んださっきの場所がある。


白猫はただ見ていた。身じろぎもせずに。
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新入り猫がもう帰ってこないと分かったのか、ようやく眼を逸らした。


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ただこっちを振り返った白猫の表情は、いかにも悲しそうだ。


その白猫の顔を見た私は、もう一度自分に問うてみた。
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「本当にこれで良かったんだな」と。

2010年9月12日夕刻、新入り猫はこうして海岸から去っていった。
厳しい海岸の冬を一度も経験することなく。









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ツバサの旅立ち

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船宿エリア
願いが届いたのか‥‥、朝まで降っていた雨はあがっていた。

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ところで、今日の主役は何処にいるのだろう?


ミイロが独り船宿前にいたが、残念ながら彼女は捜している主役ではない。
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そのミイロは険しい眼つきで前方を凝視している。


そしてやおら立ちあがると‥‥、
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船宿とブロック塀が作る隙間に向かって慎重に足を運びはじめた。


その隙間に1匹の野良の姿が見える。
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それは茶トラだった。
ここ数ヶ月、この時刻に殆ど姿を見せなかったのだが、最近の出現率はそこそこの高さを誇っている。むろんこの茶トラも今日の主役ではない。



そこへふいにアイが現われた。
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「アイちゃん、悪いけど捜しているのはキミでもないんだ‥‥」


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シロベエ‥‥、申し訳ないが、お前が主役になることはとうぶん無さそうだ。


休日とあって、釣宿前は釣客で賑わっていた。
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「いた!」
今日の主役がブルーシートの上で独り寛いでいた。



この子がいないと、今日の行事は成立しない。
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“好事魔多し”‥‥この日のことが決まってから、私の頭の隅には、常にこの言葉が居座っていた。


いつもと変わりないツバサの姿を見て、私は心底安堵した。
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この日を境に、この野良の運命は大きく変わる‥‥。


いつの間にか、ミイロがツバサの側に来ていた。
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その姿を認めたツバサはすぐに“母”ミイロの側に近づいた。
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母離れを果たしたはずのツバサだったが、まだまだ甘えていたいようだ。


ミイロ2010年11月25日夕刻、ツバサ同年11月28日夕刻‥‥、これは此処へ遺棄された日時だ。
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相前後して“捨てられた”からなのか、この2匹は本当の母子のように寄り添って暮らしている。


ツバサがこのエリアに受け容れられたのは、このミイロの存在が大きい。
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ミイロの側だと安心できるのだろう、ツバサは体中の力を弛緩させて寛ぎはじめた。


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ツバサの様子を見ていると、ここにこのまま居るほうが幸せなのではと、ふと思ってしまう。


しかしそんなニンゲンの感傷的で一方的な想いは間違っているのだ。
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「野に暮らしても良いことないのよ」
マッシュの捕獲を手伝ってくれたあの女性の言葉が、今も私の耳に残っている。



船宿前にはシシマルとマサムネが無聊そうに体を横たえていた。
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そのシシマルにミイロが挨拶を求めている。
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おずおずとそれに応えたシシマルは、挨拶が終わるとすぐに背を向けた。


ミイロの後を追ってきたのだろう、ツバサは船宿前の駐車場にいた。
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“空気を読めない野良”はいつもマイペースだ。周りのことは一切に気にしない。
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シロベエとツバサの“プロレスごっこ”のゴングがいきなり鳴った。
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最近の戦績は、成長著しいツバサの方が優っているのだが、この時はツバサのモチベーションがイマイチで、ただ馴れ合っているだけだった。


シロベエもそんな半端なツバサの態度にヤル気をそがれているようだ。
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こうやってツバサがシロベエとじゃれ合うのも、これが最後になるだろう。


アクビをするツバサは如何にもダルそうな様子だ。
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病院で抗生剤を与えられてから一時回復していた鼻の調子が最近良くないようで、それが影響しているのかもしれない。


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この頃になると、訪問客が相次いだ。
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その中にはツバサに逢うため横浜からやってきたsyokoさんとご主人の姿もあった。


そして、そこへもうひとりの主役であるチャチャさんが船宿に到着した。
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ツバサはこれからチャチャさんに連れられ、この海岸から旅立ってゆく。



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ツバサの旅立ち その弐『偉大な母』

2010年11月28日、ここへ遺棄された直後のツバサは、自分が何故こんな目に遭ったのか理解出来ずに悲しげに鳴きつづけていた。
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そして周りの野良たちを恐れて、ただただ怯えていた。
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この時のツバサもある意味主役だったが、今回は栄えある本当の主役を務めることになる。



その主役の周りへ徐々に人が集まってきた。
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この後、自分の運命に大きな影響を与える出来事が待っていることを知らないツバサは、いつもと変わりない様子だ。


チャチャさんがそんなツバサにそっと手をさしのべる。
ツバサがここへ遺棄されて以来、チャチャさんはずっとこの子のことを気にかけていた。

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この子を何とかしてここから引き取りたいと、周りの人たちにも公言していた。


しかし当時のチャチャさんの住居はペット不可だった。
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そこでまず、ご主人を説得し、ツバサのためにペット可の物件を探しはじめた。


そして先月やっと希望通りの物件が見つかり、今月の中旬に引越しを完了させ、この日ツバサを迎えに来たのだ。
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1匹の野良のためにここまで熱意を持つ人がいることを、私は初めて知った。
ツバサに係わる人たちの想いも同様で、だから皆安心して彼女にツバサを託せるのだ。



syokoさんのご主人がもつ草のじゃらしに反応するツバサ。
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こういう光景を見ていると、ツバサはまだまだコドモだな、と思う。


これからはチャチャさんがツバサの遊び相手になる。
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そのチャチャさんは、船宿前でマサムネの体をブラッシングしている。
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チャチャさんは本当に猫が好きなんだなぁ、とつくづく感心させられる。


ミイロとの別れを知らないはずのツバサだが、
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この時は執拗に“母”の後を追っていった。


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ミイロの側でのんびりと毛繕いをはじめるツバサ。
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そのツバサをじゃらしでおびき寄せるIさん。
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そして隙をついて、すばやくツバサをキャリーケースの中へ。


捕獲をどうしようかと頭を悩ませていたので、こうもあっさりとキャリーに収まると、少々拍子抜けがした。
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ツバサは自分の身に起こったことを悟ると、激しく鳴きはじめた。



そのツバサの叫び声を聞きつけたマサムネが心配顔で駆けつけてきた。
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「マサムネ、大丈夫だよ。ツバサは野良を卒業し、元の家猫に戻るんだから」


ミイロもツバサの異変に気がついたようだ。
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キャリーケースに近づくと、複雑な表情を作り、しばらく扉越しにツバサの様子を窺っていた。


ところが、ふいにキャリーケースから離れると、
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あらぬ方向を眺めはじめた。


ツバサの鳴き声は耳に届いているはずなのだが、ミイロはそのままの姿勢で動かない。
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利口なミイロのことだから、ツバサの身に何が起こっているのか分かっているのかもしれない。


そのうちミイロはおもむろに立ちあがると、
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ツバサの声に背を向けて歩き去ってしまった。


そこへボランティアのSさんも駆けつけてきた。
「この子がいなくなるのは寂しいなぁ」とSさんは言った。

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最近ではすっかりこのエリアのレギュラーの中核になっていたツバサだから、Sさんの想いも複雑なのだろう。


この頃になると自分の運命を受け容れたのか、ツバサは大人しくなっていた。
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そこへ再びミイロが近づいてきた。


もう一度ツバサの顔を見たかったのだろう。
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ツバサも、7ヶ月の間“母”と慕ったミイロの顔をじっと見つめている。


ついにチャチャさんがエリアを去る時間がやってきた。
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チャチャさんは、ツバサが収まったキャリーケースをそっと持ち上げた。


そして世話になったSさんとキャリー越しに挨拶をすると、
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ツバサはチャチャさんに抱かれて、エリアを後にした。
「さよならツバサ、幸せになるんだよ」



雰囲気を変えるため、残った野良たちに食事を与えた。
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ただ独りミイロだけは食事に関心を示さず、ツバサが去った方向へ歩いていく。
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しばらくその場へ佇んでいたミイロだったが、


既にツバサは自分の手の届かないトコロへ行ったのを悟ったのだろう、くるりと身を翻した。
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このミイロの表情が何を語っているのか、敢えて私の感想は述べないことにする。
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ミイロはゆっくりとした足取りでエサ場の方へ歩きだした。


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食事を終えた野良たちも、船宿前から姿を消していた。


先月の白猫につづいて、本当の我が子のように世話をしていたツバサにも去られたミイロの心に去来するのは何なのか?
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そんな彼女を慰める言葉を、私は持っていない。


ただこれだけは言える。
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「ミイロ、顔をあげろ!塞ぎこんでいるなんてお前らしくないぞ」


「お前はこのエリアで唯一の“母”だ」
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「それも偉大な母なんだぞ!」


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緊急告知
しばらくの間ブログを休載します。


私が睡眠障害に苦しんでいることは、このブログで何度か報告しましたが、今年の2月からその症状が悪化し、睡眠導入剤を服用しても眠ることが出来なくなりました。
その影響で海岸を訪れる回数もブログの更新頻度も少なくなってしまい、私としても不本意な時間を過ごしてきました。

ブログ内容に係わりがなく、極めて個人的な事柄なので敢えて発表しませんでしたが、心療内科の医者に言い渡された病名は “ 鬱病 ” でした。

当節ではこのことで白眼視されることも、逆に同情されることもない、ごくありふれた病です。
知人に言わせると「心が風邪をひいたようなもの」だそうです。
それに私の場合はうつの原因がはっきりしているので、長く患うことはないとタカをくくっていたのですが、医者にかかって既に3年‥‥、少々辟易としてきました。


ただ唯一、この病気に感謝していることがあります。
そもそも私が海岸へ出かけるようになったのは、「毎日散歩しなさい」という医者の勧めがあったからで、それによりそこに棲む海岸猫たちと触れ合うようになり、果てはミケという稀代の野良と運命の出会いをすることになったからです。

でもこの病のせいで、私の生活は様変わりしました。
もちろん良い方向へではなく、悪い方向へ、です。
そしてそのことがまたうつを悪化させるという‥‥、まさに負のスパイラル状態。
去年の秋に胃潰瘍を患ったのもこの悪循環の所業でした。
その後も具体的な打開策が見つからず、眠れぬ日を無為に重ねてきましたが、それもそろそろ限界に近づいてきました。

そこで今回、静養を兼ねて帰郷することにしました。
実はこのことを考えだしたのは、5月の初旬頃で、私にとっては予定の行動なのです。
期間はまったく白紙状態ですが、数週間に及ぶのではと漠然と想像しています。
実家にはネット環境が無いですし、ネットカフェの狭い空間に閉じ籠るのは静養に良いとも思えないので、しばし世俗から離れた暮らしに身を委ねることにします。
(やはりネットから隔絶した生活は刺激が無さ過ぎるので、時折ネットカフェから世間の動向を窺うことにしました)



ところが、ここまで書いているところへ、父が肺炎のため緊急入院しICUに移されたと母から電話がありました。
年齢を考えると予断を許さない状態だそうです。
当初の予定では梅雨が明けたら帰郷するつもりで、この告知もそのために準備していたのですが、急遽予定を繰り上げることにしました。


では皆さま、暫時お別れです。


管理人:wabi




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落日(ミイロと観た最後の夕陽)

2012年11月某日、夕刻。
よもやこの日が、私にとって生涯忘れ得ぬ日になろうとは、このときは夢想だにしなかった。

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エリアを訪れた私を迎えてくれたのは、大抵の場合そうであったように、釣宿の看板娘のミイロだった。


でもこの日は、親しげに擦り寄ってくることもなく、険しい面持ちで佇むばかりだ。
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そこへエリアの頭領であるシシマルも姿を現した。


だがコジローは、私の姿を認めても車の下から出てくる気配すらない。
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その表情は僅かな緊張をはらんでいて、私を歓待する余裕など無さそうだ。


その理由はすぐに分かった。
この新参者の海岸猫、ユキムラを警戒してのことだった。

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ユキムラは、まるでゴロツキのように伝法な態度で近づいてくると、ガードレールの土台に悠然とうずくまった。


そして車の下にいるコジローと正面から向き合った。
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その威圧的で横柄なユキムラを見て、コジローの表情はさらに曇る。


そしてコジローは、ユキムラと対峙するのを嫌って、駐車中の車の下をつたって遁走した。コジローを心配してシシマルが後を追う。
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ミイロも途中まで後を追ったが、私が呼び止めるまでもなく自ら踵を返した。


自分が行っても、どうなるものでもないことが分かっているようだ。
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利口なミイロだから、おそらく、膂力ではオスであるユキムラに敵わないと悟っているのだろう。


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オス猫たちが姿を消したので、私は独り海岸の方へ足を運んだ。


すると、やはり独り残されたミイロが私の後を追ってきた。
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「ミイロ、私に付き合ってくれるのか」私の心には、外気とは違う暖かな風が吹いてきた。


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そして、ミイロと一緒に晩秋の湘南海岸の夕景を、しばしのあいだ眺めていた。


元飼い猫のミイロが夕陽を観て何を感じているのか、残念ながら私には想像が出来ない。
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首輪をされたまま、ミイロがこのエリアへ遺棄されて2年が経つ。


忘れもしない2010年11月25日の黄昏時のことだ。
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薄暗い船宿の水場で不安げな鳴き声をあげていたのを、最初に発見したのは私だった。
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以後すんなりとエリアに溶け込み、ボランティアのSさんや他のエサやりさん、そして釣宿の船長さんたちに愛される存在になった。
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性格は気丈だが、幼い猫には優しく、ツバサや新入り仔猫の代理母をりっぱに務めあげた。
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おそらくここへ遺棄される前にも、子供を産み育てた経験があるのだろう。


ただニンゲンにも言えることだが、我が子の育児を放棄する猫も珍しくない。
ましてや、ほかの子供の面倒を見る猫は稀だと思うのだが‥‥。

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そういう意味でミイロという猫は、豊かな母性の持ち主なのだろう。


私には聴こえない音をキャッチしたのか、ミイロがいきなり小走りでエリアの方へ向かった。
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オス猫たちの争う鳴き声でも耳にしたのだろうか?


だが、シシマルとコジローは車の下で何事もない様子でうずくまっている。
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ただ2匹の表情は厳しく、コジローに至ってはいつでも逃げ出せる態勢のままだ。


と、そのとき、同じ車の下から這い出たユキムラが、ゆっくりとした足取りでこちらへ向かってきた。
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私の目の前を通りすぎ、そのまま道路を横断していく。


その様子をシシマルとコジローがじっと見つめている。ミイロだけは我関せずと明後日の方を向いていた。
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道路を渡りきったユキムラは後ろを振り返って、不敵な顔でシシマルたちに一瞥をくれた。


ニンゲンには媚を売り、エリアの仲間には邪険に接するユキムラ。出自の分からないこのハチワレをどう扱うべきなのか、私は未だに決めかねている。
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それはほかの海岸猫も同じだろうと思われる。


ユキムラが公然と敵意を表し、シシマルの前に立ち塞がった。シシマルも甲高い威嚇の鳴き声を上げる。
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ユキムラの表情は死角で見えないが、シシマルの顔には微かな怯えが見て取れる。


しかしさすがはこのエリアを統べる頭領、ユキムラの顔をしっかり見据え、一歩も引かない覚悟を決めたようだ。
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相手の出方やその場の状況によって、ユキムラは態度を柔軟に変える。こういう無節操さが、この野良を策士と称する所以である。


ユキムラはあっさりと引き下がると、私の足許に擦り寄ってきて「ニャ~ニャ~」と傲岸な態度からは想像できない可愛い声で鳴きはじめた。
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シシマルは変わり身の速いユキムラを、珍しい生き物のようにしげしげと見つめている。


ミイロはコンクリの柱の上から、2匹のオスの正面対峙の様子をずっと静観していた。
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ここにもう1匹、エリアの覇権争いを草むらの陰からそっと窺っている海岸猫がいる。


シシマルがユキムラを追い払ってくれると期待していたのか、叶わぬと見るやコジローは踵を返して、足早にその場を離れていく。
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クールな“浜の伊達男”は野暮な暴力沙汰が大嫌いで、その兆しを察知するといち早く避難する。


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ミイロとユキムラ‥‥。思えば不思議なツーショットである。
すぐにエリアに受け入れられたミイロ、片や自分の行動に原因があるとはいえ、エリアの猫から厭われているユキムラ。



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それでもまったくめげずに、このエリアで一番大きな態度を押し通すユキムラは、ある意味大物ではある。


一歩間違えば、このエリアの傑物に化けるかもしれないユキムラは、颯爽と去っていった。
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残された3匹は、台風一過のような脱力感を含んだ穏やかさに包まれた。


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頭上を警戒する必要がなく、人も安易に潜り込めない車の下は確かに安全地帯ではある。
だがしかし‥‥。



昨年、カポネがエンジンルームへ潜り込んで頭に大怪我を負ったように、事故に遭う危険性もはらんでいる。
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けれども、そのことを海岸猫たちに諭しても無駄だし、冬場の暖かいエンジンルームの誘惑に惑わされるなと言っても詮無いことだ。


この時間すでに食事を終えていると思ったのだが、シシマルの食べっぷりからして、そうであっても腹にはまだスペースがあるようだ。
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横柄なユキムラには、わざわざデリバリーしてやった。


慎重居士のコジローも猫缶の匂いには勝てず、何処からか姿を現した。
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ミイロは相変わらず、この時間に猫缶を口にすることはない。


やがてミイロはトレイから離れると、飄然と歩き去っていった。
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そしてこの後ろ姿が、私が見た生前のミイロの最後の姿になった。



12月3日午後8時過ぎ、ミイロはその短い生涯を閉じた。


3日午後1時ころ、私の友人である高校生の美衣さんが道路で頭から血を流してのたうち回っているミイロを発見した。

すぐにボランティアのSさんに連絡をし、急いで病院へ搬送したが、治療の甲斐なく、その日の夜、ミイロは虹の橋を渡ってしまった。

状況から、駐車中の車の下にいたまま轢かれたようだという。


3日午後、ゆきママさんからのメールで一報を受け取った私はしかし、しばらく文面が理解できなかった。信じたくないという自衛本能が脳を麻痺させていたようだ。

そのうち、目の前の光景がズームアウトするようにすーっと、遠ざかっていった。

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そして、その直後に襲ってきたのは、臓腑を捩じ上げられるような激しい悲嘆だった。
断腸の思いとは、正にこのこと。

やがて我慢出来ずに、私の口から嗚咽が漏れてきた。一度落涙すると、後は堰を切ったように涙が止めどなく溢れてくる。
身体中の水分が全て涙になってもいいと思った。それでこの苦悶が少しでも軽減されるのなら。

そうしているうちに私の胸中からは悲しみが薄らぎ、代わってにわかに怒りが増大してきた。
怒りは沸き立ち、たちまち沸点に達した。

その怒りの矛先は、ミイロを誤って轢いたドライバーにではなく、首輪を付けたまま遺棄した元飼い主に対して向けられている。

勿論、ミイロを遺棄したニンゲンに限らず、同じ行為をした輩は、たとえこの世で断罪されなくても、あの世で地獄の業火に焼かれる運命なのは承知している。


が、それでも人倫にもとる鬼畜のごとき行いを看過出来ないし、許すことも出来ない。

そいつらを見返すためにも、ミイロ、お前には幸せで長生きして欲しかった。
「無念だ。ミイロ、本当に無念だ!」



もう二度と、釣宿前で店番をするミイロの姿を見ることは叶わない。
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そして、エリアを訪れた私を真っ先に迎えてくれることも、もう二度とない。
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それに、前脚を上げて座る独特のポーズも、もう見ることが出来ない。
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凛としたミイロの佇まいが大好きだった。
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4日午後、ゆきママさんの家にミイロの遺体は引き取られた。


花に囲まれたミイロは、想像していたより綺麗な状態だった。
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でもやはり事故の損傷のせいで、かつての面影は消えて、苦痛の跡が窺える。


その後、訃報を知った数人の弔問客が訪れ、ミイロはさらに飾られた。
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それでもミイロは表情を和らげることなく、静かに、そして密やかに眠りつづけていた。


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ミイロ、あの日お前と一緒に夕陽を観たことは忘れないよ、いつまでも‥‥。



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ミイロ無惨

ミイロの非業の死は、病んだ私の心に思いの外大きなダメージを与えた。
だから私は、本気で考えていた‥‥。

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これからもこんな悲しい思いをするなら、猫との交誼を深めず、通りがかりの旅人のように距離をおいて写真を撮るだけに留めた方がいいのでは、と。


でも私は、野良猫に出会うと、つい近づいて話しかけ、さらに触れたくなる衝動を抑えることが出来ない。さらにその猫の置かれた状況や出自来歴を知りたくなる。
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ならばいっそのこと、野良猫ブログなどやめてしまった方がよいとまで思い始めていた。


傍観者の立場で野良猫を撮影する、そういうブログはネット上に数多もあるのだから、わざわざ私の拙い写真でブログを続ける意味などないからだ。
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また読者の方からは、私のブログを読むと切なくなるというコメントやメールがしばしば寄せられる。そうであれば‥‥、と私は思った。


野良猫の存在そのものが常に、ある種の悲哀を内包しているとはいえ、読者をしてそんな気持ちにさせるブログに、存在価値など、果たしてあるのだろうか?
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さらに、そもそも私のブログは、野良猫たちに幾ばくかでも貢献をしているのだろうか、とも。


実際私は、苦境に陥ったミイロを救い出すことが出来なかった。
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思い上がるな!お前の力など端から当てにしていない、と言われれば返す言葉はない。
その通りなのだから‥‥。



それにいくら私が、動物を遺棄したらいずれ報いを受けると訴えても、そんなニンゲンはこのブログを見ないだろうし、たとえ見たとしても自責の念など毛ほども感じはしないだろう。
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ミイロの元飼い主に対してはこれまでも何度か、強い言葉で糾弾したが、それでもまだまだ手緩いと思っている。


遺棄された当時は関係者が迷惑を被る可能性があったので、どうしても書けなかったことがある。だがミイロの死によって、自ら決めたその禁忌を解く。
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これを知れば、ミイロが故意に遺棄されたことに疑念を挟む人は少ないと思うし、私の激しい憤りも理解出来るはずだ。


それでもなお、ミイロが遺棄されたことに納得出来ない人は、猫の習性を知らないか、ニンゲン・性善説の熱狂的な信奉者だろう。
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2年前首輪をしたままこのエリアへ現れたとき、ミイロは妊娠していた。
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だからしばらく後に、関係者が中絶を兼ねてミイロに不妊手術を受けさせたのだ。


下の写真をよく見れば、乳房が張っているのが分かるはずだ。
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2010年11月25日の黄昏時、ミイロは臨月の腹を抱えて悲痛な鳴き声を上げていたのだ。


そんな状態のメス猫が交通量の多い国道を越えて、自らの足で海岸までやって来るだろうか?
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普通、出産前のメス猫は、子供を産むために安全で落ち着ける場所を探すものだ。
自分のテリトリーから遠く離れた海岸へわざわざやって来るとは、私には到底思えない。



遺棄したなら、そのときに首輪を外すだろうと、反駁する人がいるかもしれない。
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だが、何の特徴もない匿名性の高い首輪など反証の材料になり得ないと思う。


それに遺棄する直前に首輪を外しても、数日間はその跡が残るから、飼い猫だとすぐ分かってしまうことに違いはない。
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おそらく元飼い主も同じように考え、外す手間をさえ、惜しんだのだろう。





前回は、生前の愛らしいミイロの顔の印象を損ないたくなかったから、大幅に画像を加工したが、今回は最小限の加工に留める。
もし万が一にも元飼い主がこのブログを見ていたら、自分のしたことの結果を知るべきだと思ったからだ。






眼を瞠ってよく見るといい。
車のタイヤは一瞬にしてミイロの頭蓋を破壊し、その顔貌を無惨に変えてしまった。
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そして、死ぬまで、少なくとも7時間以上、ミイロは血の涙を流して苦しんだのだ。


だから私は、妊娠して面倒が見切れなくなったミイロを遺棄した、酷薄な元飼い主の所業をどうしても許すことが出来ない。
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この私の説に誤謬があると感じる人がいれば、コメントで駁論を寄こしてほしい。


畢竟、ミイロのあふれる母性愛は、生まれてくることが出来なかった自分の子供たちへの哀惜の情からもたらされていたのだろう。
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今回のミイロの事故死に際して、私の心は一生消えない大きく深い疵を負った。
しかしいつまでも嘆き悲しんでいては、ミイロも新たな世界へ旅立てない。



それに、私にはまだ気掛かりな海岸猫が何匹かいる。
ミイロの通夜の翌々日、最近知り合ったボランティアのWさんから気になる情報が寄せられた。

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チビ太郎のねぐらでもある、長靴おじさんのテント小屋が無くなっているというのだ。


その日の夕刻、私はさっそくチビ太郎が棲む防砂林を訪ねた。
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私は自分の目を疑った。
先月末まで、確かに存在してした長靴おじさんのテント小屋が消えていた。



ゴミひとつ残さず、まさしく跡形も無くなっていた‥‥。
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唯一残されたのは、松の木に提げられた1枚の白い書状だった。


この書状は、私が先月ここを訪れた際にもこうして提げられていた。
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どうやら、役人の辞書に“温情”とか“慈悲”という言葉は無いらしい。


名を呼びながら、防砂林の中をチビ太郎の姿を求めてしばらく歩き回ったが、近くにいる気配は感じられなかった。
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チビ太郎、お前はいったい何処へ行ったんだ‥‥?



〈つづく〉



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速報 シシマル哀惜

また1匹、海岸猫が車の犠牲になった‥‥。

4月22日、シシマルがエリア内で車に轢かれて命を落とした。

事故の詳細は誰も知らない。遺骸を発見した近隣の人が砂浜に埋葬した。


関係者はシシマルが姿を現さないことを不審に思い、近所の人に訊いて初めてシシマルの横死を知ったという。

砂浜は墓に適さないと思った関係者は、やはり去年車に轢かれて他界したミイロが眠る場所へシシマルを移した。



長毛の野良猫、シシマル。
エリアのボスとして、仲間を護り仲間を癒してきた心優しい巨漢猫。

知り合った頃は、警戒心が強く、けっして体を触らせなかった。しかしどういう心境の変化か、1年ほど前から自ら身体をすり寄せてくるようになった。

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故郷から帰った直後に体調を崩し、未だ複調の兆しが見えない私は、久しくシシマルエリアを訪れていない。


写真データを調べると、最後にシシマルエリアへ行ったのは1月下旬だった。
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この日もアイが真っ先に駆け寄ってきて、私を歓待してくれた。


珍しく “浜の伊達男” コジローが、尻尾を立てて側まで近づいてきた。
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彼らが何を期待し、私の側から離れないのか、私にはひしひしと伝わってくる。


そこで彼らの期待に応えて、猫缶をふるまった。
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食欲旺盛なアイを見ると安心する。


シシマルとコジローも健啖な食欲を見せている。
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巨漢故か、シシマルの食べる量はほかの海岸猫より多い。


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一皿目を平らげたコジローが、まだ物欲しそうにしていたので、さらに猫缶を与えた。
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コジローと同じ量だと、当然シシマルには不足だ。猫缶を追加すると、シシマルはガツガツと食べはじめた。


腹が満たされると、コジローは足早に立ち去った。こういう現金でにべない性格も“浜の伊達男”と呼ばれる所以である。
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コジローはカリカリを選り分け、猫缶だけをほぼ完食していた。


食事を終えたアイがシシマルの側にやってきた。
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シシマルとアイ、この2匹に血縁の繋がりはない。しかしまるで兄妹のように仲がいい。


アイはシシマルを兄のように慕い甘える。シシマルはそんなアイを優しく慈しむ。
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仲睦まじいシシマルとアイは、見る者の心を和ませる。


なかんずく、シシマルの優しさは特筆すべき美質である。
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日本男児の理想とされる“気は優しくて力持ち”を具現しているような猫だ。









そんな頼り甲斐のあるシシマルが、突然いなくなった‥‥。
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残されたアイの気持ちを慮ると、遣り切れない。


「アイ、シシマル兄ちゃんはもういない。これからは自分ことは自分で護るんだよ」
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恐らくアイにはシシマルの不在の意味が理解出来ないだろう。


ボランティアの人が献身的に世話をしても、海岸猫を四六時中見守ることは不可能だ。
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車が存在する限り、これからも事故に遭う海岸猫が後を絶つことはない。


この2年の間だけでも、ボス、ミイロ、シシマルが車によって命を落としている。
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たとえ車を運転するニンゲンが細心の注意を払っても、不可抗力による事故は避けられない。
と、理屈では分かっていても、惨事が繰り返されるたびに、胸が裂けんばかりの悲しみに襲われる。



「シシマル‥‥、お前の存在はエリアの仲間にとっても、世話をする関係者にとっても極めて大きなものだった。私にしても、そんなお前の死をすんなり受け容れることなど、とても出来そうにない」

「そして今の私の状態では、我が身を切られるような、こんな辛い思いばかりする野良猫ブログをつづけることが、いっそう困難になってきた‥‥」




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シシマル哀惜 その弐

私の記憶によれば、シシマルは出現頻度が非常に高い海岸猫だった。エリアを訪ねると、大抵会うことが出来たものだ。
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それに、彼がエサ場から100メートル以上離れた場面を、ついぞ見たことがない。


果たして彼自身がその行動を、エリアのボスの務めと自覚していたのかどうか、私には分からないのだが。
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私の姿を認めると、ゆっくりと、しかししっかりとした足取りで近づいてくる。


大きくて骨太な体躯と外国種の血を受け継いだ長毛がシシマルの外見的特徴だ。
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尻尾を立てているからには、取りあえず私の訪問を歓迎してくれているようだ。


大型種の血が混じったシシマルは稀にみる巨漢猫だが、性格は至って穏やかだ。
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この柔和な面差しが、そのことを雄弁に語っている。
シシマルが理由もなしにほかの猫に対して威嚇行為や示威行為をしているのを、私は一度たりとも目撃したことがない。



シシマルはエリアの中心である、四ツ辻の真ん中に歩み出た。
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そして、自分が統べるエリアに変事が起こっていないか、視線を巡らせる。


変わりがないことを確認すると、シシマルは再びおもむろに歩を進めはじめた。
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その時、シシマルが前方を見て急に立ち止まった。


漁港へ出張っていたであろうコジローがエサ場に戻ってきたのだ。
コジローはシシマルに体をぶつけるようにして挨拶をする。シシマルはそんなコジローを優しく受けとめた。

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そしてお互い尻尾を垂直に立てて喜びを表す。


体を反転させたシシマルがコジローに顔を近づけた。何やらニンゲンには聞かせたくない情報を交換しているようだ。
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2匹の前に回りこんでみると、シシマルはコジローを労うようにグルーミングしていた。クールを標榜する“浜の伊達男”もシシマルには唯々として従う。


やがてシシマルとコジローは、思い思いの場所に体を横たえた。
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シシマルの威風堂々とした佇まいは、エリアのボスとしての度量を感じさせてくれる。
この海岸猫が健在な間はこのエリアは安泰だと、誰もが思っていたのだが‥‥。



爪研ぎも、シシマルの場合は豪快だ。
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ガリガリと音を立てて太い角材に爪痕をつけていく。


中型犬にも劣らないこの太い前脚でパンチを食らったら、大方の相手は戦意を喪失するだろう。
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が、私はそういう状況に居合わせたことがない。相手を威嚇するシシマルは見たことがあるが、実際に喧嘩をしている現場を見たことは唯の一度もない。


ライオンを彷彿とさせる風貌から“獅子丸”と名付けたのは私だが‥‥。
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実際のシシマルは、ライオンとは似て非なる温厚な性格の持ち主だ。


私はこの海岸猫の出自について、ほとんど知らない。
いつどこで生まれたのか‥‥、そしてなぜ、野良として海岸で暮らす羽目になったのか。

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知り合った当初は警戒心が強く、近づくことすら許してくれなかったので、恐らく生粋の野良だろうくらいに思っていた。


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ところが去年、シシマルの態度に変化が表れた。それも豹変といってもいいほどの変わり様だった。


この海岸猫の内側でいったい何が起きたのか‥‥、それまでのシシマルを知る者は、その変化を一様に驚きを持って受けとめた。
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この野良の性格からして日和っている訳でも、一時的な気まぐれでもなさそうだ。


ニンゲンに対して頑なほど不信感をあらわにしていたシシマルだったのだが。
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来訪者に自ら近づき、その巨体をすり寄せてくるようになったのだ。


シシマルの急変を目の当たりにしたとき、私は戸惑うと同時に一抹の不安を覚えた。
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人馴れして、無警戒にニンゲンに近づくことは、野良の場合、大きな危険をはらんでいるからだ。


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前回も紹介したが、シシマルとアイは本当に仲が良かった。
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顔見知りのニンゲンには愛想がいいアイだが、本来の性格は臆病である。


ところが、シシマルの側にいるときのアイは表情も和らぎ、安心しきっている。
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この2匹の間に割って入ることは誰にも出来ない。


血族でもないシシマルとアイがどうしてこんなにも親密なのか、相性が良いという説明だけでは不十分だ。
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私が見るところでは、多分にシシマルの包容力と寛容性に担う部分が大きい。
シシマルがもしニンゲンだったら、一角の人物になっていただろうに‥‥。



でも、この光景はもう二度と見ることが出来ない。
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独り残されたアイの喪失感と孤立感はいかばかりかと思うと、胸が押し潰される。





このとき、仲睦まじいシシマルとアイをユキムラが凝視していた。
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その険しい目付きは何を意味しているのだろう。羨望、嫉妬、それとも憎悪‥‥。


アイが独りで所在なげにしていると、シシマルが近づいてきた。
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そして、アイをガードするように、側にうずくまった。


シシマルが傍らにいる安心感からか、アイはおもむろに毛繕いを始めた。
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シシマルは、そんなアイをまるで保護者のように目を細めて見守っている。


ついと顔を上げたシシマルの表情がにわかに変わった。
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その視線の先にはユキムラがいた。さっきと同じように胡乱な目付きで2匹を見詰めている。


ユキムラの底意は分からないが、険しい形相に善意が含まれていないことだけは確かだ。
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アイがユキムラを苦手としていることをシシマルは知っている。だから、シシマルはユキムラがアイにちょっかいを出さないように、こうして陣取っているのだ。


エリアの平穏を維持するため、シシマルは相手によって態度を替える。
同じトラブルメーカーのシロベエとユキムラとでは、その対応が違っている。

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シロベエがおずおずとシシマルに近づいてきた。気配を察知し、おもむろに振り返るシシマル。


体を横たえシロベエは、明らかにシシマルに恭順の意思を示している。
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2年前に2週間行方知れずになっていた間に後ろ脚に障害を負ったシロベエは、性格がすっかり変わり、誰彼なく執拗に突っかかっていた。


以来、“トラブルメーカー”とも“空気の読めないヤツ”とも呼ばれ、エリアの仲間から厭われる存在になった。
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その当時、シシマルもシロベエに謂われのない敵意を向けられ困惑していた。
最近は大人しくなったシロベエだが、それでもコジローなどは未だに忌避している。



そのシロベエが、相手にしてほしいとシシマルへ懸命に訴えている。
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が、シシマルは歯牙にもかけない様子でシロベエをシカトした。しつこいシロベエへの対応は“取り合わない”がベストである。
やがてシロベエは、諦めてその場を離れていった。



ボスの宿命として、幾多の争いを経験したシシマル。その結果、程度の差こそあれ何度か体に傷を負った。
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この顔面の傷は、当時シロベエが負わせたと推察された。


穏やかな陽射しを浴びて、寛いでいるシシマル。
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この心優しい海岸猫は、事故に遭わなければ今でもこういう日々を送っているはずだった。


過失とはいえ、シシマルの場合もニンゲンの行為が生んだ奇禍に違いはない。
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「シシマル‥‥どうしてお前が、こんな目に遭わなければならないのか、私は理解出来ない」


ミイロだって、さんざ辛酸を嘗めさせられて、ようやく海岸での生活に慣れたのに、何故あんな酷い死に方をしなければならなかったのか‥‥。
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いったい彼らが何の罪を犯したというのか。社会の片隅で、ひっそりと健気に暮らしていただけなのに。
それも元はといえば、ニンゲンの身勝手のせいで野良猫という境遇に貶められたのだ。



断罪されるべきは我々ニンゲンのはず。
傲岸なニンゲンは勘違いをしているのではないだろうか。神のごとく、ほかの動物に対する生殺与奪の権利を持っているとでも‥‥。

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直接手を下してほかの生き物を殺し、あまつさえ環境を破壊して間接的にも彼らの命を奪っている。


もし再び天からのお告げで方舟を作っても、今度ばかりはニンゲンの乗船は許されないだろう。
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「ところでシシマル、ミイロにはもう会えたかい‥‥」
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「この世では、特に親しい間柄ではなかったけれど、そっちの世界では同じエリアで暮らした誼みで仲良くするんだよ」


ミイロの事故死を未だに引きずっている私に、シシマルの悲報を受け容れる余地は残っていない。
ただ頭は『こういう苛酷な野良猫の実情をこそ、ブログで発信しつづけるべきだ』と主張している。
だけど、病を得た心がそれに応えてくれない。

頭と心のせめぎ合いに決着はついていない、まだ‥‥。




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未だ盛夏 (前編)

実際には夏は終わりを告げて朝晩は肌寒さを感じるくらいすっかり秋めいてきたが、当ブログはまだまだ夏まっただ中である。

何故こんな差異が生じるのか、それは『 猫ブログに即時性は必要なく、さらに季節感は邪魔でさえある 』という持論を墨守しているからだ。

というのは空言で、本当はただ更新が遅れているだけであり、我ながらはなはだ遺憾なことだと思っている。

キリストは説いた。『 新しい酒は新しい革袋に盛れ 』、と。

これは新しいものを表現するには、それにふさわしい新しい形態が必要、という意味だ。


しかしキリストの教えに背くようで非常に心苦しいのだが、私の枯渇した頭脳に新機軸のアイディアなどあるはずもなく、旧ブログと何ら変わりない旧態依然とした内容に留まっている。

今回がブログ移転後初めての更新となるが、とどのつまり “古い酒を(少し)新しい革袋に盛った” ブログになったと諦観して読んでもらえば、そんなに落胆しないだろう。

それでは、そのことを踏まえたうえで、いざ本編へ


藍色の蒼穹、そして紺碧の海、見まごうことない “夏” である。













ここにひとりの茶トラの雄猫がいる。彼は外で暮らす、言うところの “野良猫” である。





ただしカットされた左耳を見れば分かるように、ボランティアさんによってすでに去勢手術をされている。
同じ男として同情を禁じ得ないが、これも同じ野良猫を増やさないための緊急避難的な処置と思えば致し方ない。



こうして海岸猫の実情を述べておかないと、『 野良猫を無責任に増やすな 』などという、短絡的かつ皮相的なコメントが寄せられる。

いちいち反駁するのも業腹なので承認していないが、さらには『 猫に餌付けをするのは法律違反だ、保健所に通報してやる 』というコメントを投稿してくる無知蒙昧な輩さえいる。

ちなみに、私自身も “無責任な” エサ遣りには反対である。住宅地域であれば、近隣に迷惑をかけないよう適切な対策を講じる必要がある。

それを怠った結果、もし世話をしている野良猫が誰かの私有財産を損なったら、エサ遣りさんが猫の所有者と見なされ、損害賠償を求められる場合だってあり得る。

それに無責任なエサ遣りさんのせいで、真面目に対処しているボランティアさんまで側杖を食ってしまう。

海岸猫の世話をしているボランティアさんたちは、不妊手術にも積極的に取り組んでいて、私のブログに出てくる子たちのほとんどが手術済みだ。

ただ、数匹不妊手術をしていない子がいるが、これは捕獲が困難なためであって、ボランティアさんの怠慢ではない。


ところで、当ブログおよび旧ブログは、いわゆる “啓蒙ブログ” でも “啓発ブログ” でもない。
だから本来は上記のような、話のテーマと無関係な事柄など記したくないのだ。


しかし何ごとも最初が肝心、新ブログ1回目にあたり、コメントで苦情を訴える際の留意点をはっきり述べておく。

その壱 ほかのサイトで野良猫問題に関することを調べてからコメントすること。
その弐 少なくとも過去ログを通読してからコメントすること。
(当ブログの場合は旧ブログ)
その参 これらが面倒で実行できないならコメンしないこと。


以上。



この茶トラは昨年、どこからか分からないが、よそから流れてきた新参者だ。
一見強面風だが、実際は小心者で、シロベエに追われて一目散に逃げるのを目撃している。


またこの茶トラは、野良猫にしては珍しく “饒舌” だ。
自分の存在を知らしめて危険を招くことを本能的に察知しているのだろう、たいていの野良猫は寡黙で、鳴く状況はごく限られている。



夏の海岸はいつもより賑わいを見せる。
海辺は海水浴をする人たちで活気にあふれて、音楽が大音量で流れ、若者たちの笑い声や喚声が絶え間なく聞こえてくる。






通りを往来する人の数も増える。この茶トラ、どうもそれらのことが気に入らないらしく、行き交う人に向かってさかんに “吠える”。


おおかた昼寝の邪魔をされて、怒りを覚えているのだろう。



ならば自分が海辺から離れればすむこと、しかしこの茶トラは意固地なようで、自分の領域に無断で入ってきたニンゲンに非があると思っているようだ。


茶トラの表情を撮ろうと、私はカメラを地面すれすれまで下ろし、ゆっくり近づいていく。



と、その私の動きを察知した茶トラがギロリと睨み返してきた。
その眼は「それ以上近づいてきたら吠えるぞ」と雄弁に語っている。茶トラとの確執を避けるためにここは退散したほうがよさそうだ。



エリアの中心にある駐車場に行くと、“シロベエ” の姿が目に入った。



茶トラと違い、シロベエは実に穏やかな顔つきをしていた。こんな柔和な表情のシロベエを見るのは久し振りのことだ。


そこで私はシロベエに声をかけてみた。「シロベエ久し振りだな、元気だったかい」



するとシロベエは甘えた鳴き声を上げて身体を起こすと、こちらに近づいてくる。


心的変化を起こした原因は未だに不明なのだが、シロベエの態度は去年のある時期を境に明らかに変移した。



いや、正確には “以前のシロベエ” に戻ったと言うべきだ。


おそらく心無いニンゲンに遺棄されたのだろう、シロベエは2010年7月に突然このエリアに姿を現した。

当初は捨てられたショックもあり警戒心をあらわにしていたシロベエだったが、元飼い猫らしく徐々に人馴れした海岸猫に変わっていった。


そんな折現れたときと同様に、シロベエは忽然とエリアから姿を消す。

そして2週間後に再び戻ってきたときには、後ろ脚を引きずる変わり果てた姿になっていた。


以来4年近くものあいだ顔見知りのニンゲンをも警戒し、語りかければ応えるが決して近づいて来なかった。

そんなシロベエに明らかな変化が表れたのは、昨年の夏頃で、名を呼ぶとすぐに近づいてきて体をすり寄せるようになる。


そのときだった!

しゃがんだ私の腰に、後ろから何かがぶつかってきたのは。

その衝撃で前のめりになった私は、思わず片膝を付いた。


私は体勢を立て直すと、急いで後ろを振り返った。するとさっきの茶トラが私の脚に頭突きをするような格好で体をすり寄せてきた。



旧ブログでは紹介できなかったが、私とこの茶トラは去年のうちに交誼を結んでいる。
強面だが気はいい奴だ。



ところがこのあと、どういうわけか、シロベエと茶トラが腹ばいの姿勢で対峙した。
「ん、こ、これは‥‥?」このとき、私はあることに気づいて、思わず笑ってしまった。




強い陽射しを避けて、シロベエと茶トラは電柱の影に沿って体を横たえている。
茶トラは尻尾以外は影の中に収まっているが、シロベエは下半身を真夏の太陽にさらしたままだ。



なんだか我慢比べの様相を呈してきたふたりだが、これでは暑くてシロベエが先に音を上げるだろう。



がしかし、意外にも先にギブアップしたのは茶トラだった。
この結果を生んだのは、単にシロベエが我慢強いせいなのか、それとも全ての光を反射する “白色” の被毛のせいなのか、私には判断ができない。



日影へ向かって足早に私の眼の前を横切っていく茶トラ。



そしてワゴン車が作る大きな日影に改めて体を横たえた。


だが日向と日影が作る、鮮明な境界線が茶トラの身体を二分している。



これでは先ほどのシロベエと同様、上半身は涼しくても下半身は夏の熱い太陽光をまともに受けたままだ。


しかし茶トラは頓着しないで毛繕いを始める。
その様子を見ながら、私はある考察を頭の中でめぐらせていた。


やがて、私なりの結論に至った。
猫は上半身(おそらくは頭)が快適なら、それで良しとする習性を持っているのではないだろうか。



つまりは、諺にある『 頭隠して尻隠さず 』を地でいっている、ということだ。
ちなみにこの諺は雉の行動を揶揄した言葉が元になっている。




そんな益体もないことを私が考えていると、茶トラはいきなり毛繕いをやめて、険しい表情で辺りをゆっくり見回し始めた。そして‥‥。


茶トラは、やっと気がついたようだ。



日影にいるにもかかわらず、何故自分の尻が熱いのかと、いうことに。


私がほかの海岸猫を捜すために移動すると、シロベエが鳴きながらあとを追ってきた。



この海岸猫も当初からお喋り好きで、いつも哀しげな鳴き声を発する。
今日は姿を見せていないがユキムラも多弁だから、このエリアは期せずして饒舌な猫が揃ってしまった。



シロベエは仲間とは群れず、独りでいることが多い。ことに脚を負傷してからは、その傾向が顕著になった。



右後ろ脚が脱臼しているようで、足を蹴るたびに、がくっがくっと腰が沈む。


はた目には痛々しく見えるが、シロベエ自身はなんらの痛痒も感じていないらしく、駆けることにも跳躍することにも支障はない。





シロベエは「ニャーニャー」と鳴きながら、私の眼の前を横切っていく。



どうやら私の後を追ってきたわけではなさそうだ。







やがて、シロベエは道路の奥にある空地に姿を消した。


ふと上空を見上げると、鳶の姿が目に入った。
鳶は「ピーヒョロロ‥‥」と独特の鳴き声を発しながら上昇気流をとらえ、輪をえがいて滑空する。




タカ目タカ科の猛禽類である鳶は、空の生物の頂点捕食者であり、外敵はいない。
強いて言えば、飛道具を持ったニンゲンが唯一の外敵となり得る。



そのニンゲンも捕食者として食物連鎖の頂点に君臨しているが、鳶と決定的に違うのは、彼らは生きるために小動物を捕食し、ニンゲンは慰みや金儲けのためにも弱者である動物を殺すところだ。





傲岸不遜なニンゲンは、早晩己の犯した罪科のために滅びるだろうが、その際にほかの生き物たちを巻き添えにするのはやめるべきだ。


再びこのエリアにいるはずの海岸猫を捜し始めた私は、意外なものを発見した。



ある有名アーティストに模したこの塑像に私は見覚えがあった。


地元の土産物などを販売している店舗の外壁に飾ってあったものだ。
それがこんなところにあるということは、その店はすでに閉めてしまって、用済みになったのだろう。




でも長年店の看板代わりを務めてくれたから、ゴミとするのをためらったのかもしれない。
アーティスト本人が知れば哀しいと思うだろうし、私としても複雑な心境だ。



視線をめぐらすと、道路の端でぽつねんと佇んでいるシロベエの姿が見えた。



シロベエは困惑顔で前方を見つめている。


〈つづく〉



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『 あとがき 』

記念すべき(?)『~しっぽを持った天使~』の1回目をようやく更新しました。

ただ以前の記事の引越し作業は今少し時間がかかる予定です。

冒頭で述べたように旧ブログと変わらない内容に、
訪問者の皆様がどんな感想を抱いたのか、いさかか気にかかるところ。


旧ブログと変わらない内容と構成に安堵感を得た人もいれば、
旧態を脱し切れないことに失望感を覚えた人もいるでしょう。


しかし私のスタンスとスタイルは今さら変えようがなく、
そうなると当然表現方法も限定されます。


そんな不器用で狭量な私ですが、寛容な心を持って、
これからもお付き合いください。



管理人:wabi




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未だ盛夏 (後編)

初めて当ブログを訪ねてくれた人のためと、前回の説明を失念した人のために言っておく。

今現在、日本の季節は “秋” に入っている。

無論このことは世間といくぶん疎遠になった私でも承知している。

だが記事タイトルにもあるように、このブログ内の季節は未だ “夏” である。

その原因を述べると長くなるので前回のブログを参照してもらい、ここでは敢えて割愛したい。(汗)











この日は平日であるにもかかわらず、夕刻になっても海の家は海水浴に興じる人で賑わっている。



そして若者は夏の海に向かって歓喜の雄叫びをあげる。


海岸からほど近い民宿の前でひとりの野良猫が戸惑っている。
彼の名はシロベエ、ボランティアさんの世話を受けて、このエリアで暮らす雄猫である。




どうやら海から出て、汚れた足を外の水道で洗っている民宿の泊り客を警戒して留まっているようだ。


そこで私はシロベエの警戒を解くために民宿へ向かって歩き始めた。
するとシロベエはいきなり脱兎のごとく駆けだした。




後ろ脚を損傷しているとは思えない軽快な動きだ。


私はいつも感心することがある。
それは、夏の盛りに全力疾走しても息一つ切らさない猫の心肺能力の高さだ。


この日はニンゲンならじっとしていても汗みずくになる気温なのに、シロベエはけろりとしている。


かといって猫がニンゲンに比べて暑さに強いわけではない。

実際はその逆で、体内の熱を外に逃がす能力が劣っている猫のほうが、暑さに弱いのだ。





つまりニンゲンがすこし暑いと感じる気温でも、猫の体感温度はすでに猛烈に暑いということだ。

だから家猫の場合、ニンゲンの体感温度に合わせた室温や車内温度だと、いつの間にか熱中症や脱水症になっていたなんてことも起こり得る。

その誘因の一つに全身を被毛で覆われている猫は、ニンゲンのように汗を出して体温調整ができない、ということがある。

ちなみに、猫には肉球と鼻に汗腺があるが、これは体温調整のために働くわけではない。





猫の体温調整は、寒いときには『シバリング』、そして暑いときには『パンティング』で行う。

分りやすくいうと、シバリングとは体を細かく震わせて体温を上げる方法で、パンティングとは犬と同じように口を開けて荒い呼吸をすることで気化熱を出して体温を下げる方法だ。

しかし犬のパンティングはよく見るが、猫のそれは滅多に見ないのはどうしてなのか?

なんとなれば、猫が融通無碍な生活をしているためだ。

つまり犬は否が応でも日に1、2度の散歩をするが、猫にそんな習慣はなく、暑い日は涼しい場所で日がな一日昼寝していられる。

またしょっちゅうグルーミングする猫の場合、唾液の蒸発が体温調整に一役買っているという説もある。







さらにシロベエと茶トラの行動から、猫は頭以外の部位は熱さに鈍感なことも分かった。

この特性の剣呑なところは火傷を負っても猫自身は気づかず、知らぬうちに重傷になっていることだ。

これは本来学習能力が高いはずの猫をもってしても矯正できない、致命的な欠点といえる。

だから暖房器具を使う場合には、飼い主が温度管理に十分気をつけてやる必要がある。



夏の太陽は西に傾いていながらも、地上のすべての物を焼きつくさんばかりに1億5000万kmの彼方から高熱を放っている。


茶トラの後ろの足と尻尾の先も、そんな太陽の陽射しを浴びて今まさにじりじりと焼かれている。



しかし茶トラは平然とした表情をして、なんらの痛痒も感じていないようだ。
だが温度感覚は鈍感なだけで麻痺しているわけではないので、いずれ限界点に達するはず。




シロベエはそんな茶トラの様子を、自身は建物が作る大きな影に身をおいてじっと窺っている。


茶トラもシロベエの気配を感じているようで、耳をそばだてる。
こういう感覚は鋭敏なのに、何故温度感覚は鈍いのだろう。






茶トラは私へ視線を戻すと、いきなり “吠えた” 。
私に対して怒りを表しているのか?しかし私にはまったく身に覚えがない。



その一声をきっかけに、茶トラは断続的に吠え始めた。





彼の怒りの矛先はいったいどこへ向けられているのか?
私が思うに、やはり先ほどと同じように日影にいるはずなのに、どうして快適じゃないんだ、と訴えている気がする。



「なあ、いい加減に気づけよ。お前の後ろの足と尻尾の先が日影からはみ出ていることに」



しかし茶トラは私の言葉など耳に入らないようで、そっぽを向いてさらに吠え続ける。


やがて‥‥。



涼しいはずの日影にいながら、どうして己の身体が火照るのか、茶トラはようやく気づいたようで、やおら起き上がると日向から離れていく。


そして駐車中の車をも覆っている、建物の影の中に四肢を延ばして寝ころがった。





なんのことはない、茶トラは私が最初に発見した場所のすぐ近くに舞い戻って来たというわけだ。





一方シロベエはというと、これまた駐車中の車の下に潜り込んでいる。



実際、猫は駐車中の車があると、条件反射のようにその下へ入り込む。


なんとなれば、未だに野生の本能を規範として生きている猫は、外敵に襲われる危険が少ない場所に身をおこうとするからだ。



それがために、高いところや狭いところを好む。
しかし‥‥。



車の下で昼寝するのは命を危険にさらすことになる。
このエリアでは車の下で寝てしまい、そのまま発進した車のタイヤに轢かれてふたりの海岸猫が命を落としている。




その海岸猫の名は『 ミイロ 』と『 シシマル 』。この2件の事故は、今思い出しても辛い出来事で、忘れることができない。





だから茶トラのようにタイヤの前にいるのを見ると、ついその事故が脳裏をよぎる。



茶トラはそんな私の心配をよそに、潰れたガマ蛙のような格好で地面に腹這っている。


さて、いつまでもこの海岸猫のことを『 茶トラ 』と呼んでいては、滅多に姿を見せないとはいえこのエリアにはもうひとりの名無しの茶トラがいるので紛らわしい。

実はこの茶トラの名前は去年のうちに決めていたのだが、発表する機会がなくて今に至ってしまった。
このエリアの海岸猫の名前には私なりの規準があり、一様に和風の名を付けている。



そこでふてぶてしいまでの面構えとがっちりした体型から連想した武将の名を与えることにした。
その名は、甲斐の虎こと武田信玄にあやかって『 シンゲン 』。


近年になって武田信玄とされていた肖像が、実は別人だという説が有力になっていることは、無論私も承知している。


しかし私としては飽くまでもイメージを優先させたい。
だからこの件で鹿爪らしい異論をコメントで寄せる野暮なことは止めてほしい。


「ということで、今日からお前の名は『 シンゲン 』だ。どうだ気に入ったか?」


しかしシンゲンは、反応を待っている私の顔を一瞥しただけですぐに視線を外してしまった。

「まあ、気に入らなくても別にいい。野良猫に本来名前など不要、というのが私の持論だし、皆それぞれ好き勝手な名で呼んで良いと思っている。ただ記事を書くうえで不便だから符丁として命名しただけだから‥‥」


と言ったものの、私は海岸猫の名前を決めるとき、熟慮に熟慮を重ねる。

やはり実際にその名で彼らに話しかけるし、そうしているうちに名前と海岸猫とは不可分な関係になるからだ。

だから今は会えない海岸猫たちを思い出すときにも、心の中で彼・彼女らの名前を呟く。


そのとき、辺りが人の大声でにわかに騒がしくなった。



シンゲンは煩わしそうに声がするほうへ少し頭を動かして、横目で見やる。


私もシンゲンの視線をたどって振り返ると、帰り支度を終えた若者がトイレの前にたむろしていた。

アルコールも入っているようで、皆一様に大声で話し、ときおり笑い声や喚声をあげる。


シンゲンは興趣をそそられたように、その若者たちの様子をじっと見つめている。



単独行動を好む猫の眼には、群れて騒ぐニンゲンが不思議な生き物として映っているのだろう。


やがてマンウォッチングにも飽きたのか、シンゲンは再び地面に横になった。



そして側にいる私に「なんやおっさん、まだおったんか。あんたはいつも独りぼっちで寂しそうやな。まあ、気いつけて帰りや」とでも言っている風に一瞥を投げかけてきた。







夏の盛り、外で暮らす猫たちは、できるだけ体力を使わないように涼しい場所を探して、そこで浅い眠りを貪っている。











このエリア生え抜きの海岸猫が、今回一度も登場しなかったのを怪訝に思っている方もいるだろう。

“浜の伊達男” ことコジローの身に突然降りかかった事件については、改めて報告するつもりだ。



〈了〉



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青天の霹靂 (前編)

『 青天の霹靂 』という成句がある。

「予期しない衝撃的な出来事や驚くような変事が起こること」の比喩表現だ。

使い方としては、吉凶いずれを問わず、突然夢想だにしないような事件に逢着したときに「その出来事は私にとって青天の霹靂だった!」などと表現する。

だがこの成句を実際の日常生活で口にすることも耳にすることもほとんどないと言っていい。

たまにスピーチなどで耳にすることがあるが、大抵は文字として目にするに留まる。

ただし言葉として使うかどうかに関係なく、この世界では青天の霹靂と呼ぶに相応しい、予想外の事件が毎日起こっている。

卑近な話で恐縮だが、私の身にもここ数年のあいだに晴天の霹靂と言える出来事がいくつかあった。

そしてこれから書きしるす海岸猫の話もそんな出来事の中のひとつである。





訪れた私を待っていたかように、エリアの入口にひとりの海岸猫の姿があった。



茶トラのオス猫『 シンゲン 』 だ。この海岸猫は、昨年の夏頃にこのエリアへ流れてきた。


去勢手術を受けた印である耳カットを施されているところから、何処かほかのエリア(海岸ではなく街のエリア)で野良猫としては比較的恵まれた境遇にいたと思われる。

それなのにどうして命を賭してまで危険な国道を越えて海岸にやって来たのか、そのへんの事情はまったく不明である。


シンゲン自身も口をかたく閉ざして何も語らない。





『 口を閉ざす 』といってもあくまで比喩であって、大口を開けて欠伸をすることとは無関係である。


シンゲンは大きな体躯をしているし、容貌も強面風だ。
去年ここへ現れた当初はその強面ぶりをいかんなく発揮し、エリアの猫や近づくニンゲンをさかんに威圧していた。


しかしそのシンゲンの行動は、知らない場所へ流れ着いた不安を隠すための強がりだったようで、やがてほかの猫やニンゲンに対して心の扉を開いていった。


先に述べたようにシンゲンは以前のテリトリーでも篤志な人の世話を受けていたのだから、もともと人馴れした猫だったのだ。





そして去勢手術をするからには、その篤志な人はシンゲンをそれなりに大切に思っていたはずだ。
しかし茶トラの猫を捜している人の噂や伝聞の類を私は耳にしていない。



なにはともあれシンゲン自身がここに留まると決めたのだから、余人がとやかく言う筋合いではない。

ただこのエリアで、まるで兄弟のような深い交誼があった “友” との訣別がシンゲンの心に何をもたらしたのか、それだけが気がかりだ。


もうひとりのレギュラー海岸猫に会うため、私はエリアの中心に位置する駐車場に向かった。





よほどこの場所が気に入っているのだろう、シロベエは前回と同じ場所で寛いでいる。そして前回と同様とても穏やかな表情をしていた。このときは、まだ。





シンゲンの欠伸が伝播したにしては、いささかタイムラグがありすぎる。それともこの日の私は、猫たちに欠伸をさせるほど辛気くさい顔をしているのだろうか。


いつ失ったのか、シロベエの上の犬歯が一本欠損していることを、私はこのとき初めて知った。



考えてみれば、これまでシロベエの口の中を仔細に観察したことなどなかった。


もしかしたら2010年12月に消息不明になり、右後ろ脚を負傷して2週間後に戻ってきたが、そのときには既に犬歯も失っていたのかもしれない。



空白の2週間にシロベエの身に何が起こったのか、後ろ脚を損傷させたのは “ 何者 ” なのか、おそらくその謎が解けることはこれから先もないだろう。


シロベエはいきなり身体を起こすと、眼を瞠って何かを凝視し始めた。



そしてその警戒色のこもった視線をゆっくり移動させながら、小さな声を発する。


やがてシロベエは私の背後に視線を定めると、体勢を変えいつでも行動できるように身構えた。

シロベエの撮影を優先していた私はファインダーから眼を離さなかったが、自分の背後へ音もたてず近づいてくるのは誰なのか見当がついていた。









思ったとおりそれはシンゲンだった。
前回もやはり私がシロベエにかまっているときに、いきなり後ろから頭突きをしてきた。

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さっきは欠伸をしてそっぽを向くというにべない態度をしておきながら、ほかの猫に私が関心を示すとこうやってすり寄ってくる。


私がシロベエに近づかなかったら、おそらくシンゲンはさっきの場所で通りを往来するニンゲンを眺めて無聊を慰めていたはずだ。



こういう行動を『 やきもち 』と感じるかもしれないが、識者によれば猫には『 嫉妬 』の感情がないそうだ。

また猫は嫉妬深いなどと巷間言われている。
しかしそれもあくまで嫉妬に似ている感情であって、ニンゲンが持つ嫉妬心とは別物だという。


家猫の場合も新入り猫に対して先住猫が攻撃的になったとしても、それは単純に自分のテリトリーに入り込んだよそ者への怖れや怒りの表れだそうだ。

それに単独行動を旨とし独立独歩を標榜している猫には、自分と他者とを比較して羨んだり自惚れたりする概念がないという。

この説には私も賛同する。なんとなればほかの猫を見て「自分より毛並みがいいな」とか「自分より幸せそうだな」と猫が感じるとは、その気質からして考えられないからだ。


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ちなみに人間の基本的欲求は5段階のピラミッドのように構成されていて、低階層の欲求が充たされると、1段階上の欲求が出てくるという説がある。

アメリカの心理学者アブラハム・マズローが理論化したマズローの欲求5段階説だ。

「生理的欲求」(食べたい、寝たい)

「安全・安定の欲求」(安全・安心な暮らしがしたい)

「所属と愛の欲求(社会的欲求)」(集団に属したい、仲間が欲しい)

「承認(尊厳)の欲求」(集団から認められたい、尊敬されたい)

「自己実現の欲求」(能力を引き出してあるべき自分になりたい)


おそらく求めるものが多く、そして高次になるほど、それが叶わなかったときの落胆も大きくなり、その副産物として妬みや恨みの感情が生まれるのだろう。

フリーランスの私はさしづめ、いくつかの幸運に恵まれて5階層目に登ったものの確固たる立脚地を築けず、けっきょく2階層目まで転落し、未だにそこで懊悩しているといったところか‥‥。


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では猫の基本的欲求を『 マズローの欲求5段階説 』に当てはめてみよう。

群れを作る動物なら3階層まで望むかもしれないが、独りを好む猫の場合は2階層目に留まりそうだ。

そしてそこまでの階層では『 嫉妬 』の感情が入り込む余地のないことが分かる。

ただ猫の性格によっては、シンゲンのようにかまってほしいとか遊んでほしいという欲求を持つことはあるだろう。

先の攻撃的になる先住猫の例では相性もあるが、飼い主が新入り猫ばかりに心を向けないでふたりを平等に可愛がれば、先住猫が嫉妬に似た感情を露わにすることもなくなるという。

はたして猫に嫉妬の感情はあるのか、ないのか?

正直私には分からない‥‥。

ただこれだけは言える、どちらにせよ私にとって猫は感性豊かな魅力あふれる生き物であり、今では人生の伴侶としてかけがえのない存在になっている、と。


ところで、シロベエとシンゲンの仲はどうなっているのだろう?
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このエリアでは先輩になるシロベエが鼻にしわを寄せた怒りの表情で “ 吠えた ”。


そしてゆっくりと視線を移動させる。おそらく私の死角にいるシンゲンに照準をあわせているのだろう。
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どうやらシロベエとシンゲンの仲は昨年のままか、少なくとも友好的ではないようだ。


私の推測だが、同じエリアで暮らす海岸猫にも暗黙のうちに各々小さなテリトリーがあり、シロベエは駐車場の一画、新参者のシンゲンはエリアの入口付近がそれにあたるのかもしれない。
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だからシロベエは自分のテリトリーを侵したシンゲンに怒りを覚えたのではないだろうか。


以前ならリーダー格のマサムネやシシマルがこの手の諍いを治めていたのだが、彼らがいなくなった今、仲裁に入る海岸猫はひとりもいない。
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そもそもマサムネやシシマルなら各猫がエリア内に自分のテリトリーをつくることを認めなかっただろう。


シロベエが立てていた尻尾を伸ばしたまま低く下げた。これは猫が攻撃的になっているときに見せる仕草である。
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シンゲンの挙動は私には見えないが、シロベエが優位にたっているのはシンゲンから一瞬たりとも眼を離さないことからも明らかだ。


猫同士がケンカを始めたら、側にいるニンゲンはどう対処すればいいのか?

これはあくまでも経験則にもとづく私見だが、原則的に家猫・外猫を問わず傍観すべきだと考えている。

たとえいったん阻止したところで、相性の悪い猫同士はニンゲンがいないときにケンカを繰り返すから、その場しのぎの干渉をしても意味はない。

それに仲裁したことにより優位な猫が不満をつのらせ、のちのちもっと酷い争いに発展する可能性すらある。

さらに言うと、ケンカをすることによって互いの関係がしっかり形成され、その結果として深い友誼を結ぶことだって考えられる。

ただし勝敗が決しているのに執拗に攻撃を加える場合や、一方が逃げ場のないところへ追い詰められた場合は、重傷を負うことがあるので速やかに介入したほうがいい。


私がふたりのあいだから離れると、すぐにシンゲンが後を追ってきた。
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劣勢のシンゲンは別の場所に逃走するより、今は私の側が一番安全だと判断したようだ。


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シロベエも小さな唸り声を発しながらこちらに向かってくる。



〈つづく〉



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青天の霹靂 (中編)

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てっきりシンゲンを追ってきたと思っていたシロベエだったが、何故か途中から進行方向を右に転じた。
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視界に入っていないところみると、シンゲンは私の背後にいるようだ。
その我々の眼の前を、シロベエは小さな唸り声を発しながら脇目もふらずに横切っていく。



ところが少し通りすぎると、シロベエはいきなり振り返って大きな鳴き声をあげる。
険しい表情で何を言っているのか、そもそも私かシンゲンかどちらに訴えているのかも分からない。

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私としてはシロベエに非難されることはしていないはずだ。今回の諍いに対しても傍観者としての立場を貫いている。


シロベエはひとしきり鳴くと、不自由な後ろ脚を引きずりながら再び歩き始めた。
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いつもは多弁なシンゲンが一言も発しないのは、よほどシロベエが苦手だからだろう。


シロベエの姿が見えなくなると、シンゲンは間をおかずに私のそばから離れ、もとの駐車場へゆっくり歩いてゆく。
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それにしてもツラといいガタイといい、誰が見てもシロベエよりシンゲンのほうが屈強な印象を持つはずなのに‥‥、『見かけによらない』という言葉は猫社会にも広く膾炙しているのだろうか?


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「しかしこのエリアも寂しくなったな‥‥」拡張された駐車場にぽつねんとしているシンゲンを眺めていた私は思わず独りごちた。


以前ならこの時刻にはたくさんの海岸猫がそれぞれ好みの場所で寛いでいたものだ。それが今ではレギュラーはたったのふたり。しかもそのうちのひとりは去年流れてきた新参者のシンゲンだ。
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野良猫(海岸猫)という存在が無くなるのは喜ばしいし、野良猫に係わっている人たちの目指すところだが、このエリアの場合はそのいなくなる状況が不審かつ悲惨なのだ。


シシマルエリア 』。ここは5年ほど前まで10匹を超える海岸猫が暮らす大所帯のエサ場だった。

しかし経緯はさまざまだが、それからまるで悪い病が伝染するように、ひとりまたひとりとエリアから姿を消していった。

そして、2013年の春までに大半のメンバーがいなくなった。

ここでこのエリアから去ってしまった主要な海岸猫を顧みてみよう。


カポネ(Capone)♂。
別のエリアから来た流れ者。幼いカポネが隣接するエリアにいたという目撃情報を得たが、確証はない。立派な体躯のなかでも特筆すべきは首の太さで、成人男性の二の腕の倍近くある。
カポネ
状況:両の前脚の先に、使用済みのエンジンオイルらしき黒い油を付着させた数日後に行方知れずになる。


シズク(雫)♀。
マサムネたちの生みの親。ただし母性愛は乏しく、ニンゲンにも懐かない。
雫
状況:何の前触れもなくある日を境に姿を見せなくなる。


クロベエ(黒兵衛)♂。
シズクの子供としてこのエリアで生まれる。面構えとは裏腹に性格は穏やかで人懐こい。
黒兵衛
状況:母シズクと同様に何の前兆もなく忽然と姿を消す。


マサムネ(正宗)♂。
シズク一家の長兄。幼いころに病で左眼を失う。ニンゲンや仲間に分け隔てなく親愛の情をしめす博愛猫。エリアの父親的な存在。
政宗b
状況:ボランティアさんの話によると、食欲がなくなった数日後から姿を見せなくなったという。


コユキ(小雪)♀。
出自は不明。警戒心が強く滅多に姿を見せないし、ボランティアさん以外のニンゲンには近づかない。
小雪
状況:あまり姿を現さない子だったのでいつとは分からないが、やはり何の前触れもなく姿を消す。


(命名できず)♀。
彼女も出自は不明。食事のときしか姿を現さない謎の多い猫で警戒心も強くニンゲンにはけっして近づかない。
サビ猫
状況:ある日、外に置いてある水の入った桶の中に浮かんでいるのを発見された。死因は不明。


ミイロ(美彩)♀。
首輪をしたままここへ遺棄された元家猫。よって人懐こいが、勝気で好悪がはっきりしている。母性愛が強く、エリアの母親的な存在。
三色
状況:。駐車中の車の下にいたところ、その車が発進してタイヤに轢かれて死亡。
(詳細は【落日(ミイロと観た最後の夕陽)】【ミイロ無惨】を参照)


シシマル(獅子丸)♂。
このエリアで唯一の長毛種であり、中型犬と見まがうほどの大きな体躯の持ち主。エリアのリーダー的存在。
獅子丸
状況:目撃情報はないが、状況から推すとミイロと同様に発進した車に轢かれて死亡した模様。
(詳細は【速報 シシマル哀惜】【シシマル哀惜 その弐】を参照)


アイ(藍)♀。
シズクの娘。シシマルを兄か恋人のように慕っている。基本的に臆病だが特定のニンゲンには自ら近づき身体をすり寄せる。
藍
状況:関係者が検査を受けさせたところ心臓が肥大しているのが判明。関係者らが毎日投薬した甲斐があって、一時は快復の兆しを見せたものの、ついに姿を見せなくなる。


ツバサ(翼)♂。
ミイロと同じ時期に遺棄された幼子。そのミイロを母のように慕う。
翼
状況:ここへ足繁く通っていた女性がこの子を気に入り、のちに引き取った。そのために費用を工面し、ペット可の物件に引っ越すほどの熱意を持って。

翼旅立ち#00
(詳細は【ツバサの旅立ち】【ツバサの旅立ち その弐『偉大な母』】を参照)


まだこのエリアが大所帯になる前に『 新入り猫 』と呼んでいた幼い捨て猫がいた。
(里子に出したいと考えていたので、敢えて野良猫としての名前は付けなかった)

新入り猫旅立ち#00
この『 新入り猫 』はブログで里親を募集したところ、県内に住むS.K.さんの目に止まり、知り合いの女性が名乗りでてくれた。(詳細は【新入り猫との別れ】を参照)

今も年に一度その里親さんから、写真付きの近況報告メールが送られてくる。

(ほかにも数名いるがエリア滞在が短期間なので除外した)


結果、行方不明になった子が6名(5割強)、死亡確認できた子が3名(3割弱)、そして引き取られた子が2名(2割弱)となった。

少々乱暴で大雑把な見解だが、上記の割合は大方の野良猫の末路に当てはまるのではないかと考えている。

ただ私自身の印象だと、海岸猫の場合は行方不明になる子の割合がもう少し多い。

いずれにしろ野良猫(海岸猫)の行きつくところを想像すると暗然たる気持ちになる。

なんとなれば、里親さんに引き取られる数があまりに少ないからだ。

だからこの現状を知っていてもなお、ペットショップで数十万もの金と引き換えに外国種の猫を入手する人の気持ちが私には理解できないし、そういうニンゲンは “ただのネコ好き” であって本当の愛猫家ではないと思っている。

そしてもし、血統書付きの猫と野良猫とを差別するニンゲンがいたら、私はそういう輩を唾棄する。

(野良猫の保護活動をしている人なら、外国種の猫の値段でどれだけの野良猫に不妊手術を受けさせられるのかと、つい考えてしまうだろう)

私にはそこに日本猫を、それも出自が不明な野良猫を保護して飼うなど自尊心が許さない、ブランド志向世界一と揶揄される愚昧な日本人の姿が仄見えてくる。

(驚くことに世界のブランド品の40%を日本人が購入している)

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※〔1〕


調べるとブランド志向が強いニンゲンは以下の傾向を持っているという。

◎まず、ものの本質を知らない。

◎そして思考力、心のゆとり、自信がない。

◎それがために自分自身の価値観が確立されていない。

◎といって自分の内面を磨こうとはしない。

◎だからブランド品を身につけることで己の価値が高まると思い込む。

かいつまむと、 ブランド品を身につけて悦に入るのは、自分は本当のモノの価値を知らない無知蒙昧で浅はかなニンゲンです、と喧伝する行為と言っているのだ。おそらく。

なかなかどうして辛辣な意見だが、海外でブランド品を “爆買い” する日本人観光客をイメージするとさもありなん、と感じさせられる。

しつこいようだが、世界のブランド品の40%を日本人が買っているのだ。

またこういうニンゲンはブランド品に何十、何百万もの金を惜しげも無く使っても、自分を高める書籍などには1円も使わないのだろうな、とも思ってしまう。

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さて、シシマルエリアでは里子となったのがともに生後1年以内の幼い猫だったが、海岸全体に目を移せば、成猫が引き取られた事例も少なくない

複数の海岸猫を保護しているボランティアさんもいると聞いているし、ほかにもいくつかの先例がある。


まず『旧東のエサ場』からは、私が『ロク』と呼んでいた人懐こいオスの海岸猫が初老の女性に引き取られた。
ロク091220_01
ロク091220_02
この子を気に入ったその女性は何度かの失敗の末に、どうにか捕獲に成功し家族として迎えた。女性はのちに前任の女性からこの辺りの海岸猫の世話を引き継ぐことになる。


海岸のフォトジェニックとして人気のあった『ソックス』。しかし彼女自身は2012年の暮れを最後に消息不明になっている。また兄弟である『タイツ』はそれより先に植込みの中で死んでいるのを発見された。
ソックス091212_01
ただ私は会っていないのだがソックスにはもうひとりの兄弟がいて、その子は私も面識のある男性に保護された。その後その男性の引っ越しに伴って、今は関西に暮らしている。


まだ記憶に新しい『ベンチ猫のサブ』。おそらくある日突然、この場所へ飼い主の手により遺棄されたのだろう。
サブ120606_01
だが飼い主が迎えに戻ってくると信じていた彼は、そのために身を隠そうともせず、雨が降る日もこうしてベンチの側でじっと飼い主を待っていた。


その健気で不憫な姿に心を打たれた女性が保護し、『チャトラン』という新たな名前を与えた。
サブ120606_02
現今の野良猫事情を考察すれば、身勝手で酷薄なニンゲンが圧倒的に多いのは明白だが、心優しい人も少なからずいることを知らしめてくれた実例として強く心に残っている。
(詳細は【赤トラの真意】【海を眺める猫】【姿を消したベンチ猫】【サブとの再会】を参照)


かく言う私も2008年12月、海岸に設置されているコンテナの下で暮らしていた捨て猫と推測される茶シロの成猫を保護した。
風初見#001
風初見#002
したがってこの子の生い立ちや正確な年齢はまったく分かっていない。


初見の1ヵ月後、凍てつくような酷寒に震えているこの子に遭遇し、とっさに抱きあげて懐にいれると、やがてゴロゴロと喉を鳴らし始めたので、そのまま自宅に連れ帰った。
風初見#003c
寒風吹きすさぶ寒い日に保護したので『風(ふう)』と名付けた彼女は、今では肉親同然のかけがえのない存在となり、私の病んだ心を癒やしてくれる。
※〔2〕


私が知らないだけで、おそらくはほかにも海岸から引き取られた成猫がいると思われる。


更には最近のこと‥‥といっても知ってのとおり当ブログは現実の時間に大きく遅れをとっているので実際は初夏の頃だが、シシマルエリアからひとりの海岸猫が里親さんに引き取られた。

それもエリア生え抜きの生粋の野良猫が、である。

この電撃的な一報を知った私は心底驚き、そして心の中で歓喜の声をあげた。

世の中にはこんなことが起こる余地があったんだ、青天の霹靂のような出来事が起こる可能性があったんだ!》と。


多少警戒を怠っても今の日本では飢えることも、凍えることも、第三者から謂れのない危害を加えられることも滅多にない。ただしこれは我々ニンゲン限定の話だ。
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当然のごとく野良猫の場合は事情が大きく違っている。
彼らにとっては警戒を緩めることイコール “死” であることも珍しくない。



前回にも述べたが、新参のシンゲンが何処で生まれ、どのように育ち、何故このエリアにやってきたのか一切不明だ。
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そのシンゲンがこれからどんな野良猫生活を送っていくのか、私は可能な限り見守っていきたいと思う。


まずは兄のように慕っていた “友” を失ったシンゲンが、このエリアの先輩であるシロベエとどういう関係性を構築するのか、それを見届ける必要がある。


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シロベエとシンゲンの諍いも収束したようなので、そろそろエリアを去ろうと思い何気なく辺りを見まわした私の視界にシロベエの姿が入ってきた。


どうやらシロベエは無防備なシンゲンの様子を窺っているようだ。
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私は改めて思った。猫が嫉妬深いという説には素直に頷けないが、少なくとも執念深いということはあるかもしれないな、と。


そのとき、今まで電柱の上で高みの見物を決め込んでいたカラスがけたたましい啼き声をあげ始めた。
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ひょっとしたら地上の不穏な気配を感知して、自らも昂ぶっているのかもしれない。





〈つづく〉



脚注
※〔1〕写真と本文は無関係です。
※〔2〕撮影時はまだ残照で光量はあったのだが、安価なコンデジではブレてしまうので敢えてフラッシュを使用。
猫の眼は強い光りに弱いので、瞳孔が大きく開いている暗闇でのフラッシュ撮影は厳禁です。


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愛する家族であるペットを失ったひとたちへ

毎年ブログを通して、いくつもの愛猫や愛犬の訃報に接してきました。

その文面から滲みでる飼い主さんの哀しみは、読む者の心へも否応なく染みこんできます。

私自身もこれまでに愛猫と愛犬を何度か見送り、そして海岸猫との悲しい別れも経験しました。

それがために心の奥底に開いた虚無の淵に沈み、そこから容易に抜け出せないことも知っています。

でも忘れないでほしい、犬や猫たちは辛いときも苦しいときもけっして弱音を吐かず前を向いていたことを。

これから紹介するのは、そんな虹の橋へ昇った “彼・彼女たち” からのメッセージです。


ボクが傍にいるから‥‥』 今井優子



虹の橋からのメッセージ




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