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wabi

Author:wabi


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約束 (後編 2)

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ビクが何におびえているのか、私にもすぐ分かった。なんとなれば、カメラをかまえている私の視界が影をとらえたからだ。

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影は私の背後を右から左へと通りすぎた。見ると、それは自転車に乗るひとりの男性だった。


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このように、たとえ私という顔見知りのニンゲンがすぐ側にいたとしても、それによってビクの警戒心が軽減されることはまったくない。

ビクの頭には私が外敵から護ってくれるという期待は毫もないようだ。


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これがほかの海岸猫、たとえばリンやランだったなら、私が側にいるとあからさまに警戒を緩めて見知らぬ人が近づいても逃げなかったりする。

しかしビクの場合にはこの世で信じられるのは唯一自分だけであって、けっしてほかの者をたのみにしない、というのが揺るぎない信念であり生きるすべなのだ。


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先にも述べたが、野良猫として生きていくにはこれほど適した性質はない。が、やはり一抹のさびしさ感じる。

そもそもビクをこのような性格にしたのはほかでもない我々ニンゲンだし、もとはといえば野良猫という存在をつくりだしたのも我々ニンゲンだ。

それと思うと、私自身も忸怩たるものがある。


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ビクは捨て猫ではなく野良猫の母から生まれた生粋の野良猫なので、当然のことだがニンゲンと一緒に暮らした経験は皆無だ。

ボウガン事件の衝撃が強すぎて、Kさんにビクの家族について尋ねるのを忘れたが、初めてビクに会ったときにはすでに母親も兄弟もいなかったと記憶している。


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そんなビクにとってはおそらく防砂林が『家』であり、世話をしてくれるボランティアの人が『家族』」なのだろう。

ただし、ビクがボランティアの人と過ごせるのは、1日の内でほんのわずかな時間でしかない。


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ニンゲンから多くの愛情を注がれることなく育ったビクは、だから臆病なくせに信頼できるニンゲンにだけは懸命に愛情を求めるのかもしれないな、と私は思った。


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いったんは警戒を緩めて私の方へ歩み寄ってきたビクだったが、今度は植込みのさらに奥へ隠れてしまう。

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私はビクが植込みの陰に身を隠したのを機に、エリアを去ることにした。


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私はビクに声をかけた。「ビク、今日はこれで帰るよ。今度来るときまで元気でいろよ」

そうして後ずさりながら私はその場をゆっくりと離れていった。

ビクの視界から外れたところできびすを返すと、停めてあった自転車のほうへ歩きながらカメラをバッグにしまい、そのまま肩に背負いなおした。

私はそれから、自転車を押して海辺沿いをはしる道路に出た。自転車にまたがりペダルに片方の足をのせて、走り出そうとした瞬間だった。

何の気なしに‥‥、しかし何かに引きつけられるように私は後ろを振りかえった。










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すると植込みの入り口に佇んで、私を見送るようにこちらを向いているビクと眼があった。

ビクにこのような形で見つめられることは、今までなかったはずだ。少なくとも私の記憶では。


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私は別れ際にこうして海岸猫に見送られることを苦手としている。

なんとなれば、彼・彼女らにそうされると何だが自分がひどく悪いことをしているような罪悪感を感じてしまい、その場を離れられなくなってしまうからだ。

だからたいていは海岸猫がほかのことに気をとられて、私の存在をわすれた隙をついてそっと立ち去るようにしている。

理想的な状況は、彼・彼女らが先に防砂林の奥にでも姿を隠してくれることだ。そうすれば私は安心してエリアを離れられる。


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だからこういう事態になったら、もう一度彼・彼女らの元にもどり、先に述べた私が望む状況を待ってからあらためてエリアを離れるようにしている。

しかしこのときは自分でも何故だか分からないのだが、私はビクの見送りをそのまま受け入れることにした。


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またいつもの私なら、こんな場面はまずカメラにおさめない。※〔1〕

なのに今回は「わざわざバッグからカメラを取りだして」までビクの姿を撮影した。

どうしてこの日にかぎってこんな行動をとったのか、今考えても私自身理解できない。


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結局、心の一部をその場に残してきたような奇妙な感覚を宿したまま、私はビクが住むエリアをあとにした。


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ビクとそんな奇妙な別れかたをした日から数えてちょうど7週目の午前9時すぎだった。

知人のHさんからケータイにメールが届いたのは。

Hさんから午前中にメールが来たことなどそれまで一度もなかったので、私は何やら不穏なものを感じた。

はたして、そんな私の予感は的中した。


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そのメールにはこう書かれたあった。

「今日の明け方、海岸猫のビクちゃんが亡くなりました」と。

あまりに唐突なことでにわかに信じられなかった私は、何かの間違いかHさんの勘違いかもしれないと思い、おりかえし確認のメールをおくった。


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すると今度はケータイにHさんから電話がかかってきた。

そしてそのときに至るまでの詳細な経緯をおしえてくれた。

その結果ビクの死は間違いや勘違いではないと、私もようやく納得する。

この7週間のあいだに、ビクの身に何があったのかは分からない。しかし‥‥。

何はともあれ、12年の生涯をいきなり閉じて、ビクは逝ってしまったのだ。


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その翌日‥‥。

ビクが生まれ育った以前のエリア内の防砂林に関係者が参集し、ビクを埋葬することになった。


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私が指定された場所に着いたとき、ビクは四肢を伸ばしてシートのうえに身体を横たえていた。


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私はビクがこんなふうに「寛いで」いるのを初めて見たような気がする。

ビクにしたところで、こんな無防備な格好で眠るのはおそらく初めてだろう。

そんなことを考えていると、私は少し不思議な感慨にとらわれた。


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防砂林にはビクを看取ったHさんのほかにも、ビクの死を悼む人たちが駆けつけていた。

そんな中にあってもビクは微動だにしないで、ただこんこんと眠りつづけている。


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《 もう何も怖れることはないし、何者も警戒しなくていいんだ‥‥ 》

私は心の中でそうつぶやきながらビクの身体を撫でた。

しかしビクの身体は以前のしっとりとした艶やかさをうしなっていたし、だいいち私の掌は何も感じとることができなかった。


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そうしてビクの身体を撫でたことで、彼女がほんとうに死んでしまったのだという実感が私の胸に急に湧いてきた。

その直後、鼻の奥につんとした痛みがはしる。

だがここで泣くわけにはいかない。私は唇をぎゅっと噛んでがまんする。


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またひとり、ビクをよく知る人が悲報を聞いてやってきた。


皆が揃ったところでビクを埋葬することにした。

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このエリアで暮らしていた海岸猫たちは、つい最近他界したチビ太郎の出現で全員が去っていった。

その中でもとくにビクはチビ太郎を嫌っていたという。

だからこの場所にビクを埋葬することにしたのは、できるだけチビ太郎の墓から離してあげたかったからなの、とボランティアのSさんがおしえてくれた。


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私がHさんから聞いた今回の出来事の顛末を以下に記しておく。


◯ビクの世話をしているボランティアのSさんからビクの体調が急に悪くなったという報告を受ける。

◯翌日ビクの住むエリアを訪ねたが、ビクには会えなかった。

◯2日後、防砂林の中で元気なくうずくまっているビクを保護し、その足で動物病院へ搬送した。

◯しかし簡易血液検査での腎臓と肝臓の数値が通常より悪かった(どの程度かは分からない)ほかには、これといった疾患は見つからず治療も受けなかった。

◯かといってこのままビクを防砂林に戻すことはためらわれたので、自宅に連れ帰る。

◯翌朝、夜もまだ明けやらぬ午前3時半ころにビクが突然大きな鳴き声を2、3度発した。それは今まで聞いたことのない異様な鳴き声だった。

◯そこでビクを抱いて身体を撫でていたのだが、午前4時半ころにビクが息絶えていることに気づく。

◯ビクを診察した獣医から詳細な血液検査の結果がもたらされ、それによると血液から『農薬様の毒物』が検出されたという。


以上がHさんが語ってくれたあらましだ。

ここで私自身の意見や感想を述べるのは差し控えたい。

『農薬様の毒物』はどのような過程を経てビクの体内に入りこんだのか、そしてビクの死と何らかの因果関係があるのか、私には判断できないからだ。

ただこれだけは言っておきたい。

ビクを病院へ運び最期を看取ってくれたHさんには心から感謝している、と。

Hさんの行動がなければ、ビクはまちがいなく薄暗い防砂林の片隅で独りさびしく死んでいっただろう。


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できあがったばかりの墓に手を合わせているうちに、私の頭の中である想いが静かにめぐり始める。

私もいずれビクが向かった『あちら側』に行く。それがいつになるのか自分でも分からないけれど、避けられない現実としてかならずやってくる。

とはいえ少なからず汚れてしまった私の魂がビクの無垢な魂と同じところへ行けるのか、と自問すれば大いに不安を感じてしまう。

そんなわけで、何かの手違いか誰かの厚意で私がビクと同じところへ行けたとしたら、というあくまでも仮定の話になるのだが‥‥。


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伝承によると、誰かに愛された動物の魂はこの世を去ると天国の手前にある『虹の橋』のたもとへ行くと言われている。

ただ私は『あちら側』の決めごとやしきたりについてはそれ以上のことをあまり知らない。

だから私がそこへ行ったとしても、ビクにすんなり会えない可能性がある。

《 でもなビク、約束するよ、何があろうとお前を捜しあてると 》

《 そうして再会を果たしたなら、また身体を撫でさせておくれ 》


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それまではゆっくり休めばいい。

『こちら側』では野良猫として、数々の辛酸をなめさせられたのだから。


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そのまま真っすぐ帰宅する気持ちになれなかった私は、帰途リン親子が暮らすエリアを訪ねた。

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あいにくリンの姿はなかったが、代わりにリンの娘が迎えてくれた。


去年生まれたこの海岸猫は今春5名ものこどもを産んでいる。

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ここで自己分析の真似ごとをしてみると‥‥、

このエリアに立ち寄ったのは生気に満ちあふれている猫と接したいと思ったからで、それはおそらくビクの死によって失われた心の均衡を復旧させようという感情が働いたからだろう。


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ところで、この幼い海岸猫には『サキ(咲)』という名前をもうずいぶん前に付けている。が、今まで発表の機会を逸してばかりいた。

名前のいわれは一応あるけれど、言ってみればそんなどうでもいいことを今ここで開陳する心境にはなっていない。まだ。

とにかくこの海岸猫をこれからは「サキ」と呼ぶことだけは覚えておいていただきたい。


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後日、別件で『湘南ネコ33(みみ)』のAさんからメールが来た際に、今回のビクのことを知らせたら、警察にとどけるべきだという返事をもらった。

Aさんによると、保健所や各保護団体、また心ある獣医は猫の虐待や不審死があった場合には警察へとどけでるという。

加えて、放っておけばほかの猫が犠牲になるかもしれないし、行為がエスカレートしてニンゲンに被害がおよぶ可能性もあるとAさんにさとされる。

その旨をHさんにつたえると、Hさんも了承してくれ動物病院でビクのカルテのコピーをもらい警察に被害届を提出し受理された。

そして最寄りの交番の警察官が定期的に現場を見まわってくれることになった。

私としてはビクの死が無駄にならないよう願うばかりだ。


それにつけてもつくづく思うのだが‥‥、

どうしてあのとき、私は後ろを振りかえったのだろう?

いったい何が‥‥いったい誰が、私を振りかえらせたのだろう?

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ビクを弔って以来、防砂ネットの側で私を見送るビクの小さな姿がたびたび脳裏によみがえってくるようになった。

そしてその都度、ビクと交わした『約束』を思い起こしている。



〈了〉



脚注
※〔1〕私のおぼろげな記憶によると、ブログを始めた当初に私を見送る海岸猫の姿を数回撮影したように思う。



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一般的に野良猫の平均寿命は4~6歳といわれている。※〔1〕

また野良猫として生まれた仔猫のうち、成猫になれるのは1名ないし2名だともいわれている。

ただこれらの数字にどれほどの信憑性があるのか、寡聞にして私には判断がつきかねる。

そんな私に言えるのは、今年12歳を迎えるビクが野良猫してはまれに見る長命である事実、そして12歳というのは私が実際に知っている海岸猫の中で最高齢だということだ。※〔2〕


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ビクが長く生きてこられたのは暑さ寒さに堪えることができて、大病にも罹らない丈夫な身体に生まれついたのが最も大きな要因だろう。

が、それだけで生き抜くことができるほど野良猫の置かれた状況が平穏なはずはなく、実際にビクは2歳のときにサイコパスの手によりボウガンの矢で頭蓋を射抜かれている。

そんな危殆に瀕してもビクは奇跡的に一命を取りとめた。


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野良猫が10年以上生き抜くには健康で丈夫な身体を持っているだけでは不十分で、それに加えて強運とか僥倖とか、はたまた天佑とか神助とかの目に見えない力が必要なのかもしれない。

ただ、そういう現象はめったに起こらない。

なんとなれば奇跡を生み出せるのは『 神 』しかいないし、その神はいささか気まぐれなところがあるからだ。※〔3〕


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確かにボウガン事件ではビクは運が良かった。(状況からみてそうとしか思えない)

しかしだからといってほかの海岸猫に比べてビクだけが好運に恵まれているとは考えにくい。

私見を言わせてもらうと、ビクが野良猫として10年以上も生き抜いてこられたのは壮健な身体に加え、彼女が極めて怯懦な性格の持ち主だからではないだろうか。


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何といっても、ビクと他の海岸猫との違いはまさにその性格だからだ。

ニンゲンに対して抱いている恐怖心と警戒心、さらには猜疑心や不信感‥‥、これらのビクの気質が野良猫として生きていくうえで大いに役立ったのだろう。

もちろん、これは猫とニンゲンの双方にとってとても悲しいことだけれど‥‥。


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毛づくろいして気持ちが落ち着いたのか、ビクはいきなり腰をあげて身体の向きをくるりと反転させた。


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そして、眼の前の踏み分け道をゆっくりとした足取りでこちらに向かって歩いてくる。


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私の脇を通り抜けたビクは歩度を緩めないで、そのまま防砂林の奥へと進んでいった。

どうやらビクは私を自分のエサ場に案内してくれる気になったようだ。


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私はビクに導かれるまま、灌木をかき分けながら防砂林の奥へ歩を進めた。


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そうしてエサ場の近くまで来たところで、ビクはやおら松の木に取りつくと爪を研ぎはじめた。


猫が爪を研ぐ目的はいくつかあるが、そのなかで最も大きな目的は古くなった爪の表層をはがし、常に新しい爪を出しておくことだ。

爪は猫にとって極めて重要な部位で、獲物を捕まえるときの凶器であり、ほかの猫と戦うさいの武器であり、木を登るための道具でもある。


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爪研ぎは、ほかにも爪痕や同時に付く匂いがマーキングとなり、縄張りを知らしめる役目をはたすと言われている。

そして私の印象だと、爪を実際的に鋭利にするという目的のつぎに重要でなおかつその頻度も高いと感じられるのは、毛づくろいと同様にストレスなどで昂じた気分を落ち着かせるための爪研ぎだ。

家猫の場合だと、飼い主の関心を引くためや構ってもらえないイライラの解消、そして叱られたあとの気散じなどを目的としておこなわれる。


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ではビクの爪研ぎはどの動機に拠るものなのか‥‥、残念ながら私には判断ができない。

さすがにこういう場合は以心伝心というわけにはいかないようだ。


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それでもビクの表情に再び警戒の色が浮きあがってきたことは、私にも分かった。

こんな防砂林の奥部にいてもビクが警戒を完全に解くことはない。


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しかし周辺を見まわしても、これといった異変は見当たらなかった。(私には、という意味だ)

おそらくビクはその鋭敏な聴覚でニンゲンの私には聞こえない胡乱な物音を捉えたのだろう。


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何といっても猫が聴きとれる周波数は25Hzから75kHzと広範囲で、とくに高音域を聴きわける能力に秀でている。※〔4〕

ちなみに犬の可聴域は40Hzから65kHz、ニンゲンに至っては20Hzから20kHzでしかない。※〔4〕


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さらに猫は前後180度の範囲で耳を自在に動かせる。それも左右べつべつに。

そんな器用なことができるのは猫の耳殻に27個もの筋肉があるからだ。(ニンゲンは3個)


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ビクの表情が穏やかさを取りもどした。どうやら胡乱な気配は消え去ったようだ。


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と、ここでビクはいきなり大きなあくびをした。


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ひょっとしたら、このあくびは一時的に緊張を強いられたために思わず出てしまったのかもしれない。




ビクが緊張を緩めたのを機に食事を与えることにした。

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ビクは玩味するようにゆっくりと猫缶を咀嚼している。


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ビクのまるまると太った体型を見ても分かるのだが、このエサ場を管理するボランティアの人の世話は行き届いているようで私は飢えているビクをついぞ見たことがない。


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そのとき私の視界の片隅に動くものがあるのでそちらに眼をやると、1羽のカラスが松の枝の上でそわそわした様子で動きまわっていた。
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このタイミングで現れたということは猫缶のおこぼれに与ろうという魂胆だろう。

カラスの頭の良さは周知の事実だが、一説によると霊長類に匹敵するとまで言われている。

そんなカラスだから、海岸猫のエサ場にやって来るニンゲンは食べ物を持参してくる可能性が高いことをちゃんと知っているのだ。

ちなみにカラスはニンゲンの顔を識別できる能力を持っていて、各エサ場のボランティアの人の顔も記憶しているという。


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このときも私がカメラのレンズを向けると、松の木の陰に身を隠すという小癪なマネを披露した。


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頭と尻尾が丸見えだが、しかしこれにもカラスなりの周到な計算があるのかもしれない。(そう思わせるほどに彼らは利口なのだ)


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食べることに集中しているビクは背後のカラスの存在に気づいていないようだ。


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やはりそんなに腹は減っていなかったようで結局ビクは猫缶を半分ほど残した。


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私が防砂林から出るとビクも後を付いてきたが、すぐに植込みの奥へ入りこんだ。


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ビクがいきなり背後を振りかえる。その濁った瞳には、またぞろ警戒の色が灯っていた。
《やれやれ、今度は何に怯えているんだ?》


そもそもビクには “心休まる時“ というものがあるのだろうか。

海岸にひと気がなくなる夜になれば恐怖心や警戒心も消えて平穏な時間を過ごせるのかもしれないと思ったが、そのころには猫の外敵となりうる夜行性の動物も闊歩しはじめる

私自身が目撃したのはタヌキだけだが、防砂林に住まうホームレスの人に訊いたところ、ほかにもハクビシンやアライグマが棲んでいるという。※〔5〕

それに残酷な方法で猫を虐待するサイコパスどもが出没するのも日没後のはず。

そう考えると、野良猫が安穏に過ごせるときなどほとんどないのかもしれない‥‥

野良猫の平均寿命が家猫のそれに比べて3分の1程度というのも頷ける。



〈つづく〉



脚注
※〔1〕3~4歳という説もある。
        ちなみに、家猫の平均寿命は10~16歳とも14~18歳ともいわれている。
※〔2〕10歳以上生きた海岸猫には、ミケ(12歳)・チビ太郎(11歳)・ミリオン(11歳)などがいるが、
         ミケは獣医による推定年齢であり、チビ太郎の場合は途中の7年間を飼い猫として過ごしているので、
         厳密にいうと除外するべきかもしれない。
※〔3〕あくまでも神の存在を想定したうえでの話であり、ここに記した『 神 』は特定の神を指していない。
※〔4〕人間以外の可聴域データはまだ定説化されていないようで、別の数値も存在している。
※〔5〕夜に海岸から数百メートルはなれた住宅街を徘徊しているハクビシンを目撃したことはある。


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考えてみれば、突然訪問しておいて、以前がそうだからといっていつも歓待してくれると思うこと自体が間違っているのだ。

猫にだって感情の起伏や振幅はあるのだから。

そんな当たり前のことにあらためて思い至るというのは、私の心の何処かにビクの心情を軽視する思い上がった気持ちがあるのかもしれない

私はビクの機嫌が直るのを待つためと、そんな自分の心根を省みるために防砂林を離れて砂浜へ降りていった。


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しばらくして元に場所へもどってみると、ビクは安全な防砂林の奥へ身を隠すことなく、ネットの支柱にもたれるように佇んでいた。

しかし憂いを含んだビクの表情から、私は何も読みとれない。


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海岸には強い海風が吹きすさんでいる。見ていると、海風に大きく揺らされた防砂ネットがビクの頭をはたいていく。


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その後も海風にあおられた防砂ネットは、まるで往復ビンタをするように、ビクの頭を前から後ろから襲ってくる。

防砂ネットはその性質上、目が細かく丈夫にできていて重量もそこそこある。

そんなものに頭をはたかれたら、それなりの衝撃があると思うのだが、ビクはじっと耐えている。


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が、その我慢も限界を超えたのか、ビクは「もう、イヤだ」というふうに舌舐めずりをすると、おもむろに体勢を変えた。


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そしてそのままゆっくりとした足運びで歩き始めた。


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途中で進行方向を若干左に曲げたビクは、私の方へまっすぐ向かってくる。


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私はこのとき、反対側のネットの近くにしゃがんでファインダー越しにビクの動きをただ追っていた。

ビクに話しかけるとか、歓心を買うような素振りはいっさいしないで。


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やがてビクは私の足元まで来ると、その場に腹這った。

この体勢の意味するところは、「ワタシの身体を撫でてイイわよ」というビクの承諾だ。

もっとはっきり言うと、「早く身体を撫でなさい!」という “下知” である。

ビクがどう思っているかは知らないけれど、少なくとも私はそう受け止めている。


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身体を撫でるという行為は、ふたりにとって “挨拶” であり、欠くことのできない “儀式” だ。

だからこうしてビクの身体を撫でることで、初めてビクに会ったという実感が私の中に湧いてくる。

そしてビクが眼を細めて気持ち良さそうにすれば、その思いが掌を通して私に伝わってくる。


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猫とニンゲンが意思疎通をはかる際に言葉はさして重要ではない。

何故なら、触れあっていれば互いの気持ちがある程度は通じるからで、こういう現象は『 以心伝心 』とか『 拈華微笑 』などと言われている。


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『 野良猫と関わっていると心愉しいことなどほとんどなく、大抵はつらく遣り切れない思いをする 』と先に述べたが、こうやって実際に彼・彼女らと触れあっているとき、私は自分の心が和むのを覚える。

そういう意味でいうと、このひとときは私にとってとても貴重な時間なのだ。

ひょっとしたらビクも同じ想いを抱いているのかもしれない、と思うとなおさらである。


ひとしきり “儀式” をしたあと、ビクはいくぶん緊張を緩めたようだ。
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なんとなれば、ビクの “ 座っている場所 ” が今までとは違っているからだ。

もしあなたに時間的余裕があれば、前編と今回の記事の前半を仔細に見直していただきたい。
(とくにビクが腰を据えている場所に留意して)


そうすれば私の言わんとしている意味を分かってもらえると思う。


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慧眼な読者のうちには、すぐに看破した方もいらっしゃるだろう。

そう、これまでビクが座っていたのは防砂ネットのすぐ側、それもネット自体が裂けている場所だ。


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これが何を示唆しているのかというと‥‥、

ビクは自分に害を及ぼすおそれのある者が近づいてきたときに、すぐさま安全な防砂林に逃げ込めるところにいた、という事実にほかならない。


ということはつまり、いつでも逃走できる退路を常に確保していたのだ


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無論、ほかの海岸猫も退路の確保には心を配っているが、ビクほど徹底している猫を私は知らない。

たとえ顔見知りのニンゲンが近くにいても簡単に警戒を解かない、この用心深さが私をしてビクを『 臆病猫 』と呼ばしめるゆえんである。


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当然のことながら猫にも表情の変化はある。

しばらく一緒にいるうちに、ビクの表情は穏やかなものに変わっていた。

そこで私は訊いてみた。「ビク、腹は減ってないか?」


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私はビクと一緒に、彼女のエサ場がある防砂林の中へ入っていった。

しかしここでもビクは私の望む行動をとってくれない。


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私に背を向けて地面に座り込んだビクは、ネットの裂け目から外の光景を眺めている。

自分に害意を持った者があとを追って来やしないかと警戒しているのだろうか。

それともこのまま唯々諾々と私をエサ場へ案内することに抵抗を感じているのだろうか。


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いずれにしろ私はビクを急かすような言動を差し控えてじっと待つことにした。

何しろビクにとっての私は、時折やって来る顔見知りのニンゲンという存在でしかないのだ。


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そもそもこの防砂林の一画はビクのテリトリーであり、また住まいがある場所でもある。

私はそこにいきなり現れたただの来訪者であり、加えてよそ者でもあるわけで、そんな立場の者にとやかく言う資格などない。

『 野良猫のテリトリーにおいては、そこに住む猫の意思を尊重して謙虚な態度で臨むこと 』

これは今回、ビクが私に与えてくれた教訓である。

けれど、よくよく考えてみれば‥‥、

“謙虚な態度で臨む” というのは、すべての行為対象へ対する際の不可欠な心構えのような気がするのだが‥‥。



〈つづく〉



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約束 (前編)

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昨年来つづいていた体調不良が、少しずつではあるが軽快してきた。

そんなある日、私は自宅から遠くて頻繁に行けないエリアを訪れることにした。


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私がエリアをゆっくり歩きながら名を呼んでいると、ビクが何処からともなく姿を現した。


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だが当然私に気づいているはずなのに、ビクは私を一顧だにすることなく悠然と歩いてくる。


今日の海岸には強い『 海風 』が吹きつけている。でもそんな強風を物ともしないほど、ビクの足取りはしっかりしていた。
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もしかしたら “少々” 太り気味のビクの体躯は、強い風が吹く日の多い海辺特有の環境に順応した結果かもしれない。

いささか穿った見解ではあるが‥‥。


やがて防砂林を区切って設けられている道をはさんで私と向かいあうと、ビクは初めて私の顔を見た。春先に会って以来ほぼ2ヵ月ぶりの対面である
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こうして久しぶりに顔を合わせたときのビクは、初っぱなによそよそしく高圧的ともとれる態度を見せる。まるで私と会うのは自分の本意ではないかのように。


私はそんなビクに話しかける。「ビク久しぶりだな。元気そうでなりよりだ」
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しかしビクは険しい表情のまま口を閉ざして何も答えてくれない。


そして‥‥。
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実際に痒いからなのか、それとも気持ちを鎮静させるためなのかは分からないが、後ろ脚をつかってグルーミングを始めた‥‥、つもりなのだろう、ビク本人は。


ところが本人の意志に反して足先はむなしく空を切るばかりだ。
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なんとなればビクの太い胴体が妨げとなり、また四肢が短いこともあって、目的の箇所に足が届かないのだ。


私はビクの心中を忖度し柔らかい口調で言った。「なあビク、お前が今の体型になったのは昨日今日じゃない。だったら足が届かないことはお前にだって分かっていたはずだろう」
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するとビク自身もその事実に思い至ったのか、バツが悪そうに顔をそむけた。


しかしビクは失態を演じたことなど無かったように、すぐに表情を引きしめる。
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こういう状況でおかしそうに笑ってはいけない。猫にだって自尊心や矜持はあるからだ。たぶん。


笑いといえば‥‥。

ブログを始めた当初は、海岸猫の愉快な動作や表情を見て思わず笑うこともあったが、野に暮らす彼・彼女らの実情を知ってからの私はどんな光景を目にしても笑えなくなった。

明日をも知れぬ身の野良猫と関わっていると心愉しいことなどほとんどなく、大抵はつらく遣り切れない思いをする。

だから‥‥、私は事あるごとに自分自身に問いかける。

『 そんな思いまでして、どうして野良猫と関わり続けているんだ? 』、と。

しかし私はこの自問に対する明確な答にいまだ逢着していない。

そもそもその答を自分が持ちあわせているのかどうかさえ疑わしい。


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それからややあって、ビクはおもむろに腰を上げてからゆっくりと足を踏みだした。


そして一歩一歩を確認するように慎重な足運びでこちらに近づいてくる。
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ここでビクはぎこちなく “伸び” をした。それは注意深く観察していないと見逃してしまうほどの微妙な動きだった。


先ほどのグルーミングもそうだったように、ビクの行動はその太り肉(じし)の体型と臆病な性格があいまってとてもユーモラスだ。(でもけっして笑ってはいけない)
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道の半ばへ差しかかったとき、ビクはふいに歩みを止めた。


もしかしたら会わなかった2ヵ月の空白がビクに逡巡をもたらしているのかもしれない、と私は思った。

ちなみにこのような状況では、私はけっしてこちらから近づいたり手を出したりせず、猫の意思を尊重するようにしている。

と、いかにも鹿爪らしいことを述べているが、たいていの場合主導権を握っているのは猫であって、むこうが嫌がれば近づこうとしても簡単に逃げられてしまうし、ヘタに手を出したら鋭い爪で引っ掻かれるのがオチだ。


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私がそんな思いを頭の中で巡らせていたら、尻尾を高々と上げてビクが急接近してきた。


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そしてハスキーな声で小さく鳴きながら私の脚に身体をすり寄せる。


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が、それも束の間、ビクはすぐに私から離れると今来たコースをなぞるように引き返していく。


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そうしてさっきまで佇んでいた防砂ネットの側までもどってしまった。


今日は平日で海岸沿いの道路を往来する人もあまりいない。強い海風が防砂林の木々を揺らす音と近くを通っている国道から車の走行音が聞こえてくるだけだ。
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それなのにビクは警戒心のこもった面持ちで周囲を丹念に見まわす。


外敵の接近に備えて常に警戒をおこたらない、というのは野良猫が持つ習性であり生きてゆくために必須だが、ビクの場合はいつも何かに怯えて小心翼々としている。


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以前の記事にも書いたように、やはり2歳のときにボウガンの矢で頭を射抜かれた事件が、トラウマとしてビクの記憶に残っているのだろうか。


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『 あくび 』は、眠気や倦怠感を感じたときに覚醒を促すためだけではなく、ストレスなどで極度に緊張したときにその緊張を緩めるためにも起きる。

ただビクのあくびがどちらに当てはまるのか、それともどちらにも当てはまらないのか、私には知る由もなかった。


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別のアングルから撮影するために右に大きく回り込んだ私の脇を、ビクは足早に通り抜けていく。


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そして私から10メートルほど離れたところできびすを返すと、こちらを向いてその場に腰を下ろした。


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家猫外猫問わず猫と交誼を結んでいる読者諸氏ならご存知だろうが、彼・彼女らはかなり気まぐれな生き物で、ニンゲンの思惑通りに行動してくれることなどあまりない、というかほとんどない。

それに豊かな感情を持つ猫のこと、日によっては我々ニンゲンと同様に機嫌の良いときと悪いときがあるのだろう。

かといって、この日の私の行動がビクの機嫌を損ねたとは思えないのだが‥‥。


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でもまあ仕方がない、何が原因か分からないけれど、今日のビクはご機嫌斜めのようだ。

海岸猫を訪ねても姿を見せてくれなかったり、たとえ姿を見せても私に関心を示さないですぐに何処かへ立ち去ってしまうことはよくある。

ビクの機嫌がこのまま直らないのなら、日を改めてまた来ればいいだけのことだ。

しかし、私はまだ知らなかった。

この日が私にとって忘れられない、“意味ある日” になることを。



〈つづく〉



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臆病な猫 (後編 )

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「このエサ場はいつの頃から、此処にあるのだろう?」

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ビクが『 東のエサ場 』から立ち去って久しいが、私はてっきり先ほど猫缶を与えた、この区画のとなりの防砂林を生活の拠点にしていると思っていた。

なんとなればその区画の防砂林からビクはよく姿を現していたし、ときおり海岸猫に食事を与えるときに使ったであろうトレイが残されていたからだ。


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ちなみにビクが以前暮らしていた『 東のエサ場 』は、10名以上の海岸猫を擁する大所帯のエリアだった。

当時その猫たちは、Kさんという女性がひとりで世話をしていた。


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ところがチビ太郎がエリアに出没するようになると、『 東のエサ場 』の海岸猫たちは彼を忌避し、やがて四散してしまった

するとKさんはそれを契機に海岸猫の世話をやめた。

仄聞したところによると、やめた原因は家庭の事情にもあったようで、おそらくはKさんにとって苦渋の選択だったに違いない。


私が『 東のエサ場 』でKさんと初めて会ったのは2010年の夏だった。

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そのときKさんは「ここの猫たちの世話を始めて8年ほどになります」と言った。

ということは、2002年から大所帯のエサ場をたったひとりで管理していたことになる。

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私がビクのことについて質問すると、Kさんは驚くべきことを語ってくれた。

それはビクが2歳のときに起こった、聞くだに “おぞましい出来事” だ。

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その日、Kさんはいつものようにエサ場にやって来た。

するとKさんを待っていたかのように、ビクはすでに姿を見せていたという。

しかしそのビクは極めて異様な姿でKさんを迎えた。

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Kさんが近づいてよく見ると、ビクの小さな頭に『 ボウガン 』の矢が刺さっていたのだ※〔1〕

その矢はまるで女性の髪の束をまとめるために差し込まれたかんざしのように、ビクの頭を串刺しにしていたという。

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驚いたKさんは自らの手で矢を引き抜こうとしたが、矢は頭蓋骨にがっちり食い込んでいてぴくりとも動かなった。

矢を抜くことをあきらめたKさんは、矢が刺さったままのビクを動物病院へと運びこんだ。

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そして獣医の手によってボウガンの矢はビクの頭から抜き取られた。

かかる大損傷を負いながらもビクは奇跡的に一命を取りとめ、また酷い後遺症も表れなかった。

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しかし今回ビクの写真を注意深く観察したところ、2、3年前から始まったと思っていた眼球が充血する症状が、すでにこのときから見られることに初めて気がついた。

もしかしたらこの眼の疾患はボウガンの矢で受けた損傷が原因かもしれない、と私はあらためて思った。

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おそらくは同一犯の仕業だと考えられるが、(サイコパスがこの街に何人もいると思いたくない)ブログを始めるきっかけを私に与えてくれた『 ミケ 』もボウガンの矢で首を射抜かれたと聞いている。

未だに野放し状態となっているその犯人に対して言うべき言葉を、私はもはや持ち合わせていない。

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何故なら己の慰みのためだけに、無抵抗で無辜な猫をボウガンで狙い撃つニンゲンの心理状態は、私の理解不可能な領域にあるからだ。

結局のところ、このような別の世界の住人である犯人には私の声は届かないだろうし、たとえ届いたとしても私の言葉を解せないだろう。


この凄惨な事件はビクに心にいったい何をもたらしたのか、とはいっても、ビク自身に尋ねるわけにもいかず、彼女の表情や行動から推し測るほかないのだが‥‥。


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前回も述べたように臆病で神経質なビクの気質は、先天的には父親の遺伝子によってある程度決定づけられたものだ。

さて前もって断っておくが、猫といえども後天的な性格形成というものは、思っているほど単純ではない、と私自身は思っている。

それでもボウガンの矢で頭を貫かれるという異状な体験が、ビクの性格形成に影響している可能性は否定できない


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ではビクが誰彼の区別なしにすべてのニンゲンを恐れているかといえば、けっしてそんなことはない。

ビク自身が信頼しているという絶対的な条件が付帯するが、その条件を満たした者には極めて親密な態度で接してくる。

ときには他の人懐こい海岸猫よりも深い親愛の情を表わすことすらある。


私に対しても、毎回こうして足許に身体を横たえては、背中を撫でることを許してくれる。というより、実際は「背中を撫でなさい」と強要してくるのだ。
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私はだから、ビクを訪ねたときは彼女の求めるままに、こうやって10分か15分のあいだ身体を撫でることになる。


おそらくは身体を触るという特権を与えられた他の人たちにも、ビクは同じ欲求をしているのだろう。
なんとなれば、ビクの被毛は野良猫とは思えないほどいつも艷やかだからだ。

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ニンゲンを恐れながらも、ニンゲンの愛情を希求する臆病猫のビク。

私はそんなビクを見ていると、不憫に思うと同時にニンゲンとしてとても申し訳ない気持ちになる


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しかしそんな私にしたところで、ビクにしてやれることはごく限られている。

ときおり訪れては、ビクの要求に従って身体を撫でてやり、おやつ代わりの猫缶を与えることしかできないのだ。


さっき食べ残した猫缶をビクがいつも使っている食器に移し替えてみた。
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そして飲水もペットボトルに入れて持参してきた水と入れ替える。


そうしたところビクはおもむろに食器に近づくと、猫缶を食べ始めた。さっきより勢いよく。
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しかも今度は周りを気にする神経質な素振りも見せない。
もしかしたら防砂林の深部にある自分のエサ場(住まい)、使い慣れた食器、そんな状況がビクに安心感を与えているのかもしれない。



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ビクは今年、12歳を迎える。

野良猫が10歳を超えることは稀有なこと。

私の知るかぎりおいては、ビクのほかに10年以上生きた海岸猫は、稀代の野良『 ミケ(12歳) 』、扁平上皮癌と闘った『 ミリオン(11歳) 』、そして今春他界した『 チビ太郎(11歳) 』だけだ。※〔2〕※〔3〕

ビクはボウガンの矢で頭を射抜かれる危難に遭っても、奇跡的に回復するという強運の持ち主でもある。

ビクはだから、臆病な猫というだけでなく、“奇跡の猫” ・ “強運の猫” なのだ。

しかし‥‥、奇跡はその性質上、たびたび起こる現象ではない。

私はその現実をあとになって改めて思い知ることになる。



〈了〉



脚注
※〔1〕ボウガン:『株式会社ボウガン』の商品名。正式名は『クロスボウ』だが、広く人口に膾炙しているボウガンの名称を使った。
※〔2〕ミケ(12歳):あくまでも獣医の見立てによる推定年齢である。
※〔3〕チビ太郎(11歳):チビ太郎は途中の7年間を長靴おじさんの飼い猫として過ごしたから、純粋な野良猫とはいえない。



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臆病な猫 (中編)

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ビクは野良猫の母親から生まれた、言うところの『 生粋の野良 』だ。

以前暮らしていたエリア内にかつてあった、小さな掘っ立て小屋の中で生まれたと、当時世話をしていたKさんが教えてくれた。

つまりビクはニンゲンと生活を共にした経験をまったく持っていない。

私はだから、ビクに会うたびについ考えてしまう、彼女にとってニンゲンとはどんな存在なのだろうか、と。


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海岸で生まれ育ったビクにとっては、防砂林と隣接する砂浜が世界のすべてだ。
ただしビクが砂浜へ足を踏み入れた光景を、私はついぞ見たことがない。



陽が落ちてからのビクの行動を私は知る由もないが、少なくとも日中は防砂林の奥で隠遁者のようにひっそりと暮らしているようだ。
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そして自分のホームグラウンドともいうべきその防砂林のなかにいても、ビクが警戒心を解くことはほとんどないように見受けられる。


こうして食事しているときも例外ではない。
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というより、自ずと無防備になる食事中の方が警戒モードをより高いものに引き上げている

たとえそこが人目につき難い場所であったとしても、だ。

むろん他の海岸猫も食事中には外敵の接近に注意をはらっているが、ビクほど神経質な動きは見せない。

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ちなみに私が海岸猫を撮影する際は、カメラの腕が未熟ということもあり、「下手な鉄砲も数打てば当たる」の諺にならって、多くのカットを撮るようにしている。

しかしすべての瞬間をカメラに収めるのは、当然のことながら現実的に不可能である。

さて、いささか婉曲な言い回しになったが、私が読者諸氏に伝えたいのは、以下の事実だ‥‥。

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さっきからビクが執拗と思えるほどあたりに目を配っているが、「実際はもっと頻繁に視線を巡らせていた」ということ。

もちろん正確な回数は憶えていない。

ただ写真に記録されている回数の倍近くの頻度だったと、おぼろげながら記憶している。

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猫の性格は「臆病」と「大胆」に大別され、それを決定するのは父親から伝搬される遺伝子というのが通説になっている。

だがそれだけでは、どうしてビクが他の海岸猫よりも警戒心が強く怯懦な性格になったのかの理由としてははなはだ弱い。

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だから私としては、あの “おぞましい事件” がビクの性格形成に暗くて深刻な影を落としているのでは、と思わずにはいられない。

猫も喜怒哀楽の感情を持つ生き物であるからには、『心的外傷(トラウマ) 』を抱えこんだとしても不思議ではないだろう。

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食事を終えたビクは、このあとどうするかを決めかねているようだ。

私はあえてビクの歓心を買うような言動をとらないで、彼女の自由意志にまかせてただ傍観していることにした。

ややあってビクはトレイから離れると、短い脚をちょこちょこと動かして私の眼の前を横切っていく。まるで私の存在など眼中にないかのように。
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ビクはそれから、その軽快な歩度を保ったままで灌木のあいだを縫うように進んでいった。


やがて防砂ネットくぐり抜けると、そのまま防砂林のあいだに設けられた通路を横断してゆく。
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ビクのその後ろ姿を見送る私の心は複雑だった。

なんとなれば自分を忘れられたのは寂しいけれど、ニンゲンを安易に信用しないビクの行動に安堵感を覚えたからだ。

ビクがとなりの防砂林に足を踏み入れた、まさにその刹那だった。ビクは私の方をちらりと顧みた。
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ほんの一瞬間ではあるが、確かにビクは私の顔を一瞥した。

「今の目顔は何かの意思表示なのか‥‥?」私は慌ただしく思いを巡らせる。


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私は考えあぐねた末にビクの後を追って、となりの防砂林に入っていくことにした。

そして、とりあえず防砂ネットの裂け目から中をのぞきこんだ。

すると‥‥。

ビクは私がやって来ることをあらかじめ知っていたかのように、防砂ネットから3メートル程のところにこちらを向いて端座していた。
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「ビク‥‥!」思いがけないビクの応対に私は驚き、防砂ネットの外で立ちすくんでしまった。


ビクと私は数秒間そのまま向かいあっていただろうか‥‥、先に動いたのはビクだった
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おもむろに腰をあげたビクは、迷いのない足付きでこちらへ向かって歩きだした。ビクの動きが予測できない私は、思わず後ずさる。


あたかも明確な目印でもあるかのように、ビクは防砂林と通路との境界線で立ちどまった。
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だがそれも寸秒のあいだで、ビクはすぐに足を踏み出した。


そうして‥‥、小さなハスキーボイスを発しながら、私の脚に身体をすり寄せてきた
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ビクは私のことを忘れた訳ではなかったのだ。どうやら1年半の空白も、ビクの記憶を消去するのには不十分だったようだ。


海岸猫(野良猫)と関わっていると、辛く悲しいことばかり体験する。それでもこうして海岸猫の親愛の情に接すると、心に温かいものが湧いてくる。
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とはいえ、そんな気持ちになれるのは束の間のことだ。


ビクは私を先導するように薄暗い防砂林の奥へと進んでいく。まるで大型船を曳航するタグボートのように。
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ビクが向かっているのは行く手に見えてきた、発泡スチロールと色とりどりの食器が雑然と取り散らされた場所のようだ。


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ビクは発泡スチロールの板の上に載っかるとしずかに腰をおろした。


この区画の防砂林には幾度か入ったことはあるが、こんな深部まで足を踏み入れたのは私にとって今回が初めてのことだ。
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あらためて周囲を見まわすと、いくつもの食器が散乱していた。
「そうか、ここはビクにとっての『 エサ場 』なんだ」と私は思わず独りごちる。

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それにしては、いささか乱雑だと思われる読者の方もいるだろうが、いくら整頓しても軽量の食器などはカラスによって散らかされてしまうのだ。

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その証拠にカラスが咥えるには重すぎる陶製の食器は、所定の場所(おそらく)に置かれている。


更に周辺を探索すると、しっかりした作りの『 猫ハウス 』が二つ並べてあった。
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私もその姿を数回目撃しているが、このエリアにはもうひとり、黒シロ(キジ白かもしれない)の海岸猫が住んでいる。おそらくはその子とビクのための猫ハウスだろう。


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私はこれまでビクのエサ場の場所を特定できないでいた。

海岸猫のエサ場は通常、人目につかない防砂林の中などに設置する。

とはいえ防砂林でもあまり奥深いところだと、世話をするボランティアの人の出入りが難儀になる。

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そこで多くの場合は防砂ネットの近くで、なおかつ人目につかない場所にエサ場は設けられる。

このエリアのエサ場をあえて防砂林の深部に設置したのは、ボランティアの女性が、臆病で神経質なビクの性格を考慮したからかもしれない。

これといった明白な根拠がある訳ではないが、そんな気がした。

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会った当初のビクの態度を、私はただにべもないものだと考えていたが、今はビクの本当の意図が理解できる。

ビクは私を招待したかったのだ。

防砂林の奥のひそやかな場所にある自分の「住まい」に。

私はそんなビクの心づくしが嬉しかった。



〈つづく〉



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臆病な猫 (前編)

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その海岸猫と最初に出会ったのはいつだったのか、私はなかなか思い出せないでいた。

そこで撮りためている写真から検索することにしたのだが‥‥。

2012年以前の写真データはハードディスクからDVDへ移動してあるので、思いのほか時間を要する作業になった。

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検索する前は、その海岸猫との初見は旧ブログを開設してから2、3ヵ月経ってからだと思っていたのだが、あに図らんやわずか8日後の2009年11月初旬だったことが判明した。

つまりはこの海岸猫と知り合ってから、すでに6年半もの歳月が経っていることになり、私が関わってきた海岸猫の中では最長である。

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下に掲載したのが初見のときのワンショット目の写真だ。
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さて、『 東のエサ場 』と呼んでいたエリアに棲む、このキジ白柄の海岸猫に対して私がいだいた第一印象を端的にいうと “臆病な猫” だ。

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常に周りを警戒し、小さな物音やちょっとした気配に過敏ともいえる反応を見せてびくびく怯えているから、私はいつしかこの海岸猫を『 ビク 』と呼ぶようになる。


ビクは当時5歳で、ニンゲンでいえば30代半ばのレディーだった。

やや太り肉(じし)ではあったが‥‥。

2012年の秋ころから『 東のエサ場 』に出没するようになったチビ太郎を、ビクは蛇蝎のごとく嫌い、ついには別のエリアに移動してしまった。

そして、それまで高かったビクの出現率はこれを契機に急低下する。


2016年初春、私はビクに会うために海岸へ赴いた。
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防砂林へ向かって名を呼びつづけていると、10分ほど経ったころに、周囲を気にしながらおどおどした様子でビクが姿を見せた。
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そして、いったい誰に向かって何を訴えようとしているのか、ビクは小さな鳴き声をあげる。


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さらに私の背後を見つめながら「ミャオ」と鳴いた。念のために振り返って確認したが、ビクの視線の先には誰もいない。


私はビクに話しかける。「ビク、久しぶりだな。また会えて嬉しいよ」
だがビクは私を一瞥もせず、名もない虚空を凝視するばかりだ。

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数秒間そうしていたと思ったら、今度はいきなり「ミャーオッ!」と大きな鳴き声を発した。


その直後、ビクは凛然とした態度で向き直ると、私の顔を正面からひたと見据えた。
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ビクの無垢な双眸に見つめられた私は、彼女にその気がないとしても、日頃の無沙汰を責められているようで、自ずと居心地の悪さを覚えてしまう。


こういうとき、ニンゲンは思わず弁解したくなるものだが‥‥。

それが建前であろうが本音であろうが、ニンゲン社会で通用する言い訳など、実直に生きている猫たちにはいっさい通用しない。

ニンゲンの虚実の仮面など、研ぎ澄まされた猫の本能の前では何の役にも立ちはしないのだ。

だから猫と真剣につきあいたければ本意からの言葉に加えて、実際的な行動が必須になる。


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ビクはくるりと身を翻すと、軽快な足付きで植込みの方へ歩いていく。私を忘れてしまったのだろうかと、一抹の不安が脳裏をかすめる。


そんな私の想いを知ってか知らでか、ビクはおもむろに防砂柵へ前足をかけた。
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腰を引いた珍妙な格好で伸びをしているように見えるが、爪を研ごうとしているのだ。おそらくは。


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ところがビクは防砂柵にかけた前足を1ミリも動かすことなく体勢を立てなおした。


結局ビクは何をしようと思ったのだろう‥‥?
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このように猫の行動はニンゲンにはなかなか見通せない。けれどこういう融通無碍ぶりも猫の魅力のひとつなのだ。


以前のビクなら私を認めると、足もとに寄ってきては背中を撫でることを強要していた。しかしこの日はどうも様子が違う。
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前回会ってから1年半という空白がある。もしかしたら、そのことがビクの心境に何らかの変化をもたらしたのかもしれない。


ビクに言い訳は通用しないが、読者の方には一言断っておきたい。
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その1年半の間に、私は何度かビクを訪ねている。ところがビクは一度も姿を現してくれなかったのだ。


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警戒心の強いビクの性格を考慮し、私は人目につかない防砂林のなかへ足を踏み入れた。


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ビクも私のあとを追って防砂林に入ってきた。だがネット近くで歩みを止め、それ以上奥へ進むのを逡巡している。


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そこでいささか姑息な手段ではあるが、食べ物で懐柔することにした。


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生憎こちらが風下だが、犬には及ばないものの、猫の臭覚はニンゲンの1万倍から10万倍もあると言われているので、ビクは猫缶の匂いを感じとっているはずだ。


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こういう場合はただひたすら待つしかない。焦ってこちらからモーションを起こすと、人馴れした猫でも逃げてしまう。


ちなみに猫は他のネコ科の動物と同様に優秀なハンターだ。

ネコ科の狩りの方法には、待ち伏せ作戦と忍び寄り作戦がある。

待ち伏せ作戦でいうと、野生のトラは獲物を得るためなら丸一日でも身じろぎしないで潜んでいられるという。


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そんな辛抱強いネコ科の動物とつきあうには、こちらにも相応の忍耐力が求められる。

だからけっして焦らず、自若とした態度で臨まなければならない。


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とはいうものの、防砂林に入ってそろそろ15分が経とうとしていた。

丸々と太ったビクの体型からは食事環境の良さがうかがえる。

つまり飢えてはいないということで、猫缶での懐柔作戦も効果がなさそうだ。

致し方ない、今日は顔を見られただけで良しとして引きあげよう、と私が諦めかけたそのときだった。








ビクが慎重な足取りで、猫缶を盛ったトレイに近づいてきたのは。
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そしてビクはトレイの少し手前で立ち止まると、まるで毒でも入っていないか吟味するようにトレイの中身を仔細に眺める。


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やがて納得したようで、おずおずとしながらも猫缶に口を付けた。


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ただその食し方はきわめて悠揚としている。やはり推測したようにあまり空腹ではないようだ。


こうして間近でビクを見ていると、あの “おぞましい事件” が否が応でも想起される。
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その事件とは、2歳のビクの身に降りかかった凄惨な出来事だ。

幸いにも、当時世話をしていたKさんの適切な判断と敏速な行動によって、ビクは奇跡的に一命を取りとめたのだが‥‥。



〈つづく〉



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捨て猫エレジー (後編 2)

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春先から復調の兆しが見えてきたとはいえ、以前のように頻繁に海岸へ通うことはまだ叶わない。

精神の浮沈は自分でも予測がつかず、そのうえ凶事・吉事に関係なくささいな出来事をきっかけに制御不能な情動が起こるのでなかなか厄介だ。

そのような状態であっても、やはりチビ太郎のことが気掛かりで、前回訪れたときから数週間後私は少々無理を押して彼が棲むエリアへ足を運ぶことにした。


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「チビーっ!」私はいつも通りにチビ太郎が潜んでいるであろう場所へ向かって名を呼んだ。
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大抵はすぐに鳴き声をあげて姿を見せてくれるのだが、この日は何度名を呼んでもチビ太郎は姿を現さない。


開けた場所にあるエサ場には文字どおり猫の子一匹いなかった。
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また灌木に囲まれた第二のエサ場にも、誰かが潜んでいる気配は感じられない。


私はその場に留まり、チビ太郎の名前を呼んでは防砂林のなかにその気配を探っていた。
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だが10分経っても20分経っても、チビ太郎は姿を現してくれなかった。


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チビ太郎が棲むエリアからの帰途、2012年までチビ太郎が長靴おじさんと一緒に暮らしていたテント小屋のあった場所をたずねた。
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防砂林に遺棄されたチビ太郎は、長靴おじさんに保護されてからの7年間、ここでそれなりに穏やかな生活を送っていた。


しかし久しぶりに訪れたその場所には、数年前までテント小屋があったことを示唆するものは何も残されていない。
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そのせいだろうか、この場に臨んでいると、長靴おじさんとチビ太郎がいたのはずっと昔のことのように感じられる。


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それからの数週間、私は体調の比較的良好な日を選んで、だいたい10日に1度のペースで海岸へ足を運んだ。

ただほかのエリアにも懸念される案件が生起していたので、心ならずもチビ太郎に会いに行くのを先延ばしにしていた。


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そして桜の花が散るころになって、私はようやくチビ太郎のいるエリアを訪れた。


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エリアの様子は、表面的には前回と何も変容していない。

少なくとも私の目にはそう映った。


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ただそこからは、いわゆる “生活の匂い” というものが以前にも増して希薄になっているような印象を受ける。


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私はエサ場に隣接した防砂林の中に足を踏み入れた。

この区画の防砂林へ立ち入るのは、私にとってこのときが初めてになる。


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ところが私はまるで何者かに導かれるように、防砂林の奥へと進んでいった。

そうしてしばらく行くと、灌木の茂みが私の前に立ち塞がる。


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そこで私はその場にしゃがみ込んで周囲に視線を巡らせた。

そして “それ” が視界の隅に入ったとき、先ほどから私を誘導していたのが誰だったのか、私はその正体を知ることになる。


* * *


かつて防砂林の片隅にひとりの海岸猫がひっそりと暮らしていた。
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その海岸猫は仔猫のときに飼い主の手によって防砂林に捨てられた。
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そして偶然通りかかったホームレスの男性に仔猫は拾われる。


『 チビ太郎 』と名付けられた仔猫は先天的か後天的か不明だが、そのとき既に眼を病んでいた。
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チビ太郎を保護したホームレス‥‥、私が便宜上『 長靴おじさん 』と呼んでいるその男性は吐き捨てるように言った。


「眼の病気に罹ったから、こいつは捨てられたんだ!」と。
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長靴おじさんの看病の甲斐あって、やがてチビ太郎の病はその進行を止めた。


その後チビ太郎は長靴おじさんの庇護のもと、海岸猫としては比較的平穏な生活を送っている。
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こうして穏やかな表情で眠っていられるのも、長靴おじさんとねぐらのテント小屋の存在があってこそだ。


一方、どのような経緯があったのか知る由もないが、独り防砂林で暮らす長靴おじさんにとっては、チビ太郎が安らぎを与えてくれる存在であることもまた事実だ。
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私はこのふたりの生活がこれからも永続的につづくのだろうと、何の根拠もなく思っていた。

少なくともこのときは‥‥。



* * *


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「そうか、お前だったのか、私をこの場所へ案内してくれたのは!」








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“チビ太郎” は灌木に挟まれたわずかなスペースに、ちょこなんという感じでかしこまっていた。


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茶トラ猫のチビ太郎、享年11歳。

家猫だったチビ太郎は数奇な運命を辿った末に、今は防砂林の一隅でしずかに眠っている。


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身体は防砂林の土の中にあっても、翼をとり戻したチビ太郎の魂は、空を駆けて長靴おじさんのもとへ行ったのかもしれない。

夕空に軌跡をえがく飛行機雲を見ているうちに、そんな想像が私の脳裏をよぎった。



〈了〉



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捨て猫エレジー (後編 1)


暦の上はもちろん実質的にも春を迎えているのだが、今年の春は牛歩のような緩慢な歩みに徹して一向に気温が上がらず、季節はずれの肌寒い天気がつづいている。

記録的な暖かさに終わった “冬” が、まるで自分の不作為を反省し、その汚名返上のために捲土重来を期しているかのようだ。


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何はともあれ春の到来が遅れている事態は、私にとっては僥倖に他ならない。

なんとなれば私が調子を崩すのは、日ごとに気温が上昇する春先だからだ。

この時期をことさら厭うのは自分だけの気質によるものだと長らく思い込んでいたのだが、多くの人が同じように嫌忌していることを私はやがて知ることになる。


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というのも、自殺者が多い季節は春であり、わけても3月は1年を通して最も多いと内閣府が発表したからだ。

そして内閣府はその統計結果をもとに、3月を『 自殺対策強化月間 』と定め、これまで以上の対応策を講ずると表明した。

3月に自殺者が多い原因としては、私のように『 木の芽時 』と呼ばれる季節の変わり目自体に精神が影響されることに加えて、新年度を目の前に進学、転校、就職などの新しい環境の重圧を受けるためだと言われている。

ちなみに、内閣府がおこなった自殺防止策は実際に自殺者の減少に効果があったのかどうか、私は寡聞にして知らない。


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それはさておき‥‥、春が足踏みをしている間隙をついて私は再び海岸へ赴くことにした。



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名を呼ぶと、チビ太郎はいつものように灌木の奥からすぐに姿をあらわした。


眼の状態はこころなしか前回より悪化しているように見受けられる。
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やがてチビ太郎は何かを訴えるように鳴き声をあげはじめた。前回会ったときは殆ど声を発しなかったチビ太郎だけに、その声音からはある種の切迫感が感じとれる。


チビ太郎の眼はボランティアさんの手により何らかの手当を受けているのか、もちろん私の与り知るところではない。
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それにたとえ実情を知っていたとしても、今の私に口を差しはさむ筋合いなど微塵もありはしないのだ。


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チビ太郎はおもむろに腰をあげると、ゆっくりとした足取りでこちらに近づいてくる。


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そうしてチビ太郎は私の足もとまでやってくると、にわかに穏やかな表情をつくり鳴き声も発しなくなった。


そこで私はポケットから取りだしたティッシュでチビ太郎の両眼にたまっていた眼ヤニをそっとぬぐいとる。

そのあいだ、チビ太郎は腰を下ろした姿勢で身動きもせずにおとなしくしていた。

たとえ人馴れした猫であっても眼を触れば嫌がると思うのだが、それゆえチビ太郎の神妙な態度はかえって哀れみを誘う。


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私がエリアの中を見まわっていると、チビ太郎は後を付いてくる。


それならば、このままエサ場までチビ太郎を誘導して食事を与えようと私は思った。
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ところがそれなりの訳があるのだろう、チビ太郎はとつぜん立ち止まりその場に座り込んだ。


私も立ち止まりチビ太郎に話しかける。「どうしたチビ太郎、ゴハンを食べにエサ場へ行こう」
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しかしチビ太郎は無言のままで動く気配を見せない。


ならばと私もチビ太郎の正面にしゃがんで、その幾分困惑した面持ちから彼の思いを推測してみることにした。
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たとえ村上春樹の小説に登場する『 ナカタさん 』のように猫語を解さなくても、猫と長年付き合っていれば、彼らの気持ちを汲みとれるようになる。もちろん飽くまでもおぼろげにというレベルでの話だが。


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チビ太郎はどうやら、私がいつも利用しているエサ場で食事をするのは、あまり気が進まないようだ。


そこで私はチビ太郎の意向を汲みとり、もうひとつのエサ場で食事をさせることにした。

このエリアにエサ場が2箇所あるのことは当初から知っていたが、私は灌木に囲まれた狭隘なエサ場をあえて避けていた。

なんとなれば、相性の悪い猫たちに食事を与える場合、そこはあまりに狭くて不都合だったからだ。

しかし改めて思えば、たまにほかの猫の姿を目にすることがあるが、実際にこのエリアに棲みついているのは今やチビ太郎だけで、もはやなんの差し支えもない。


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私の推察した通り、灌木の茂みの中にあるエサ場で待っていると、じきにチビ太郎もやってきた。


チビ太郎の嗜好は先日把握したので、今回も同じ猫缶を持参してきている。まずはそれを与えた。
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私がチビ太郎にしてやれるのは、こうしておやつ代わりに猫缶を与えることくらいだ。


「チビ太郎うまいか?、足りなかったらお代わりもあるからお腹いっぱい食べな」と言ってはみたものの、先述したように何回かに分けて少しずつ食べるのが猫本来の食性だ。
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猫缶を美味しそうに頬ばるチビ太郎を見ているだけで、私の心は安らぎを覚える。ただし、ほんの束の間に過ぎないが。


しかしそうであっても、今のチビ太郎の状態を考えれば、普通に食欲があるだけでやはり安堵する。
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叶うものなら、このまま小康状態を保ち長靴おじさんとの再会を果たしてほしい。


チビ太郎にしたって、“親” である長靴おじさんにもう一度会いたいはずだ。
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ただその件についてはひとつ気がかりなことがある。それはチビ太郎が病に罹っている事実を長靴おじさんは知っているのか、ということだ。


仄聞したところによると、長靴おじさんは入院後も時折チビ太郎の様子を見にきていたようだが、チビ太郎が罹患してからはそういう目撃談を耳にしていない。
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あるいは知っていながら何らかの理由により海岸へ足を運ぶことができないのだろうか?


そのとき、この場にはまったくそぐわない1枚の貼り紙が、何気なく巡らせた私の視界に入った。
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このたぐいの貼り紙は、ホームレスの人が無断で建てたテント小屋の側で幾度も目にしている。だが猫のエサ場で見るのは初めてだ。


隅に貼られたボランティアの人の切実な訴えが役人の良心を目覚めさせたからか、実際に猫ハウスなどを撤去していないから良いようなものの、私としてはやはり理解に苦しむ行為である。
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もっとも書面の最後にあるように、役所の助力を得て努力さえすれば、野良猫に自立の道が開けるというのなら話は別だ。


そんな益体もない考えに耽っているうちに、チビ太郎は食事を終えたようだ。
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やがてチビ太郎は緩慢な動きで発泡スチロールの蓋から降りる。


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半分ほど残したが、この場合は猫缶を咀嚼できる力をチビ太郎が未だに持っていることを喜ぶべきだ。


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周りを灌木でかこまれた狹いエサ場の隅にうずくまるチビ太郎。彼の脳裏にはいったい何が去来しているのだろう。


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実の母や兄弟との束の間の暮らしを思い出しているのだろうか?

またはある日突然、その家族から引き離されて、薄暗い防砂林に独り置き去りにされたときの恐怖を思い出しているのだろうか?

それとも手作りのテント小屋で長靴おじさんと過ごした、心安らぐ日々を思い出しているのだろうか?

あるいは長靴おじさんが病を得て、自分を残して海岸から去ってしまったときの驚きと戸惑いを思い出しているのだろうか?

やはり、身体を損なってから今までの、辛く苦しい思いにとらわれているのだろうか?


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しかしチビ太郎の胸底深くに秘められている本意を、私は推し測ることができない。

「チビ太郎、お前をこんな境遇におとしいれたニンゲンに対して思いの丈を声高に叫んでもいいんだぞ」

私はそう話しかけたが、チビ太郎は名もない空間を見つめるばかりで何も語ろうとはしなかった。


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私はほかの海岸猫に会うために、チビ太郎をそのままにして灌木の中のエサ場をあとにした。


だがこのとき、私はまだ知らなかった‥‥。

チビ太郎の病は私が考えている以上に進行している事実を。



〈つづく〉



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あなたのちょっとした配慮で小さな命が救われる。


#猫バンバン PROJECT MOVIE by NISSAN
#KnockKnockCats






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チビ太郎は私の脚にぴたりと身体を寄せたまま身じろぎしない。

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気まぐれに訪ねてくる私にさえ、こうやって親愛の情をしめすチビ太郎の胸中を忖度すると、私は遣る瀬ない気持ちになる。


この感情はまた、自分が彼の状況を知りながら、なんら有効的な救済の手を差しのべられない無力感からも起因している。
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私はチビ太郎の身体を撫でながらつぶやくように語りかける。「チビ太郎ごめんな、何もしてやれなくて」


すると‥‥。
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チビ太郎は “涙” で潤んだ目で、私の顔を見あげた。


私に唯一できるのは、こうして食事を与えて一時的に空腹をやわらげてやることだけだ。
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チビ太郎にとって私という存在は、ニンゲン社会にたとえるなら、ときどき土産の菓子折りを持ってくる顔見知りのおじさんといったところかもしれない。


そんなニンゲンなどいなくてもチビ太郎は生きてゆける。自分でも承知しているが、結局私のやっていることは一時しのぎの弥縫策的な行為でしかないのだ。
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私はだから、雨の日も風の日も休まず、野良猫たちの世話をするボランティアの人たちに深い尊敬の念をいだいている。


チビ太郎の命脈が保たれているのも、そんな心優しい人の無償の厚意のおかげだ。
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あまり腹は減っていないのか、チビ太郎は猫缶を少し口にしただけで食べるのをやめてしまった。


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しばらくトレイの前に留まっていたチビ太郎だったが、やがて思いを定めたようにその場を離れていく。


日々を必死で生きている野良猫だから、ふつう食べ物の選り好みはしないものなのだが‥‥。
ダメ元を覚悟のうえで、持参していたべつのメーカーの猫缶を開けてみた。

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するとあに図らんや、新たなトレイに盛ったその猫缶をチビ太郎は貪るように食べはじめた。


猫缶を食した経験がないので、私に味のちがいは分からない。しかし形状といい色合いといい、両者に異同はないように見えるのだが、チビ太郎の舌はその差異を明確に感じとっているのだ。
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キャットフードを販売する各メーカーは、原材料を厳選し栄養素のバランスを考慮し、さらに猫の嗜好にあわせた製品を開発していると謳っているが、果たしてそれをすべての猫が好むとは限らない。


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トレイから顔をあげて舌舐めずりをするチビ太郎。今度こそは腹が充たされたのだろう。


と思ったら、チビ太郎は殆どを食べのこした最初のトレイに意味ありげな視線を投げかける。
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もしかしたら自分の口にはあわないから今は食べないけれど、あとで腹が減ったら食べてもいいな、と考えているのかもしれない。


多量の猫缶が残ったら、たいていの場合私はエサ場近くのカラスに奪取されにくいところに置いていく。
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猫はニンゲンのように決まった時間にまとまめて食事をせず、何回かにわけて少しずつ食べる習性をもっている。

これは約13万年前に中東の砂漠地帯に生息していた、猫のルーツである『 リビアヤマネコ 』の食性が伝搬したというのが定説だ。

そして時間を定めて食事を与えられた猫は、自由に食事をさせた猫に比べて協調性を欠き攻撃的になったという実験結果がある。

さらには一度に大量に食べると、尿のPH(ペーハー)やMg(マグネシウム)、H3PO4(リン酸)に大きな変化が起きる。

つまりは‥‥。


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猫本来の食性を鑑みないで、ニンゲンの食生活にあわせて食事の時間と回数を決めるのは大きな誤謬であり、待っているのは悪い結果でしかないのだ。

もし食性以外の猫の習性を矯正しようと試みても、同じくけっして望ましい帰結をもたらさないだろう。

そもそもある意味においては、文明に飼い馴らされて柔弱になったニンゲン(無論私をも含めて)とは対照的に、猫はいまだに野生の本能を頑なに保持している気高い生き物と言える。


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猫の食性に関していえば、日本人の多くが誤解をしている事例がもうひとつある。

それは、 “猫の好物は魚” という通説だ。

以前当ブログでも述べたように、猫はたしかに純然たる肉食動物だが、かといってことさら魚を好んで食べるわけではない。

また “猫は魚好き” と思い込んでいるのは日本人くらいで、欧米人はそのような観念を持っていない。

日本人がかかる勘違いをするにいたった起因は、昔から日本においては魚を食することが多く、猫にもその残りを与えていたことによる、と言われている。


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経験則にもとづく私見を述べさせてもらうと‥‥。

ニンゲンと猫が一緒に暮らす場合においては、ニンゲンの都合を猫に押しつけるのではなく、逆に猫の都合にニンゲンがあわせた方が良い関係をつづけられると思っている。

そのためには通常の観点ではなく、猫の観点から物事を見る必要がある。


チビ太郎がゆっくりとした歩度でエサ場から離れていく。
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猫は独りでいることを好むと知っていても、私はチビ太郎の後ろ姿につい寂寥感を覚えてしまう。


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チビ太郎は食後の毛繕いを入念におこなっている。
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猫の綺麗好きはつとに知られていて、たとえ病のせいで体のどこかに痛みがあっても、そのために気分が落ち込んでいても食後の毛繕いはけっして怠らない。


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先住猫たちをすべて追い出したこのエリアで跋扈していた2年前の威圧的な面影は、やはり病のせいで、今のチビ太郎には微塵も残っていない。


前回も述べたが、猫は時間の概念を持たないかわりに身体の衰えは自覚するだろうと私は思っている。


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チビ太郎自身は黙して語らないから彼の本当の苦衷を私は知る由もなく、ただ推測するしかないのだが‥‥。

頑強な体躯と膂力、そして豪胆な気質をもっていたチビ太郎だから、なかんずく体力の衰えがもっとも辛いのではないだろうか。


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そしてそうであるのなら、チビ太郎は体力の弱体化によって、これまで互角に対抗していた外敵から致命的な攻撃を受けることも覚悟しているのかもしれない。

もしも‥‥、私がチビ太郎とおなじ状況に置かれたとしたらどのように感じるだろう?


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克己心の弱い私のことだから、おそらく悪化する一方の眼病と相貌の激変に周章狼狽し、急激な身体の衰えとさまざまな苦痛に悲鳴をあげながら、日々を懊悩のうちに送るだろう。

そして自分をこんな目にあわせた相手を激しく憎悪し、さらには怨みをはらすために復讐を考えるかもしれない。その相手が信じていた “親” なら尚更だ。


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しかし一度ニンゲンと信頼関係を築いた猫は、余程のことがないかぎりそのニンゲンを裏切ったりはしない。

裏切るのはいつだってニンゲンの方だ。


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理由こそ違えど二度もニンゲンに見捨てられたチビ太郎にしても、自分の置かれた苦境を訴えることもせず、自分をおとしいれた者へ怨嗟の声をあげるわけでもない。

長靴おじさんが海岸を去った日を境として寄る辺ない野良猫の身になったチビ太郎は、ただ懸命に生きようとしているだけだ。


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あるいは長靴おじさんが戻ってきて、再び一緒に暮らせるようになるのをチビ太郎は信じているのだろうか。

だから病の苦しみにも堪え、衰弱の恐怖にも立ち向かえるのかもしれない。


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果たして、チビ太郎の望みがかなう日はやって来るのだろうか。


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〈つづく〉



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捨て猫エレジー (前編)

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かつて防砂林の片隅に一人のホームレスの男性がひっそりと暮らしていた。

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その男性がいつからこの場所で生活を始めたのか、私が知るべくもない。
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右のテントは簡易的なものだが、左の母屋は年季のはいったもので、ちょっとやそっとの風ではびくともしないほど頑丈に造られている。


ちなみに私はこの男性の実名を知らない。
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そこで便宜上、ブログ内では男性を『 長靴おじさん 』と称しているのだが、実際に長靴をはいた姿を目撃したのは1、2度だけだ。


さて、このテント小屋にはもうひとり “同居人” がいる。
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チビ太郎 』という名のオス猫で、この当時(2010年)は5歳だった。


捨てられていた仔猫のチビ太郎を発見した長靴おじさんは、そのままテント小屋に連れてきた。
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以来、長靴おじさんとチビ太郎はこのテント小屋で一緒に暮らしている。


“家” を持たない長靴おじさんと “親” に捨てられたチビ太郎、もしかしたらその境遇ゆえに相身互いの関係にあったのかもしれない。
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長靴おじさんが名を呼ぶとチビ太郎は素直に歩み寄っていく。


長靴おじさんは自分の過去についていっさい話さないし、私も敢えて質問しない。だから肉親や親類縁者がいるのかどうかさえ不明だ。
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いずれにしろ海岸に独りで暮らす長靴おじさんとってチビ太郎は、身内同然の存在であろうことは容易に想像できる。
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一方チビ太郎にとって長靴おじさんは、言うまでもなく命を救ってもらった恩人だ。


昔から “猫は情が薄い” と言われている。だがこの見解は自立心の強い猫の性格を皮相的に解釈しているにすぎない。
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猫と密接にかかわっている方なら知っていると思うし、自分の経験則から私も明言できるが、猫は人から受けた恩をそうそう簡単には忘れない動物だ。


だから猫は巷間言われているような、情の薄い動物ではけっしてない。
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私見を述べると、猫は犬と同程度の忠義心を持っているが、ただその表現方法が犬と異なっているだけなのだ。


チビ太郎も命の恩人である長靴おじさんを慕っている。その想いはかなり強く、愛情を独占したいがためにほかの猫を排斥するほどだ。
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あらためて思うのだが、信じていた “親” にゴミのように捨てられたチビ太郎だから、長靴おじさんの愛情をことさら渇望していたのだろう。


ところが‥‥。

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長靴おじさんとチビ太郎の生活は、ある日突然致命的な崩壊をむかえることになる。

2012年初秋、長靴おじさんは病を得て住み慣れた防砂林から出て入院してしまったのだ。

そしてチビ太郎は事情も分からず独り防砂林に残された。

そのときの様子は【残された猫】を、更にその後の様子は【海岸猫たちの朝】の後半を参照されたい。

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世話をする人もいたのでテント小屋にとどまっていたチビ太郎だったが、やがてほかのエリアへ頻繁に出張るようになる。

そうやって数ヵ月間二つのエリアを往来していたが、冬が目前に迫ったころにテント小屋は管理者によって完全に撤去され、チビ太郎は飼い主に加えてねぐらをも失ってしまう

今思えば、おそらくその出来事が直接的なきっかけとなったのだろう、チビ太郎は元のエリアを捨てて通っていたエリアに棲みついてしまった。

そしてこのエリアでも世話をする人の愛情を独り占めしたかったのか、チビ太郎は先住猫たちすべてを駆逐したという。

その話を知人から聞かされた私が、真偽のほどを確かめるためにチビ太郎を訪ねたときの状況は【東方の異変 (前編)】に詳しいので参照されたい。

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それから1年あまり経った2015年の夏、今度はチビ太郎の身体に異変が起こっていた。

名に反して巨躯を誇っていたチビ太郎だったが、そのころに見る影もなく痩せおとろえた姿で私の眼前に現れたのだ。

そのときのチビ太郎の状態は【痩躯の猫 (前編)】と【痩躯の猫 (後編)】を参照されたい。


* * *


そして2016年の春まだ浅い日の夕刻、重い身体をなだめすかし、沈んだ気持ちを鼓舞激励して、私は久方ぶりに海岸へ足を運んだ。
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言うまでもなく、前回会ったとき以来ずっと気懸かりだったチビ太郎に会うためだ。


「チビーっ!」

ゆっくりとした足取りでエリアへ入っていった私は、いつもそうするように見当をつけた方向へむかって名を呼んだ。

すると果たせるかな、防砂林の何処かから微かに猫の鳴き声が聞こえてきた。


そうしてじきに灌木のあいだから姿をあらわしたチビ太郎は、私のほうへまっすぐ歩み寄ってくる。
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地面をける脚の動きは存外に力強く、またその足付きも軽快に見える。


体も前回会ったときに比べて幾分肉が付いているようだ。
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ボランティアさんのケアの甲斐あって、チビ太郎の症状は快方へ向かっているのかもしれない。


しかし、チビ太郎が痩せこけていることに変わりはない。
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身体をさわると分かるのだが、いまだ背中に肉は付いておらず、背骨の一つひとつの骨がはっきりと確認できるからだ。


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それに眼のまわりの “ただれ” は前回より明らかに悪化している。


元の飼い主である長靴おじさんの手当で眼病の進行は止まっていたはずなのに、何故今になって再発したのだろう?
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更に注意深くチビ太郎の顔を観察すると、人の手によってティッシュなどで眼ヤニを拭きとった跡が見られた。


おそらくは、チビ太郎の世話をしているボランティアの婦人がぬぐったのだろう。

どうしてそれが分かったのかというと、以前に私がチビ太郎の眼をティッシュで拭いた際にも同じような跡が残ったからだ。


チビ太郎はおもむろに腰をあげて、再び私のほうへ歩を進めはじめた。
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そしてすぐ側で立ち止まると、その場に端座した。
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この日のチビ太郎は前回と打って変わってほとんど声を発しない。


考えてみれば、ほかの野良猫と同様に元来は寡黙な猫だったのだ、チビ太郎は。
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少なくとも長靴おじさんと一緒に暮らしていたころのチビ太郎はほとんど鳴かなかったと、私は記憶している。


私の記憶が正しければ、チビ太郎が饒舌になったのは長靴おじさんが病を得てテント小屋を去ったときからだ。
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その当時7歳だったチビ太郎も今年は11歳をむかえる。


品種や個体での差もあるし、実際のところは分からないのだが、現在もっとも人口に膾炙している説だと、猫の11歳はニンゲンの年齢に換算すると60歳くらいだと言われている。

また猫には時間の概念がないと言われているので、猫自身が自分の年齢を意識することはないだろうが、身体の衰えは野生の本能が強い猫にしてみれば、重大な問題として自覚していると思われる。

いわんや寄る辺ない野良猫の境遇で罹患したチビ太郎においてをやだ。

チビ太郎はだから、不安にかられて顔見知りのニンゲンに自分の心情を伝えようと饒舌になったのでは、と私は思っている。


私が後ろにさがって撮影していたら、チビ太郎はさきほどと同じように歩み寄ってきた。
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そうして私の足元までくると、何も言わずに私の脚に身体を押しつけてくる。
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やがてチビ太郎は私の脚へもたれかかるようにして座り込み、そのまま動かなくなった。



〈つづく〉



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