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wabi

Author:wabi


治療の一環として始めた海岸散策
そこで知り合った海岸猫たちと交流を
深めるうちに彼らの魅力に心惹かれて2009年10月に旧ブログを開設

そして2015年9月に当ブログへ移転

⇒旧ブログはこちら

★プロフィール写真は元海岸猫の愛猫

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2010年1月23日
東京都荒川区東日暮里で行方不明
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2012年8月5日
名古屋市緑区姥子山鳴海グランドで
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残された猫

私がいないあいだの湘南海岸に起こった変事は、海岸猫だけにとどまらなかった。
その情報をもたらしてくれたのは、久しぶりに会った『猫おじさん猫おばさん夫妻』だった。
※〔1〕
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そのとき夫妻は、昨秋国道で交通事故死したボスの母親の世話を終え、同様に面倒を見ているほかの海岸猫のもとへ移動中だった。
ところが自転車で並走していた私を置き去りにして、ずいぶん手前の防砂林の脇道へと二人は入っていく。



私は慌てて二人のあとを追い「ここにも世話をする猫がいるんですか?」と問うたら、猫おばさんが「チビの世話を頼まれているの」と少し悲しそうに言った。
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「チビって、あのチビ太郎のこと?」と私が訊くと「そう、おじさんが病気になって病院へ入院したから」と猫おばさんは答えた。私はことの重大さに気づき、二人に同行して防砂林の中へ入っていった。


長靴おじさんの小屋を最後に訪れたのはミケが亡くなったときだから、もう2年以上の月日が経過していた。
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茶トラのチビ太郎‥‥。この海岸猫に会うのもその時以来になる。


元気にしていたことはグッドニュースだが、飼い主である長靴おじさんがいなくなったのは、この猫の行く末を思うとバッドニュースだ。
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そういえば、複数の人からチビ太郎らしき猫が数百メートル離れたほかのエサ場に出没していると仄聞していた。


おそらく空腹のせいで、食べ物を求めて遠くまで出張っていたのだろう。
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ミケの存命中もよくエサ場へきて、サンマと何度も睨み合っていた。


真偽のほどは定かでないが、飼い主の長靴おじさん曰く “茶トラのオスが一番喧嘩が強い” そうだ。
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でもこの海岸猫がほかの猫と取っ組み合いの喧嘩をしているところを目撃したことは一度もない。ひょっとしたら、チビ太郎の見た目の迫力に相手が怯んでいただけかもしれない。


不敵な笑いを浮かべているように見えるが、これがチビ太郎の常態である。
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当時、頻繁にミケとサンマのエサ場に来ては騒ぎを起こしていたので、少々手荒な方法で撃退したことがある。だからチビ太郎は、私にいい印象を持っていないはずだ。


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猫おじさんと猫おばさんは別の海岸猫に食事を与えるため、慌ただしく小屋をあとにした。


それにしても、いったいチビ太郎はいつから独りで暮らしているのだろう?
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また長靴おじさんはいつごろ退院できるのか?そして回復したら此処へ帰ってくるのか?
猫おじさんたちに肝心なことを訊けなかった。



私はチビ太郎に向きなおった。「チビ太郎、久しぶりにだな。元気そうでなによりだ」
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チビ太郎は今年で7歳になる。捨て猫だったチビ太郎は長靴おじさんに引き取られ、以来この小屋で一緒に暮らしていた。


猫の平均寿命は野良猫が4~6歳、家猫が10~16歳だとされているが、チビ太郎のような特殊な環境にいる猫はどちらの範疇に属するのか、はなはだ曖昧だ。
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ともあれこれまでは家猫に近い境遇だったかもしれないが、しかし今は違う。そして、これから先がどうなるかはまったく分からない。


仔猫で拾われたチビ太郎はそのとき既に眼を病んでいた。
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おじさんの看病で病の進行は止まったが、眼には一生消えない傷痕が残った。


強面に見えるのはそのためで、彼自身も本意ではないはずだ。
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小屋に戻ったチビ太郎はいきなり大きな鳴き声をあげた。1回、2回、3回と。その声音は突然いなくなった長靴おじさんを呼んでいるのか、やけに悲しげに響いた。
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だがいくら呼んでもおじさんの返事はない。
するとチビ太郎は、私の目にも分かるほど悄然としてうなだれた。



私はそんなチビ太郎にゆっくりと近づいていった。
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そして抵抗されるのを覚悟の上で、後ろからそっと手を差し伸べ、そのままチビ太郎の身体に触れた。


すると案に相違して、チビ太郎自ら私の掌に頭をすり付けてきた。
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「チビ太郎、おじさんがいなくなって寂しいのか?」私は優しく語りかける。


人の優しさを求めていたのだろう、チビ太郎はますます力をこめて頭を押し付けてくる。
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そんなチビ太郎を見ているうちに、不覚にも涙が溢れてきた。
チビ太郎のおかれた苦境、そしてそのチビ太郎を独り残して小屋を離れざるをえなかった長靴おじさんの心情を思ってのことだ。



ふと足もとに視線を移すと、愛称の由来となった長靴が置いてあった。
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長靴おじさんがこの長靴を履いて、再び生業である石鯛釣りをすることはあるのだろうか?


猫おじさんと猫おばさんは早朝にだけこの小屋を訪れる。
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そこで保存の効くカリカリを置いていくことにした。


「おいチビ太郎、お前はさっき猫缶を食べたばかりだろう」私は笑いながら言った。
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結局、チビ太郎はカリカリをほんの少し口にして、食べるのを止めてしまった。
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どうやら味見のために試食をしただけのようだ。


名もない虚空を見つめるチビ太郎。
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彼の脳裏に去来するものは、いったい何なんだろう?


「チビ太郎、時々様子を見に来るから、寂しいだろうが、辛抱しろ」
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更に私は念を押すように言った。「そしてこれからはほかのエサ場へ行って、トラブルを起こすなよ」


私が去るのを察したのか、チビ太郎は見送るように小屋の前に佇んだ。
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こうして海岸猫に見送られるのを私は苦手としている。


彼らの気持ちを想うと切なくなり、加えて自分の無力さに後ろめたさを感じるからだ。
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私はやり場のない情動をその場に打ち捨てるように小屋をあとにした。


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海岸猫と関わっていると嬉しく感じることなど稀で、たいていの場合は辛く切なくなる。



脚注
※〔1〕この呼称はご本人の申し出によるものです。



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海岸猫たちの朝

明け方の湘南海岸。
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ランエリア
この春生まれたランの子チャゲは、すでに目覚めていた。

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そしてアスカも、エサ場から出てきて私を迎えてくれた。


人がそうであるように、猫も同じ親から生まれた兄弟であっても資質や性格はそれぞれ違う。
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チャゲとアスカ兄弟の性格の相違も徐々に分かってきた。


私との距離のとり方にも、その違いがすでに表れている。
チャゲは好奇心が強く積極的な行動をとる。対してアスカは慎重で消極的な子だ。

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チャゲは人慣れしていて、私が近づくといきなり地面に体を横たえ愛らしい仕草を見せる。


父親の性格が不明なので確かなことは言えないが、この人懐こさは母親譲りだろう。
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チャゲは甘えた鳴き声を発して、盛んに私に訴えかける。実に直截的な表現で、何を言いたいのか私にも伝わってくる。


ランの立ち振る舞いは落ち着きを増し、ますます母親らしくなってきた。
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でもランがまだ1歳にも満たない幼い猫であることを知っている私は、その変化に切なさを感じてしまう。


チャゲの訴えに応えて、さっそく朝食にした。
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早朝のこの時刻は、野良が一番腹が減っているころである。日中は複数のボランティアの人がこの子たちにエサを与えている。


仔猫たちの食欲はあいかわらず旺盛だ。2匹は脇目もふらず一心不乱に猫缶を頬張る。
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よく見ると、まともに咀嚼しないで飲み込むように食道へ送りこんでいる。


先に猫缶を平らげたチャゲの視線はアスカのトレイに注がれている。
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そして、アスカがほかに注意を逸らした隙を逃さなかった。


しかしアスカは、そんなチャゲの暴挙を責めもせず、猫缶を仲良く食べる。
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そんな兄弟の食事風景を、私は微笑ましく、そして羨ましく眺めた。


食べ盛りの仔猫にはまだ足りないらしく、チャゲが缶に残った欠片を漁りだした。
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すると、それを見たアスカも缶の中に顔を突っ込み、缶の内側をぺろぺろと舐める。


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仔猫たちのために追加分をトレイに盛ったのだが、それへ最初に口を付けたのは母だった。
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朝食を続けるのはランとアスカだけで、チャゲの姿はすでになかった。


周囲を見回すと、チャゲは防砂ネットの陰に身を潜めていた。
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私が名を呼んでも、もう近づいてはこない。理由は明瞭だ。腹が満たされたのでニンゲンに愛想を振りまく必然性が無くなったからだ。
それでいい、野良で生きていくには最低限の警戒心は必須だ。



結局、最後まで残ったのはランだっった。思えばこの猫もまだ育ち盛りなのだ。
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アスカもトレイから離れ、満足気に舌なめずりをしている。
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アスカのお気に入りの場所は防砂ネットの側だ。ここならネットの下を潜り抜ければ安全な防砂林へ逃げ込める。


ランもやっと腹が満たされたようだ。身体を起こし、おもむろに辺りを見回す。
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私はランに問い質したいことがある。他でもない、元のエリアに残してきた娘のユイのことだ。


父親が違うから残してきたのか、それともメスだから残してきたのか。
しかし当然ながらランからはっきりした理由を聞くことはできない。

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私は考える。ランとユイに元の母娘の絆を取り戻させる良い方法はないものだろうか、と。


私はラン親子に別れを告げて、別の海岸猫に会うため海岸沿いの道を東へ向かった。
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テント小屋に着いて名を呼ぶと、チビ太郎は小屋の中からおもむろに姿を現し、私の目の前で端座した。
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チビ太郎の様子と食器の状態から、今朝はまだ世話をしている猫おじさん猫おばさん夫妻が来ていないことが分かった。


ただ、たまたま私のほうが早かっただけで、いずれ夫妻はここを訪れるはずだ。かといって、いつ来るか分からない二人を待つことも、腹を減らしたチビ太郎をそのままにして立ち去ることも私にはできなかった。
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夫妻には今度会った時に事情を話せばいい。だいいち、こんなことで気分を損ねる人たちでもない。


長靴おじさんの話では、チビ太郎とミケは一時期ここで一緒に暮らしていたそうだ。ミケがボウガンの矢で首を射抜かれ、3ヶ月の入院治療を受けたあと、長靴おじさんが引き取ったのだ。
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ところがチビ太郎は成長するとミケをしつこく追い回すようになり、やがてミケ自ら別のエリアへ移ったと聞いている。


そしてその後もチビ太郎はミケのエサ場へ現れては、小さな諍いを起こしていた。
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ミケのエサ場に棲みついたサンマとチビ太郎が険悪な雰囲気でにらみあうのを目撃したのも一度や二度ではない。


だが何度記憶を辿っても、実際にチビ太郎が他の猫と喧嘩をしているところを目撃したことはただの一度もなかった。
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チビ太郎は相手が自分の姿に怯えるのを、ただ見つめていただけだった。


当時私にはチビ太郎の底意を知る由もなかったが、もしかしたらミケに特別な感情を持っていたのかもしれない、と今になって思うことがある。
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母として姉として慕っていたのか、それとも異性として心を寄せていたのか。


いまさらそんなことを質しても、この海岸猫は素直に答えてくれないだろう。
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「野暮なこと訊くなよ、終わったことだ」とはぐらされるのが関の山だ。


満腹になったチビ太郎はゆっくりと歩き始めた。
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そして発泡スチロールの上に座ると、遠くを見るような仕草を見せた。
チビ太郎が見つめている方向には、この防砂林の出入り口がある。



防砂林の側道に人の気配を感じ、主の長靴おじさんが帰ってきたと思ったのかもしれない。
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それからチビ太郎は、防砂林の出入り口を向いたまま微動だにしなくなった。


忸怩たるものがあるが、私はこの海岸猫にかける言葉を持ち合わせていない。
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ただチビ太郎の願いと私の願いが同じだということを伝えるしかない。
「チビ太郎、おじさんが早く帰ってくるといいな」



陳腐な私の慰めは、この野良の心情を1ミリも動かしていないだろう。
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だが、今の私に何が出来るというのか?
せいぜい時折訪ねてエサを与え、益体もない贅言をくりかえすことくらいだ。



そんな思いにかられている私をおいて、チビ太郎は小屋の屋根へ跳び乗った。
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私は慌てて後退りして屋根の上を見上げた。
チビ太郎は確かな足取りで屋根の頂まで歩んでいく。



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そしてそのまま屋根の反対側へ姿を消した。


小屋の裏へまわってみると、シートの切れ目からチビ太郎が顔を覗かせている。
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笑っているように見えるが、むろん猫は微笑まない。この表情がチビ太郎の普通の状態なのだ。口吻の歪みも幼いころに患った病気の後遺症だと思われる。


顔を引っ込めたチビ太郎は、ブルーシートをハンモック代わりにして身体を横たえた。
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あの場所は彼のお気に入りの場所なのだろう。おそらくずっと以前から。


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この道を通って、長靴おじさんが帰ってくる日は果たしてやって来るのだろうか?


私はさらに東を目指して自転車のペダルを漕いだ。何としても会いたい海岸猫がいるからだ。
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故郷から戻って何度も足を運んだのだが、タイミングが合わなかったようで、未だ顔を見られずにいる。


元気だということは仄聞しているが、やはり自分の目で確かめないと気が済まない。
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しかし今回も、以前と変わらずこのエリアにいるだろう僅かな証を確認しただけだった。


「今度来たときには元気な姿を見せてくれよ、ソックス」
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11月10日。
郵便受けに入らないからと、配達員から直接レターパックを手渡された。

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表書きを見ると、送り主は大阪に住む友人の『大阪 Cat Story』の管理人桐生明さんだった。

中には壁掛け用のカレンダーと卓上用のカレンダー、そして前回の個展に出展された写真が入っていた。
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写真がカレンダーに採用されるようになってから、桐生さんはこうして毎年カレンダーを郵送してくれる。
「桐生さん、ありがとうございました!」

この猫カレンダーは全国の書店とネットショップで購入できます。
来年1年を愛らしい猫と一緒に過ごしたい方はこちらへ。



そして12月には、大阪で桐生さんの個展が開催されます。

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「大阪 リバーサイドキャッツⅡ 大きな橋の下の猫家族」
12月11日(火)~23日(日)。17日は定休日。
大阪・東三国の猫カフェ「キャッテリア クラウドナイン」にて。




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その数時間後、今度は宅配便が届いた。
部屋番号を確認した
宅配便ドライバーは「重いですよ」と言ってダンボール箱を私に手渡した。
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フタを開けると、中にはキャットフードがぎっしりと詰まっていた。
送り主は『always』の管理人であるダージリンさんだ。これまでもダージリンさんからは海岸猫のために何度もキャットフードが届いている。



その中に手提げ袋が入っていた。最初は小分けのキャットフードだと思ったが、違った。
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同封されていた手紙を読むと、それは私のためのドリップコーヒーだという。
私としてはありがたいやら恐縮するやらで、しばらく気持ちが落ち着かなかった‥‥。
「ダージリンさん、ありがとうございました!」


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東方の異変 (前編)

ここ数年で海岸猫の数が減っていることは前回の記事で述べたとおりだ。

防砂林に点在するエサ場のなかに、10数匹の海岸猫が棲む 『 東のエサ場 』というエリアがあった。

敢えて「あった」と過去形で表現したのには理由がある。

なんとなれば東のエサ場は “ 消滅 ” したからだ。

それも、たった1匹のオス猫のせいで‥‥。


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東のエサ場。
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私がエリアに到着した途端に、1匹の茶トラが何処からともなく現れた。


眼光鋭く私のことをねめつける茶トラ。
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そして、「ニャーッ!」と大きな鳴き声をあげた。


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この海岸猫の名は『 チビ太郎 』。
命名したのは、ブログ上で私が『 長靴おじさん 』と呼んでいるホームレスの男性だ。



チビ太郎は防砂林に作られたテント小屋で、長靴おじさんと一緒に暮らす “ 飼い猫 ” だった。
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しかしその長靴おじさんは病を得て、チビ太郎独り残して海岸から去っていった。
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そして冬が目前にせまった数ヵ月後、テント小屋は防砂林の管理者によって完全に撤去され、チビ太郎は飼い主に加えてねぐらをも失ってしまう。
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それでもボランティアの人に発泡スチロール製のねぐらを作ってもらい、毎日給餌されていたチビ太郎は自分のエリアにとどまっていた。
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その頃だ、長靴おじさんを待っているチビ太郎の姿が度々見られるようになったのは。
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「チビ太郎、おじさんは病気になったから、もうここへは帰ってこられないんだ。これからお前は独りで暮らしていくんだよ」


しかし私が何度説明しても、チビ太郎は聞く耳を持たず、防砂林の入り口を見つめたまま動こうとはしなかった。
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チビ太郎はそうやって、長靴おじさんが戻ってくるのを信じて待ちつづけていた。

こうして自分のエリアで暮らしていたチビ太郎だったが、しばらく経つと、姿を見せないときが多くなった。

寂しさに耐えられず、長靴おじさんを捜しに出かけているのだろうか、と思っていた。

これが、2012年秋に起こった出来事だ。


ところがそれ以後、チビ太郎が東のエサ場で頻繁に目撃されるようになった。
ただしチビ太郎は去勢手術を受けているので、メス猫を求めて移動したわけではない。

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だからチビ太郎が長年住み馴れたエリアを離れて、なぜよそのエリアに出張っていたのか、その理由は分からなかった。


ちなみに、私がチビ太郎と会うのはほぼ1年ぶりだ。
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「チビ太郎、久しぶりだな。やっぱりココにいたのか」果たしてチビ太郎は私のことを憶えているだろうか?


チビ太郎は悠然とした足取りで近づいてきた。
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普通、猫がモノに身体を擦りつける行為はカワイイと感じるが、チビ太郎の場合はやや伝法な印象を受ける。


朽ちかけた柵に寄りかかると、チビ太郎はそのまま歩みをとめてしまった。
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チビ太郎がどういう行動に出るのか、私は離れた場所で黙って観察することにした。チビ太郎もまた、目を伏せて沈思している。


ややあってチビ太郎は柵から離れると、砂山を降りはじめた。
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周囲に視線を巡らせながら、チビ太郎はゆっくりと私のほうへ近づいてくる。


そして私の脚に体を擦り寄せてきた。
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チビ太郎は私のことをちゃんと憶えていてくれたのだ。


「なあチビ太郎、あの話はホントなのか?」私はチビ太郎の顎をつかみ詰問した。
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「お前がここに棲みついたせいで、ほかの猫たちがいなくなった、というのは」
しかしチビ太郎は固く口を閉ざして何も言わない。



冒頭で述べた “ たった1匹のオス猫 ” とは、このチビ太郎のことだ
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かつて10匹以上いたエサ場はチビ太郎の出没をきっかけにして、徐々に機能しなくなり、ついには “ 消滅 ” してしまった、と仄聞している。


知人の話だと、ここに長年棲んでいた海岸猫たちは1匹残らず四散したそうだ。
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私も面識がある、ここの猫たちの世話をしていたボランティアのKさんという女性もまた、それがために海岸へ来なくなったという。


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しかしそんなことが実際にあるのだろうか、と半信半疑の私は実際に自分の目で確かめようと思い、ここにやって来たのだ。


この海岸猫は多少気分屋のところがあるが、人懐こい性格を持っている。
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私が1年近く海岸を離れていた間に、いったいこのエサ場で何が起こったのか、チビ太郎には訊きたいことが沢山あった。


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さっきまでの青空はにわかに立ちこめた霧に覆われ、空と海を分かつ水平線も模糊としてきた。


私はエリアをゆっくりと歩きながら、ほかの海岸猫の姿を捜し求めた。
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しかし目を凝らしてネット越しに防砂林の中もさぐってみたが、猫の影すら視界に入ってこない。


やはりこのエリアにはチビ太郎しかいないのか‥‥。
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にわかに信じがたいが、チビ太郎ひとりのために、このエリアの海岸猫たちが居なくなったという話は信憑性をおびてきた。


ここがこのエリアのエサ場だ。
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水入れは残っているが、水が入っていない。それにいつも置いてあった陶器製の食器がすべて無くなっている。


エサ場としての役目を終えているという話は本当のようだ。
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とすれば、新たな疑問が湧いてくる。


「チビ太郎、お前は誰の世話を受けているんだ?」
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チビ太郎が誰かに食事を与えられているのは明らかだ。でないと海岸で野良猫は生きていけない。


Kさんが海岸猫の世話をしなくなったのなら、いったい誰が‥‥。残念ながら私にはその人物について、まったく心当たりがない。
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少なくとも見た目は可愛げのない強面の野良猫の世話をするからには、それなりの思い入れがある人だろう。


以前より体重が減って体が一回り小さくなっているが、それはその時分が太りすぎていたからで、体型としては今が標準に近い。
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試しに猫缶を与えてみたが、食べ方を見る限り飢えている様子はうかがえない。


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食料事情は良好なようだし、チビ太郎の健康状態もまた、良好のようだ。


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以前なら猫缶を開ければ、その匂いに誘われて数匹の海岸猫が姿を見せたのだが、その気配は、もはやどこからも感じられない。
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チビ太郎がこのエリアの猫たちをすべて駆逐してしまったという話、信じるしかなさそうだ。


「ねぐらもあって十分な食事を与えられていたのに、何が不満で元のエリアを離れたんだ。なあ、おいチビ太郎?」だが、やはりチビ太郎は黙してなにも語ってくれない。
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長靴おじさんと長年暮らしたテント小屋を、ニンゲンの手によって壊された光景がトラウマとなっているのだろうか。


チビ太郎の顔貌の印象を決定づけている爛れた目だが、これは仔猫のときに眼病に冒されたせいだ。
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長靴おじさんの治療の甲斐があって、病は悪化することなくその進行をとめた。これは長靴おじさんから直接聞いた話だ。


チビ太郎と私との付き合いは長く、初見は2009年11月で、当ブログを開設してから1ヵ月目のことだ。
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長靴おじさんから年齢も聞いたはずだが、あいにく失念してしまった。ただ記憶の断片から推し測ると8、9歳にはなっていると思われる。


2年前まで “ 飼い猫 ” 状態だったとはいえ、海岸猫としては長命である。
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チビ太郎が元気でいてくれたのは嬉しいのだが、彼のためにこのエサ場を追いやられた海岸猫のことを思うと、私の心境はかなり複雑になってくる。


しかしこの状況をニンゲンが介入して元に戻すことはできない。たとえ元のエリアに連れ帰しても、チビ太郎はすぐにここへ舞い戻ってくるだろう。
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それに今回の一件でチビ太郎を一方的に責めることはできない。


ニンゲン社会と同様に、野良猫も力のある者が勝者となる『 弱肉強食 』の世界に生きているのだから。
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加えてチビ太郎もまた、ニンゲンの都合で置き去りにされた犠牲者なのだ。


私は未だかつてこのエリアで、海岸猫が身をさらして寝ている光景など一度も見たことがない。
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豪胆というか、肝が据わっているというか、とにかくこの海岸猫はそうとう図太い神経を持っているようだ。
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考えてみればこれくらいの胆力がないと、ひとつのエリアを壊滅させることなどできはしない。


さらに東へ行ったところに、もう一箇所消滅したエサ場がある。

そこには私の大好きな海岸猫がいたのだが‥‥。



〈つづく〉



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痩躯の猫 (前編)

久し振りに会う今回の海岸猫と私との付き合いは長い。

初見はまだミケが生きていた2009年の11月だから、交誼はかれこれ6年近くになる。

当時はミケとサンマのライバルとしての役回りだったが、その数年後運命は彼を過酷な状況におちいらせた。

しかしタフな彼はそんな運命の仕打ちにも屈せず、周りの人をも驚かせる行動で苦境をはねのけた。

ただ彼のその行為によって、ひとつのエサ場が海岸から消滅してしまった。



空の大部分は灰色の雲におおわれている。
そのせいで太陽はまるで霧の中の篝火のように模糊としていた。












私はかつて『 東のエサ場 』と呼んでいたエリアへおもむいた。

この日は体調不良にもかかわらず、私は無理を押して海岸へやってきた。

そこまでする理由はブログのネタが尽きたからでも、ましてやブログの更新頻度をあげようと思ったからでもない。

私を診察した医者から『 癌の疑いがある 』と言われたからだ。

医者に真顔で癌の疑いがあると言われたら、気持ちが落ちこみ心の病も重症化すると思いきや、私の頭にまず浮かんだのは組織検査の結果が出るまでのあいだにできるだけ多くの海岸猫と会っておきたいという欲求だった。

人の心理とは、けだし不可解である。


エリアに到着した私が名を呼ぶと、じきにひとりの茶トラの海岸猫が姿を現した。



私はその海岸猫に声をかける。「チビ太郎、元気にしていたか?」
チビ太郎も私の言葉に呼応するように大きな鳴き声を発した。



が、私はチビ太郎の異変にすぐ気がついて、そのあとの言葉が出てこなくなった。



そんな言葉を失った私をせきたてるように、チビ太郎は断続的に鳴き声をあげる。


以前のチビ太郎は逞しい体躯をしていたが、その面影はなく、痩せこけた体で私の眼の前を横切っていく。

私はただ茫然として、その変わり果てたチビ太郎の姿を見つめていた。



チビ太郎は私から2、3メートル先でおもむろに方向転換すると、こちらにまっすぐ向かってきた。


そして鳴き声をあげながら私の脚に身体をすり寄せる。



私はやっとのことで声を絞りだす。「チビ太郎、お前いったい‥‥」
だが私はそこで再び言葉を呑み込んでしまう。



次の瞬間、私は鼻の奥につんとした痛みを覚えた。





それとほぼ同時に私の口からついて出たのは、激しい嗚咽だった。





ファインダー越しのチビ太郎は涙でぼやけていたが、それでも私は彼の姿を追い何度かシャッターを切った。


しかしそんな状態での撮影を長く続けられるはずもなく、私はファインダーから眼をはなすと海とは反対の方へ地面の砂を踏みしめるようにして歩いていった。

私は立ち止まり深呼吸をして乱れた呼吸をととのえ、あとは嗚咽が治まるのを静かに待った。


しばらくしてまた深呼吸を数回してから後ろを振りむくと、チビ太郎がぽつねんと佇んでいた。



眼の周りの糜爛は幼いときに眼病をわずらった跡で、病魔そのものの進行は元の飼い主である長靴おじさんの手当で止まっているはずだ。


でも痩せて面差しが変わったためか、眼の状態も以前より悪化しているように私には見えた。

チビ太郎がひときわ大きな声をあげた。


そしてやおら腰をあげると、ゆっくりとした歩度で私の方へ近づいてくる。







私が立っている場所から4、5メートルほどの距離に来たところで、チビ太郎は歩みを止めた。



そうしてその場にゆっくりとした動作で腰をおろした。


チビ太郎の体がどれほど変容したのか、比較のために去年撮影した同じようなシチュエーションの写真を載せてみる。


写真を編集しているこの時も、チビ太郎のあまりの変貌ぶりに私はあらためて衝撃をうけた。




長靴おじさんと一緒にテント暮らしをしていたころは、この写真より更にひとまわり太っていた。


このエリアへ移動してから食事の量が減ったのか、やや標準体型に近づく。



今はこの時の体からすべての脂肪をとり除き、筋肉をもそぎ落としたような激ヤセぶりだ。


いったいこの1年あまりのあいだにチビ太郎の身に何が起こったのか、私には想像がつかない。



私も面識がある、ここの猫たちの世話を長年していたボランティアの女性は、チビ太郎の出没によってすべての猫が四散したのを機に活動をやめてしまった。


だが仄聞するところによれば、その女性の意志を引き継ぐかたちで、別の女性がチビ太郎もふくめたこの辺りの海岸猫の世話をしているという。





野良猫は給餌する人がいないと生きていけない。これは動かしようのない事実だ。

しかし世間には、野良猫にエサを与えるな、と声高に喧伝するニンゲンが相当数いる。


では野良猫を放置して餓死させるのか、それとも他に代替案があるのかと訊くと、そういうニンゲンはそれは自分には関係なく行政のやることだと言葉をにごす。

語るに落ちるとはまさのこのことで、関係ないなら端から野良猫のことに口を出すな、と私は言いたい。







野良猫問題の解決には、二つの選択肢があるだけだ。

直接にしろ間接にしろ、また合法にしろ違法にしろ、あらゆる手段を講じて野良猫を殺すか、地域の人たちが協力しあって野良猫を生かすか、以上の二つから選ぶしかない。

念を押しておくが、この二つの選択肢に玉虫色の折衷案はあり得ない。

なんとなればの境界は画然として、中間領域など存在しないからだ。


チビ太郎はさっきから私にむかって必死に何かを訴えている。世話を受けているからには腹が減っているとは思えない。



ならば久し振りに訪ねてきた私に、この1年自分が経験した幾多の出来事を報告しているのだろうか。


それとも1年あまりもの長きにわたり無沙汰をした不実な私を非難しているのだろうか。





何故私が長いあいだ来られなかったかチビ太郎に説明しようとしたが、彼の姿を見ていたらそんな弁明が通じるとは思えず私は口をつぐんだ。


それにもし私が足繁くチビ太郎に会いに来ていたとしても今の私に彼を助ける余力などありはしない。





緘黙した私をせっつくようにチビ太郎はなおも鳴きつづける。
その声は先日会ったシンゲンの “咆哮” とは違う悲哀のこもった “絶叫” に近いものだ。



私が何も応えないことに業を煮やしたのか、チビ太郎は突然鳴くのを止めるとその場にごろりと身体を横たえた。





「チビ太郎‥‥」
私は喉元までせり上がってきた嗚咽を必死で押しとどめていた。




〈つづく〉




さて実際の時間の流れにしたがって記事を書いていくと、組織検査の結果を載せられるのはまだまだ先になるのだが、それでは読者の方も心がかりだろうと思い、この件だけは時系列を無視して話を進めることにする。



熱い物や辛い物を口に入れたとき、そして歯を磨くときなどに舌の表面がひりひりと痛むようになってからどれくらい経ったのか、数ヵ月なのかそれとも半年になるのか、私にははっきりした記憶がない。

いずれにせよ、部屋の隅に張られた蜘蛛の巣のように、知らないあいだにそれは私の舌の表面で大きくなっていた。

内科的な診察のために定期的に訪れているクリニックで、ふとそのことを思い出した私は舌を出しながら「先生、これは何でしょう?」と訊いてみた。

私の舌の表面にある出来モノ様の物を見た医者は「すぐに総合病院の耳鼻咽喉科へ行って検査を受けなさい」と言った。

更には「紹介状を書いてもいいが、それだと時間がかかる。とにかく一刻も早く耳鼻咽喉科へ行きなさい」と重ねて言う。

さすがに医者からそこまで言われて悠長に構えていられるほどには私も気散じではない。

さっそく翌日の午前中、市内にある総合病院の耳鼻咽喉科へおもむいた。

担当医は女医で私の舌の状態を診たあと「ではとりあえず塗り薬を処方しますから、3週間後にまた来てください」と言った。

かかりつけの医者と総合病院の女医とのあまりの温度差に私は拍子抜けしてその日は帰宅した。

ところが処方されたステロイド軟膏は2gと少量で、節約して使っても3週間どころか10日ほどで無くなってしまった。

そこでその翌日の夕刻に総合病院へ行き受付で事情を話して処方箋だけもらおうとしたら、診察を受けてくれと言う。

診察室で待っていたのは前回と違う男の医者。そしてその医者は私の舌を仔細に診たあと「癌の疑いがあるので組織を採取します」と私の眼を見ながら言った。

そして大きな綿棒様な物で舌の表面を強くこすり細胞組織を採取する方法が3回行われた。

「検査結果は本来の診察日である来週には出ているでしょう」と医者に言われ、私は診察室をあとにした。

組織採取をした日から検査の結果を知らされる次の診察日まで9日あったが、その間とくに生活に変化があったわけではないし、私自身の精神も思いのほか穏やかだった。

ただ前述したように、検査結果によっては気ままに海岸へ行けなくなるかもしれない、と危惧したくらいである。

そして検査結果を告げられる当日も、私はとくに精神的重圧を感じなかった。

総合病院ではよくあることだが、診察室で私を迎えた医者は女医でも前回の医者でもなく初見の若い男だった。

若い医者曰く。「検査の結果、悪いモノは見つかりませんでした」

そして「同じ軟膏を処方しますから3週間後に来てください」と事務的に言った。

こうして舌に現れた出来モノは検査の結果、良性だと診断された。

ただ私が未だに懸念しているのは、すでに3ヵ月近くステロイド軟膏を毎日塗布しているにもかかわらず、痛みが若干和らいだのと、患部がいくぶん柔らかくなった改善点はあるものの治癒の進捗度合いがきわめて遅いことだ。

加えて、これから寒い冬にむかうというのに、ホットコーヒーも口にできないのは少々辛い。

元から熱いものを口にできない猫なら何ら問題はないんだが、とふと思った。




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痩躯の猫 (後編)

海岸猫が昼日なか自ら浜に降りることは滅多にない。

浜辺には猫が厭う “大きな水たまり” が眼の前に広がっているし、何よりも遮蔽物や喬木がない浜辺では外敵に対して無防備だと本能的に知っているのだろう。

それに朝夕の時間帯には、注意書きの看板があるにもかかわらず浜で飼い犬のリードを外す不心得者も多い。

そんな海岸猫も信頼しているニンゲンが一緒だと浜に降りてくることがある。

行方知れずになって久しいが、どんぐり眼が特徴のキジ白猫ソックスは私が浜に降りるといつもあとをついてきた。

私はそのことを思い出し、チビ太郎を浜に誘ってみることにした。

といっても私に深謀遠慮があったわけではなく、ただチビ太郎の気散じになればと思っただけである。


チビ太郎は砂浜への降り口で立ちどまり周りを警戒している。

付近に人影も犬の姿もないことは確認済みだが、私はチビ太郎を急かすようなことはせず、砂浜に立って彼がどうするか黙って見守っていた。


辺りに自分の脅威となる者がいないと見極めたのだろう、チビ太郎はこちらにむかって足を踏み出した。





だがその足取りはしなやかな動きが信条の猫にしてはいささかぎこちない。


まるでこの先に自分を陥れる罠が仕掛けてあるのを知っていて、それを察知するために一歩一歩慎重に足を運んでいるように見える。







もしかしたらチビ太郎が明るいうちに浜辺へ降りてくるのは、これが初めてかもしれないなと私は思った。


チビ太郎は急に立ち止ると、背後を振り返る。
ニンゲンの耳には聞こえない胡乱な物音を聴き取ったのだろう。






チビ太郎はそのまま浜辺へ降りる坂の途中に座り込んだ。







そして周囲を注意深く見回し始めた。
チビ太郎がここまで警戒するのを私は初めて見た。やはり浜辺は海岸猫にとって剣呑な場所なのだ。




これでは気散じを味あわせるどころか、チビ太郎によけいな警戒心を抱かせるだけだ。そう思った私は防砂林に戻るつもりでチビ太郎に近づいていった。


ところが何を思ったのか、チビ太郎は不意に腰を上げると、今度はさっきよりやや早足でこちらに向かってきた。







正面からだとチビ太郎の激痩せぶりが際立って見える。
とくに腹部のへこみが、チビ太郎が尋常な状態でないことを雄弁に語っている。



顔にしても頬の肉がすっかり削げ落ち、頭蓋骨に毛皮を貼り付けたような有り様だ。



またぞろ喉を駆け上がってきた嗚咽を私は懸命に呑み込む。


猫が痩せる原因には栄養失調・老齢・ストレス・疾患と様々あり、また疾患の種類も口内炎・糖尿病・腎不全・肝炎・癌など多岐にわたる。

あるいは猫エイズ・伝染性腹膜炎・猫白血病などのウイルス性感染症を発症したとも考えられる。

チビ太郎の年齢は失念してしまったが、初見のときには既にたくましい体躯を持った成猫だった。

あれから6年、したがってチビ太郎は野良猫の平均寿命をとっくに超えている。





ちなみにチビ太郎には、元の飼い主である長靴おじさんが去勢手術を受けさせている。

通常去勢手術を施術されたオス猫はテリトリーが狭くなり、その結果ほかの猫との接触機会も減ってしまう。

さらに性格が穏やかになり攻撃性も減退し、メス猫をめぐるオス同士の喧嘩もしなくなる。

ところがチビ太郎の場合は長靴おじさんが病を得て防砂林から去って独り残されると、ほかのエリアへ足繁く遠征するようになり、ついにはそのエリアの海岸猫たちを駆逐してしまったのだ。

だからその過程で、キャリア猫との喧嘩による咬傷から感染した可能性もなくはない。

チビ太郎の世話をしているボランティアさんなら、その辺の事情を知っていると思われる。





そのボランティアさんの計らいで既に診察を受けて加療中かもしれないし、自然治癒に任せているのかもしれない。

いずれにせよ責任の持てない第三者が口をはさむ事案ではない。

ブログ記事で自宅に住みついた野良猫の世話をしている様子を紹介している管理人に対して、「家猫にしてあげて」とか「猫に期待を持たせるようなことをしないでほしい」などと訴えるコメントをときおり見かけるが、こういう浅薄なコメント投稿者に私は腹立たしさを覚える。

人はそれぞれ明かせない事情を持っているし、できることとできないことの境界線も画然としているし、受容力にも限界があって、それらを知らない他人にとやかく言う権利などない。

上記のようなコメントを書きそうな思考傾向を自覚している人に僭越ながら忠告しておく。

自分の物差しで他人を測ることは、はなはだ無礼であり、また傲岸不遜きわまりないことだと認識してほしい。


チビ太郎は踵をかえすと、私がいる場所とは逆の方へ歩きだした。
私は慌ててチビ太郎に駆け寄り、更に撮影するために彼の正面に回り込んだ。




いったい何処へ行こうとしているのか私が知る由もないが、チビ太郎の足取りは確固たる目的があるかのようにしっかりしている。


チビ太郎の行く手には最近打ち上げられたと思われる流木が転がっていた。





「なるほど、そういうことか」私は大きく頷く。
樹皮が剥がれ一度水に浸かった流木は、爪研ぎに塩梅がいいのだろうか。






夜行性の猫のこと、もしかしたらチビ太郎はニンゲンがいなくなった夜に浜へ出て、この流木で爪を研いでいるのかもしれない。


私は過去に幾度か運動不足解消のために、夜の海岸を散歩した経験がある。

そしてその際浜に降りている顔見知りの海岸猫と何度か遭遇した。

最近ではリンとランの姉妹に会ったが、ランは声をかけると私だとすぐに気付いて近づいてきたのに、リンはいくら話しかけても私だと認識できずに防砂林の中へ逃げ込んでしまった。


それにしても‥‥、



自ら招いた状況とはいえ、チビ太郎はいつも独りで寂しくないのだろうか?


長靴おじさんの庇護のもとでミケとともに暮らしていたときも、結局ミケを追い出してしまった。



そして今回もエリアの一員として加わることができず、そこに暮らす海岸猫たちを一掃するという大胆な行動に出た。


単独行動が持ち前の猫とはいえ、何故チビ太郎はそこまで他者を排斥するのだろう?



生まれ持った性質なのか、それとも長靴おじさんと出会うまでの幼い時期に誘因となる出来事があったのだろうか?


チビ太郎はいわゆる “捨て猫” であって、仔猫のときに海岸に遺棄されているのを長靴おじさんが発見し保護した。





そのときには既に眼を病んでいたという。もしかしたら眼病が原因で兄弟たちの苛めに遭ったのかもしれない。


そして捨てられた理由も病んだ眼にあったのかもしれない。
長靴おじさんの話では捨てられていたのはチビ太郎ひとりだったというから、その可能性は高い。




兄弟から疎外され、信じていたニンゲンに裏切られたことがチビ太郎の性格形成に何らかの影響を及ぼしたのであれば、誰にも彼を責めることはできない。


更に数年前には苦楽をともにしていた長靴おじさんが病に倒れ、チビ太郎を残してテント小屋を出ていってしまった。





ただ2度目の出来事はいわば予想外の事態であって、チビ太郎を残していくことは長靴おじさんにとって断腸の思いだったはずだ。


しかし事情が理解できないチビ太郎にしてみれば信じていたニンゲンにまた裏切られたと思っただろう。



それに理由の如何を問わず、チビ太郎がニンゲンの都合によって2度も見捨てられたことは厳然たる事実である。


こうして海を眼の前にして、チビ太郎の脳裏に去来するものはいったい何なのだろう?



猫の心中を忖度しても答を知るすべがあるわけでもなく、しょせんは無益な行為だと分かっているのだが、私はついつい想像を巡らせてしまう。


チビ太郎の胸中に去来するのは、自分がまだ母や兄弟たちと暮らしていた遠い過去の記憶なのだろうか、はたまた防砂林の中で長靴おじさんと寝食をともにした記憶なのか、私の想像は時空を超えて迷走する。

やがて想像の翼は現在の長靴おじさんのところへ私を運んでいく。

何処かの病院のベッドの上で今も治療を受けているのだろうか?

あるいは既に退院を果たして役所が取りなした住居で暮らしているのだろうか?

ひょっとしたら‥‥。

想像の翼は不吉な領域の手前で羽ばたくのを止めた。そして私は現実の世界に落ちてきた。















チビ太郎、悪いけど今の私にこの境遇からお前を救い出す力はないんだ。

私にできるのはときどき様子を見に来ることと、祈ることだけだ。


「チビ太郎、簡単に死ぬなよ。いつの日にか長靴おじさんと一緒に暮らせることを信じて、とにかく生きろ」



〈了〉



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捨て猫エレジー (前編)


かつて防砂林の片隅に一人のホームレスの男性がひっそりと暮らしていた。

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その男性がいつからこの場所で生活を始めたのか、私が知るべくもない。
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右のテントは簡易的なものだが、左の母屋は年季のはいったもので、ちょっとやそっとの風ではびくともしないほど頑丈に造られている。


ちなみに私はこの男性の実名を知らない。
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そこで便宜上、ブログ内では男性を『 長靴おじさん 』と称しているのだが、実際に長靴をはいた姿を目撃したのは1、2度だけだ。


さて、このテント小屋にはもうひとり “同居人” がいる。
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チビ太郎 』という名のオス猫で、この当時(2010年)は5歳だった。


捨てられていた仔猫のチビ太郎を発見した長靴おじさんは、そのままテント小屋に連れてきた。
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以来、長靴おじさんとチビ太郎はこのテント小屋で一緒に暮らしている。


“家” を持たない長靴おじさんと “親” に捨てられたチビ太郎、もしかしたらその境遇ゆえに相身互いの関係にあったのかもしれない。
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長靴おじさんが名を呼ぶとチビ太郎は素直に歩み寄っていく。


長靴おじさんは自分の過去についていっさい話さないし、私も敢えて質問しない。だから肉親や親類縁者がいるのかどうかさえ不明だ。
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いずれにしろ海岸に独りで暮らす長靴おじさんとってチビ太郎は、身内同然の存在であろうことは容易に想像できる。
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一方チビ太郎にとって長靴おじさんは、言うまでもなく命を救ってもらった恩人だ。


昔から “猫は情が薄い” と言われている。だがこの見解は自立心の強い猫の性格を皮相的に解釈しているにすぎない。
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猫と密接にかかわっている方なら知っていると思うし、自分の経験則から私も明言できるが、猫は人から受けた恩をそうそう簡単には忘れない動物だ。


だから猫は巷間言われているような、情の薄い動物ではけっしてない。
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私見を述べると、猫は犬と同程度の忠義心を持っているが、ただその表現方法が犬と異なっているだけなのだ。


チビ太郎も命の恩人である長靴おじさんを慕っている。その想いはかなり強く、愛情を独占したいがためにほかの猫を排斥するほどだ。
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あらためて思うのだが、信じていた “親” にゴミのように捨てられたチビ太郎だから、長靴おじさんの愛情をことさら渇望していたのだろう。


ところが‥‥。

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長靴おじさんとチビ太郎の生活は、ある日突然致命的な崩壊をむかえることになる。

2012年初秋、長靴おじさんは病を得て住み慣れた防砂林から出て入院してしまったのだ。

そしてチビ太郎は事情も分からず独り防砂林に残された。

そのときの様子は【残された猫】を、更にその後の様子は【海岸猫たちの朝】の後半を参照されたい。

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世話をする人もいたのでテント小屋にとどまっていたチビ太郎だったが、やがてほかのエリアへ頻繁に出張るようになる。

そうやって数ヵ月間二つのエリアを往来していたが、冬が目前に迫ったころにテント小屋は管理者によって完全に撤去され、チビ太郎は飼い主に加えてねぐらをも失ってしまう

今思えば、おそらくその出来事が直接的なきっかけとなったのだろう、チビ太郎は元のエリアを捨てて通っていたエリアに棲みついてしまった。

そしてこのエリアでも世話をする人の愛情を独り占めしたかったのか、チビ太郎は先住猫たちすべてを駆逐したという。

その話を知人から聞かされた私が、真偽のほどを確かめるためにチビ太郎を訪ねたときの状況は【東方の異変 (前編)】に詳しいので参照されたい。

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それから1年あまり経った2015年の夏、今度はチビ太郎の身体に異変が起こっていた。

名に反して巨躯を誇っていたチビ太郎だったが、そのころに見る影もなく痩せおとろえた姿で私の眼前に現れたのだ。

そのときのチビ太郎の状態は【痩躯の猫 (前編)】と【痩躯の猫 (後編)】を参照されたい。


* * *


そして2016年の春まだ浅い日の夕刻、重い身体をなだめすかし、沈んだ気持ちを鼓舞激励して、私は久方ぶりに海岸へ足を運んだ。
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言うまでもなく、前回会ったとき以来ずっと気懸かりだったチビ太郎に会うためだ。


「チビーっ!」

ゆっくりとした足取りでエリアへ入っていった私は、いつもそうするように見当をつけた方向へむかって名を呼んだ。

すると果たせるかな、防砂林の何処かから微かに猫の鳴き声が聞こえてきた。


そうしてじきに灌木のあいだから姿をあらわしたチビ太郎は、私のほうへまっすぐ歩み寄ってくる。
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地面をける脚の動きは存外に力強く、またその足付きも軽快に見える。


体も前回会ったときに比べて幾分肉が付いているようだ。
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ボランティアさんのケアの甲斐あって、チビ太郎の症状は快方へ向かっているのかもしれない。


しかし、チビ太郎が痩せこけていることに変わりはない。
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身体をさわると分かるのだが、いまだ背中に肉は付いておらず、背骨の一つひとつの骨がはっきりと確認できるからだ。


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それに眼のまわりの “ただれ” は前回より明らかに悪化している。


元の飼い主である長靴おじさんの手当で眼病の進行は止まっていたはずなのに、何故今になって再発したのだろう?
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更に注意深くチビ太郎の顔を観察すると、人の手によってティッシュなどで眼ヤニを拭きとった跡が見られた。


おそらくは、チビ太郎の世話をしているボランティアの婦人がぬぐったのだろう。

どうしてそれが分かったのかというと、以前に私がチビ太郎の眼をティッシュで拭いた際にも同じような跡が残ったからだ。


チビ太郎はおもむろに腰をあげて、再び私のほうへ歩を進めはじめた。
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そしてすぐ側で立ち止まると、その場に端座した。
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この日のチビ太郎は前回と打って変わってほとんど声を発しない。


考えてみれば、ほかの野良猫と同様に元来は寡黙な猫だったのだ、チビ太郎は。
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少なくとも長靴おじさんと一緒に暮らしていたころのチビ太郎はほとんど鳴かなかったと、私は記憶している。


私の記憶が正しければ、チビ太郎が饒舌になったのは長靴おじさんが病を得てテント小屋を去ったときからだ。
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その当時7歳だったチビ太郎も今年は11歳をむかえる。


品種や個体での差もあるし、実際のところは分からないのだが、現在もっとも人口に膾炙している説だと、猫の11歳はニンゲンの年齢に換算すると60歳くらいだと言われている。

また猫には時間の概念がないと言われているので、猫自身が自分の年齢を意識することはないだろうが、身体の衰えは野生の本能が強い猫にしてみれば、重大な問題として自覚していると思われる。

いわんや寄る辺ない野良猫の境遇で罹患したチビ太郎においてをやだ。

チビ太郎はだから、不安にかられて顔見知りのニンゲンに自分の心情を伝えようと饒舌になったのでは、と私は思っている。


私が後ろにさがって撮影していたら、チビ太郎はさきほどと同じように歩み寄ってきた。
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そうして私の足元までくると、何も言わずに私の脚に身体を押しつけてくる。
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やがてチビ太郎は私の脚へもたれかかるようにして座り込み、そのまま動かなくなった。



〈つづく〉



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あなたのちょっとした配慮で小さな命が救われる。


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捨て猫エレジー (中編)


チビ太郎は私の脚にぴたりと身体を寄せたまま身じろぎしない。

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気まぐれに訪ねてくる私にさえ、こうやって親愛の情をしめすチビ太郎の胸中を忖度すると、私は遣る瀬ない気持ちになる。


この感情はまた、自分が彼の状況を知りながら、なんら有効的な救済の手を差しのべられない無力感からも起因している。
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私はチビ太郎の身体を撫でながらつぶやくように語りかける。「チビ太郎ごめんな、何もしてやれなくて」


すると‥‥。
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チビ太郎は “涙” で潤んだ目で、私の顔を見あげた。


私に唯一できるのは、こうして食事を与えて一時的に空腹をやわらげてやることだけだ。
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チビ太郎にとって私という存在は、ニンゲン社会にたとえるなら、ときどき土産の菓子折りを持ってくる顔見知りのおじさんといったところかもしれない。


そんなニンゲンなどいなくてもチビ太郎は生きてゆける。自分でも承知しているが、結局私のやっていることは一時しのぎの弥縫策的な行為でしかないのだ。
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私はだから、雨の日も風の日も休まず、野良猫たちの世話をするボランティアの人たちに深い尊敬の念をいだいている。


チビ太郎の命脈が保たれているのも、そんな心優しい人の無償の厚意のおかげだ。
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あまり腹は減っていないのか、チビ太郎は猫缶を少し口にしただけで食べるのをやめてしまった。


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しばらくトレイの前に留まっていたチビ太郎だったが、やがて思いを定めたようにその場を離れていく。


日々を必死で生きている野良猫だから、ふつう食べ物の選り好みはしないものなのだが‥‥。
ダメ元を覚悟のうえで、持参していたべつのメーカーの猫缶を開けてみた。

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するとあに図らんや、新たなトレイに盛ったその猫缶をチビ太郎は貪るように食べはじめた。


猫缶を食した経験がないので、私に味のちがいは分からない。しかし形状といい色合いといい、両者に異同はないように見えるのだが、チビ太郎の舌はその差異を明確に感じとっているのだ。
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キャットフードを販売する各メーカーは、原材料を厳選し栄養素のバランスを考慮し、さらに猫の嗜好にあわせた製品を開発していると謳っているが、果たしてそれをすべての猫が好むとは限らない。


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トレイから顔をあげて舌舐めずりをするチビ太郎。今度こそは腹が充たされたのだろう。


と思ったら、チビ太郎は殆どを食べのこした最初のトレイに意味ありげな視線を投げかける。
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もしかしたら自分の口にはあわないから今は食べないけれど、あとで腹が減ったら食べてもいいな、と考えているのかもしれない。


多量の猫缶が残ったら、たいていの場合私はエサ場近くのカラスに奪取されにくいところに置いていく。
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猫はニンゲンのように決まった時間にまとまめて食事をせず、何回かにわけて少しずつ食べる習性をもっている。

これは約13万年前に中東の砂漠地帯に生息していた、猫のルーツである『 リビアヤマネコ 』の食性が伝搬したというのが定説だ。

そして時間を定めて食事を与えられた猫は、自由に食事をさせた猫に比べて協調性を欠き攻撃的になったという実験結果がある。

さらには一度に大量に食べると、尿のPH(ペーハー)やMg(マグネシウム)、H3PO4(リン酸)に大きな変化が起きる。

つまりは‥‥。


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猫本来の食性を鑑みないで、ニンゲンの食生活にあわせて食事の時間と回数を決めるのは大きな誤謬であり、待っているのは悪い結果でしかないのだ。

もし食性以外の猫の習性を矯正しようと試みても、同じくけっして望ましい帰結をもたらさないだろう。

そもそもある意味においては、文明に飼い馴らされて柔弱になったニンゲン(無論私をも含めて)とは対照的に、猫はいまだに野生の本能を頑なに保持している気高い生き物と言える。


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猫の食性に関していえば、日本人の多くが誤解をしている事例がもうひとつある。

それは、 “猫の好物は魚” という通説だ。

以前当ブログでも述べたように、猫はたしかに純然たる肉食動物だが、かといってことさら魚を好んで食べるわけではない。

また “猫は魚好き” と思い込んでいるのは日本人くらいで、欧米人はそのような観念を持っていない。

日本人がかかる勘違いをするにいたった起因は、昔から日本においては魚を食することが多く、猫にもその残りを与えていたことによる、と言われている。


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経験則にもとづく私見を述べさせてもらうと‥‥。

ニンゲンと猫が一緒に暮らす場合においては、ニンゲンの都合を猫に押しつけるのではなく、逆に猫の都合にニンゲンがあわせた方が良い関係をつづけられると思っている。

そのためには通常の観点ではなく、猫の観点から物事を見る必要がある。


チビ太郎がゆっくりとした歩度でエサ場から離れていく。
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猫は独りでいることを好むと知っていても、私はチビ太郎の後ろ姿につい寂寥感を覚えてしまう。


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チビ太郎は食後の毛繕いを入念におこなっている。
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猫の綺麗好きはつとに知られていて、たとえ病のせいで体のどこかに痛みがあっても、そのために気分が落ち込んでいても食後の毛繕いはけっして怠らない。


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先住猫たちをすべて追い出したこのエリアで跋扈していた2年前の威圧的な面影は、やはり病のせいで、今のチビ太郎には微塵も残っていない。


前回も述べたが、猫は時間の概念を持たないかわりに身体の衰えは自覚するだろうと私は思っている。


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チビ太郎自身は黙して語らないから彼の本当の苦衷を私は知る由もなく、ただ推測するしかないのだが‥‥。

頑強な体躯と膂力、そして豪胆な気質をもっていたチビ太郎だから、なかんずく体力の衰えがもっとも辛いのではないだろうか。


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そしてそうであるのなら、チビ太郎は体力の弱体化によって、これまで互角に対抗していた外敵から致命的な攻撃を受けることも覚悟しているのかもしれない。

もしも‥‥、私がチビ太郎とおなじ状況に置かれたとしたらどのように感じるだろう?


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克己心の弱い私のことだから、おそらく悪化する一方の眼病と相貌の激変に周章狼狽し、急激な身体の衰えとさまざまな苦痛に悲鳴をあげながら、日々を懊悩のうちに送るだろう。

そして自分をこんな目にあわせた相手を激しく憎悪し、さらには怨みをはらすために復讐を考えるかもしれない。その相手が信じていた “親” なら尚更だ。


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しかし一度ニンゲンと信頼関係を築いた猫は、余程のことがないかぎりそのニンゲンを裏切ったりはしない。

裏切るのはいつだってニンゲンの方だ。


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理由こそ違えど二度もニンゲンに見捨てられたチビ太郎にしても、自分の置かれた苦境を訴えることもせず、自分をおとしいれた者へ怨嗟の声をあげるわけでもない。

長靴おじさんが海岸を去った日を境として寄る辺ない野良猫の身になったチビ太郎は、ただ懸命に生きようとしているだけだ。


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あるいは長靴おじさんが戻ってきて、再び一緒に暮らせるようになるのをチビ太郎は信じているのだろうか。

だから病の苦しみにも堪え、衰弱の恐怖にも立ち向かえるのかもしれない。


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果たして、チビ太郎の望みがかなう日はやって来るのだろうか。


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〈つづく〉



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捨て猫エレジー (後編 1)


暦の上はもちろん実質的にも春を迎えているのだが、今年の春は牛歩のような緩慢な歩みに徹して一向に気温が上がらず、季節はずれの肌寒い天気がつづいている。

記録的な暖かさに終わった “冬” が、まるで自分の不作為を反省し、その汚名返上のために捲土重来を期しているかのようだ。


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何はともあれ春の到来が遅れている事態は、私にとっては僥倖に他ならない。

なんとなれば私が調子を崩すのは、日ごとに気温が上昇する春先だからだ。

この時期をことさら厭うのは自分だけの気質によるものだと長らく思い込んでいたのだが、多くの人が同じように嫌忌していることを私はやがて知ることになる。


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というのも、自殺者が多い季節は春であり、わけても3月は1年を通して最も多いと内閣府が発表したからだ。

そして内閣府はその統計結果をもとに、3月を『 自殺対策強化月間 』と定め、これまで以上の対応策を講ずると表明した。

3月に自殺者が多い原因としては、私のように『 木の芽時 』と呼ばれる季節の変わり目自体に精神が影響されることに加えて、新年度を目の前に進学、転校、就職などの新しい環境の重圧を受けるためだと言われている。

ちなみに、内閣府がおこなった自殺防止策は実際に自殺者の減少に効果があったのかどうか、私は寡聞にして知らない。


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それはさておき‥‥、春が足踏みをしている間隙をついて私は再び海岸へ赴くことにした。



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名を呼ぶと、チビ太郎はいつものように灌木の奥からすぐに姿をあらわした。


眼の状態はこころなしか前回より悪化しているように見受けられる。
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やがてチビ太郎は何かを訴えるように鳴き声をあげはじめた。前回会ったときは殆ど声を発しなかったチビ太郎だけに、その声音からはある種の切迫感が感じとれる。


チビ太郎の眼はボランティアさんの手により何らかの手当を受けているのか、もちろん私の与り知るところではない。
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それにたとえ実情を知っていたとしても、今の私に口を差しはさむ筋合いなど微塵もありはしないのだ。


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チビ太郎はおもむろに腰をあげると、ゆっくりとした足取りでこちらに近づいてくる。


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そうしてチビ太郎は私の足もとまでやってくると、にわかに穏やかな表情をつくり鳴き声も発しなくなった。


そこで私はポケットから取りだしたティッシュでチビ太郎の両眼にたまっていた眼ヤニをそっとぬぐいとる。

そのあいだ、チビ太郎は腰を下ろした姿勢で身動きもせずにおとなしくしていた。

たとえ人馴れした猫であっても眼を触れば嫌がると思うのだが、それゆえチビ太郎の神妙な態度はかえって哀れみを誘う。


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私がエリアの中を見まわっていると、チビ太郎は後を付いてくる。


それならば、このままエサ場までチビ太郎を誘導して食事を与えようと私は思った。
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ところがそれなりの訳があるのだろう、チビ太郎はとつぜん立ち止まりその場に座り込んだ。


私も立ち止まりチビ太郎に話しかける。「どうしたチビ太郎、ゴハンを食べにエサ場へ行こう」
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しかしチビ太郎は無言のままで動く気配を見せない。


ならばと私もチビ太郎の正面にしゃがんで、その幾分困惑した面持ちから彼の思いを推測してみることにした。
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たとえ村上春樹の小説に登場する『 ナカタさん 』のように猫語を解さなくても、猫と長年付き合っていれば、彼らの気持ちを汲みとれるようになる。もちろん飽くまでもおぼろげにというレベルでの話だが。


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チビ太郎はどうやら、私がいつも利用しているエサ場で食事をするのは、あまり気が進まないようだ。


そこで私はチビ太郎の意向を汲みとり、もうひとつのエサ場で食事をさせることにした。

このエリアにエサ場が2箇所あるのことは当初から知っていたが、私は灌木に囲まれた狭隘なエサ場をあえて避けていた。

なんとなれば、相性の悪い猫たちに食事を与える場合、そこはあまりに狭くて不都合だったからだ。

しかし改めて思えば、たまにほかの猫の姿を目にすることがあるが、実際にこのエリアに棲みついているのは今やチビ太郎だけで、もはやなんの差し支えもない。


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私の推察した通り、灌木の茂みの中にあるエサ場で待っていると、じきにチビ太郎もやってきた。


チビ太郎の嗜好は先日把握したので、今回も同じ猫缶を持参してきている。まずはそれを与えた。
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私がチビ太郎にしてやれるのは、こうしておやつ代わりに猫缶を与えることくらいだ。


「チビ太郎うまいか?、足りなかったらお代わりもあるからお腹いっぱい食べな」と言ってはみたものの、先述したように何回かに分けて少しずつ食べるのが猫本来の食性だ。
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猫缶を美味しそうに頬ばるチビ太郎を見ているだけで、私の心は安らぎを覚える。ただし、ほんの束の間に過ぎないが。


しかしそうであっても、今のチビ太郎の状態を考えれば、普通に食欲があるだけでやはり安堵する。
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叶うものなら、このまま小康状態を保ち長靴おじさんとの再会を果たしてほしい。


チビ太郎にしたって、“親” である長靴おじさんにもう一度会いたいはずだ。
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ただその件についてはひとつ気がかりなことがある。それはチビ太郎が病に罹っている事実を長靴おじさんは知っているのか、ということだ。


仄聞したところによると、長靴おじさんは入院後も時折チビ太郎の様子を見にきていたようだが、チビ太郎が罹患してからはそういう目撃談を耳にしていない。
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あるいは知っていながら何らかの理由により海岸へ足を運ぶことができないのだろうか?


そのとき、この場にはまったくそぐわない1枚の貼り紙が、何気なく巡らせた私の視界に入った。
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このたぐいの貼り紙は、ホームレスの人が無断で建てたテント小屋の側で幾度も目にしている。だが猫のエサ場で見るのは初めてだ。


隅に貼られたボランティアの人の切実な訴えが役人の良心を目覚めさせたからか、実際に猫ハウスなどを撤去していないから良いようなものの、私としてはやはり理解に苦しむ行為である。
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もっとも書面の最後にあるように、役所の助力を得て努力さえすれば、野良猫に自立の道が開けるというのなら話は別だ。


そんな益体もない考えに耽っているうちに、チビ太郎は食事を終えたようだ。
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やがてチビ太郎は緩慢な動きで発泡スチロールの蓋から降りる。


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半分ほど残したが、この場合は猫缶を咀嚼できる力をチビ太郎が未だに持っていることを喜ぶべきだ。


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周りを灌木でかこまれた狹いエサ場の隅にうずくまるチビ太郎。彼の脳裏にはいったい何が去来しているのだろう。


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実の母や兄弟との束の間の暮らしを思い出しているのだろうか?

またはある日突然、その家族から引き離されて、薄暗い防砂林に独り置き去りにされたときの恐怖を思い出しているのだろうか?

それとも手作りのテント小屋で長靴おじさんと過ごした、心安らぐ日々を思い出しているのだろうか?

あるいは長靴おじさんが病を得て、自分を残して海岸から去ってしまったときの驚きと戸惑いを思い出しているのだろうか?

やはり、身体を損なってから今までの、辛く苦しい思いにとらわれているのだろうか?


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しかしチビ太郎の胸底深くに秘められている本意を、私は推し測ることができない。

「チビ太郎、お前をこんな境遇におとしいれたニンゲンに対して思いの丈を声高に叫んでもいいんだぞ」

私はそう話しかけたが、チビ太郎は名もない空間を見つめるばかりで何も語ろうとはしなかった。


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私はほかの海岸猫に会うために、チビ太郎をそのままにして灌木の中のエサ場をあとにした。


だがこのとき、私はまだ知らなかった‥‥。

チビ太郎の病は私が考えている以上に進行している事実を。



〈つづく〉



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捨て猫エレジー (後編 2)







春先から復調の兆しが見えてきたとはいえ、以前のように頻繁に海岸へ通うことはまだ叶わない。

精神の浮沈は自分でも予測がつかず、そのうえ凶事・吉事に関係なくささいな出来事をきっかけに制御不能な情動が起こるのでなかなか厄介だ。

そのような状態であっても、やはりチビ太郎のことが気掛かりで、前回訪れたときから数週間後私は少々無理を押して彼が棲むエリアへ足を運ぶことにした。


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「チビーっ!」私はいつも通りにチビ太郎が潜んでいるであろう場所へ向かって名を呼んだ。
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大抵はすぐに鳴き声をあげて姿を見せてくれるのだが、この日は何度名を呼んでもチビ太郎は姿を現さない。


開けた場所にあるエサ場には文字どおり猫の子一匹いなかった。
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また灌木に囲まれた第二のエサ場にも、誰かが潜んでいる気配は感じられない。


私はその場に留まり、チビ太郎の名前を呼んでは防砂林のなかにその気配を探っていた。
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だが10分経っても20分経っても、チビ太郎は姿を現してくれなかった。


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チビ太郎が棲むエリアからの帰途、2012年までチビ太郎が長靴おじさんと一緒に暮らしていたテント小屋のあった場所をたずねた。
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防砂林に遺棄されたチビ太郎は、長靴おじさんに保護されてからの7年間、ここでそれなりに穏やかな生活を送っていた。


しかし久しぶりに訪れたその場所には、数年前までテント小屋があったことを示唆するものは何も残されていない。
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そのせいだろうか、この場に臨んでいると、長靴おじさんとチビ太郎がいたのはずっと昔のことのように感じられる。


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それからの数週間、私は体調の比較的良好な日を選んで、だいたい10日に1度のペースで海岸へ足を運んだ。

ただほかのエリアにも懸念される案件が生起していたので、心ならずもチビ太郎に会いに行くのを先延ばしにしていた。


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そして桜の花が散るころになって、私はようやくチビ太郎のいるエリアを訪れた。


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エリアの様子は、表面的には前回と何も変容していない。

少なくとも私の目にはそう映った。


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ただそこからは、いわゆる “生活の匂い” というものが以前にも増して希薄になっているような印象を受ける。


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私はエサ場に隣接した防砂林の中に足を踏み入れた。

この区画の防砂林へ立ち入るのは、私にとってこのときが初めてになる。


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ところが私はまるで何者かに導かれるように、防砂林の奥へと進んでいった。

そうしてしばらく行くと、灌木の茂みが私の前に立ち塞がる。


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そこで私はその場にしゃがみ込んで周囲に視線を巡らせた。

そして “それ” が視界の隅に入ったとき、先ほどから私を誘導していたのが誰だったのか、私はその正体を知ることになる。


* * *


かつて防砂林の片隅にひとりの海岸猫がひっそりと暮らしていた。
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その海岸猫は仔猫のときに飼い主の手によって防砂林に捨てられた。
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そして偶然通りかかったホームレスの男性に仔猫は拾われる。


『 チビ太郎 』と名付けられた仔猫は先天的か後天的か不明だが、そのとき既に眼を病んでいた。
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チビ太郎を保護したホームレス‥‥、私が便宜上『 長靴おじさん 』と呼んでいるその男性は吐き捨てるように言った。


「眼の病気に罹ったから、こいつは捨てられたんだ!」と。
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長靴おじさんの看病の甲斐あって、やがてチビ太郎の病はその進行を止めた。


その後チビ太郎は長靴おじさんの庇護のもと、海岸猫としては比較的平穏な生活を送っている。
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こうして穏やかな表情で眠っていられるのも、長靴おじさんとねぐらのテント小屋の存在があってこそだ。


一方、どのような経緯があったのか知る由もないが、独り防砂林で暮らす長靴おじさんにとっては、チビ太郎が安らぎを与えてくれる存在であることもまた事実だ。
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私はこのふたりの生活がこれからも永続的につづくのだろうと、何の根拠もなく思っていた。

少なくともこのときは‥‥。



* * *


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「そうか、お前だったのか、私をこの場所へ案内してくれたのは!」








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“チビ太郎” は灌木に挟まれたわずかなスペースに、ちょこなんという感じでかしこまっていた。


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茶トラ猫のチビ太郎、享年11歳。

家猫だったチビ太郎は数奇な運命を辿った末に、今は防砂林の一隅でしずかに眠っている。


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身体は防砂林の土の中にあっても、翼をとり戻したチビ太郎の魂は、空を駆けて長靴おじさんのもとへ行ったのかもしれない。

夕空に軌跡をえがく飛行機雲を見ているうちに、そんな想像が私の脳裏をよぎった。



〈了〉



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臆病な猫 (前編)






その海岸猫と最初に出会ったのはいつだったのか、私はなかなか思い出せないでいた。

そこで撮りためている写真から検索することにしたのだが‥‥。

2012年以前の写真データはハードディスクからDVDへ移動してあるので、思いのほか時間を要する作業になった。

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検索する前は、その海岸猫との初見は旧ブログを開設してから2、3ヵ月経ってからだと思っていたのだが、あに図らんやわずか8日後の2009年11月初旬だったことが判明した。

つまりはこの海岸猫と知り合ってから、すでに6年半もの歳月が経っていることになり、私が関わってきた海岸猫の中では最長である。

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下に掲載したのが初見のときのワンショット目の写真だ。
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さて、『 東のエサ場 』と呼んでいたエリアに棲む、このキジ白柄の海岸猫に対して私がいだいた第一印象を端的にいうと “臆病な猫” だ。

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常に周りを警戒し、小さな物音やちょっとした気配に過敏ともいえる反応を見せてびくびく怯えているから、私はいつしかこの海岸猫を『 ビク 』と呼ぶようになる。


ビクは当時5歳で、ニンゲンでいえば30代半ばのレディーだった。

やや太り肉(じし)ではあったが‥‥。

2012年の秋ころから『 東のエサ場 』に出没するようになったチビ太郎を、ビクは蛇蝎のごとく嫌い、ついには別のエリアに移動してしまった。

そして、それまで高かったビクの出現率はこれを契機に急低下する。


2016年初春、私はビクに会うために海岸へ赴いた。
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防砂林へ向かって名を呼びつづけていると、10分ほど経ったころに、周囲を気にしながらおどおどした様子でビクが姿を見せた。
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そして、いったい誰に向かって何を訴えようとしているのか、ビクは小さな鳴き声をあげる。


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さらに私の背後を見つめながら「ミャオ」と鳴いた。念のために振り返って確認したが、ビクの視線の先には誰もいない。


私はビクに話しかける。「ビク、久しぶりだな。また会えて嬉しいよ」
だがビクは私を一瞥もせず、名もない虚空を凝視するばかりだ。

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数秒間そうしていたと思ったら、今度はいきなり「ミャーオッ!」と大きな鳴き声を発した。


その直後、ビクは凛然とした態度で向き直ると、私の顔を正面からひたと見据えた。
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ビクの無垢な双眸に見つめられた私は、彼女にその気がないとしても、日頃の無沙汰を責められているようで、自ずと居心地の悪さを覚えてしまう。


こういうとき、ニンゲンは思わず弁解したくなるものだが‥‥。

それが建前であろうが本音であろうが、ニンゲン社会で通用する言い訳など、実直に生きている猫たちにはいっさい通用しない。

ニンゲンの虚実の仮面など、研ぎ澄まされた猫の本能の前では何の役にも立ちはしないのだ。

だから猫と真剣につきあいたければ本意からの言葉に加えて、実際的な行動が必須になる。


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ビクはくるりと身を翻すと、軽快な足付きで植込みの方へ歩いていく。私を忘れてしまったのだろうかと、一抹の不安が脳裏をかすめる。


そんな私の想いを知ってか知らでか、ビクはおもむろに防砂柵へ前足をかけた。
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腰を引いた珍妙な格好で伸びをしているように見えるが、爪を研ごうとしているのだ。おそらくは。


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ところがビクは防砂柵にかけた前足を1ミリも動かすことなく体勢を立てなおした。


結局ビクは何をしようと思ったのだろう‥‥?
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このように猫の行動はニンゲンにはなかなか見通せない。けれどこういう融通無碍ぶりも猫の魅力のひとつなのだ。


以前のビクなら私を認めると、足もとに寄ってきては背中を撫でることを強要していた。しかしこの日はどうも様子が違う。
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前回会ってから1年半という空白がある。もしかしたら、そのことがビクの心境に何らかの変化をもたらしたのかもしれない。


ビクに言い訳は通用しないが、読者の方には一言断っておきたい。
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その1年半の間に、私は何度かビクを訪ねている。ところがビクは一度も姿を現してくれなかったのだ。


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警戒心の強いビクの性格を考慮し、私は人目につかない防砂林のなかへ足を踏み入れた。


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ビクも私のあとを追って防砂林に入ってきた。だがネット近くで歩みを止め、それ以上奥へ進むのを逡巡している。


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そこでいささか姑息な手段ではあるが、食べ物で懐柔することにした。


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生憎こちらが風下だが、犬には及ばないものの、猫の臭覚はニンゲンの1万倍から10万倍もあると言われているので、ビクは猫缶の匂いを感じとっているはずだ。


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こういう場合はただひたすら待つしかない。焦ってこちらからモーションを起こすと、人馴れした猫でも逃げてしまう。


ちなみに猫は他のネコ科の動物と同様に優秀なハンターだ。

ネコ科の狩りの方法には、待ち伏せ作戦と忍び寄り作戦がある。

待ち伏せ作戦でいうと、野生のトラは獲物を得るためなら丸一日でも身じろぎしないで潜んでいられるという。


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そんな辛抱強いネコ科の動物とつきあうには、こちらにも相応の忍耐力が求められる。

だからけっして焦らず、自若とした態度で臨まなければならない。


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とはいうものの、防砂林に入ってそろそろ15分が経とうとしていた。

丸々と太ったビクの体型からは食事環境の良さがうかがえる。

つまり飢えてはいないということで、猫缶での懐柔作戦も効果がなさそうだ。

致し方ない、今日は顔を見られただけで良しとして引きあげよう、と私が諦めかけたそのときだった。








ビクが慎重な足取りで、猫缶を盛ったトレイに近づいてきたのは。
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そしてビクはトレイの少し手前で立ち止まると、まるで毒でも入っていないか吟味するようにトレイの中身を仔細に眺める。


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やがて納得したようで、おずおずとしながらも猫缶に口を付けた。


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ただその食し方はきわめて悠揚としている。やはり推測したようにあまり空腹ではないようだ。


こうして間近でビクを見ていると、あの “おぞましい事件” が否が応でも想起される。
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その事件とは、2歳のビクの身に降りかかった凄惨な出来事だ。

幸いにも、当時世話をしていたKさんの適切な判断と敏速な行動によって、ビクは奇跡的に一命を取りとめたのだが‥‥。



〈つづく〉



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臆病な猫 (中編)




ビクは野良猫の母親から生まれた、言うところの『 生粋の野良 』だ。

以前暮らしていたエリア内にかつてあった、小さな掘っ立て小屋の中で生まれたと、当時世話をしていたKさんが教えてくれた。

つまりビクはニンゲンと生活を共にした経験をまったく持っていない。

私はだから、ビクに会うたびについ考えてしまう、彼女にとってニンゲンとはどんな存在なのだろうか、と。


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海岸で生まれ育ったビクにとっては、防砂林と隣接する砂浜が世界のすべてだ。
ただしビクが砂浜へ足を踏み入れた光景を、私はついぞ見たことがない。



陽が落ちてからのビクの行動を私は知る由もないが、少なくとも日中は防砂林の奥で隠遁者のようにひっそりと暮らしているようだ。
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そして自分のホームグラウンドともいうべきその防砂林のなかにいても、ビクが警戒心を解くことはほとんどないように見受けられる。


こうして食事しているときも例外ではない。
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というより、自ずと無防備になる食事中の方が警戒モードをより高いものに引き上げている

たとえそこが人目につき難い場所であったとしても、だ。

むろん他の海岸猫も食事中には外敵の接近に注意をはらっているが、ビクほど神経質な動きは見せない。

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ちなみに私が海岸猫を撮影する際は、カメラの腕が未熟ということもあり、「下手な鉄砲も数打てば当たる」の諺にならって、多くのカットを撮るようにしている。

しかしすべての瞬間をカメラに収めるのは、当然のことながら現実的に不可能である。

さて、いささか婉曲な言い回しになったが、私が読者諸氏に伝えたいのは、以下の事実だ‥‥。

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さっきからビクが執拗と思えるほどあたりに目を配っているが、「実際はもっと頻繁に視線を巡らせていた」ということ。

もちろん正確な回数は憶えていない。

ただ写真に記録されている回数の倍近くの頻度だったと、おぼろげながら記憶している。

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猫の性格は「臆病」と「大胆」に大別され、それを決定するのは父親から伝搬される遺伝子というのが通説になっている。

だがそれだけでは、どうしてビクが他の海岸猫よりも警戒心が強く怯懦な性格になったのかの理由としてははなはだ弱い。

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だから私としては、あの “おぞましい事件” がビクの性格形成に暗くて深刻な影を落としているのでは、と思わずにはいられない。

猫も喜怒哀楽の感情を持つ生き物であるからには、『心的外傷(トラウマ) 』を抱えこんだとしても不思議ではないだろう。

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食事を終えたビクは、このあとどうするかを決めかねているようだ。

私はあえてビクの歓心を買うような言動をとらないで、彼女の自由意志にまかせてただ傍観していることにした。

ややあってビクはトレイから離れると、短い脚をちょこちょこと動かして私の眼の前を横切っていく。まるで私の存在など眼中にないかのように。
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ビクはそれから、その軽快な歩度を保ったままで灌木のあいだを縫うように進んでいった。


やがて防砂ネットくぐり抜けると、そのまま防砂林のあいだに設けられた通路を横断してゆく。
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ビクのその後ろ姿を見送る私の心は複雑だった。

なんとなれば自分を忘れられたのは寂しいけれど、ニンゲンを安易に信用しないビクの行動に安堵感を覚えたからだ。

ビクがとなりの防砂林に足を踏み入れた、まさにその刹那だった。ビクは私の方をちらりと顧みた。
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ほんの一瞬間ではあるが、確かにビクは私の顔を一瞥した。

「今の目顔は何かの意思表示なのか‥‥?」私は慌ただしく思いを巡らせる。


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私は考えあぐねた末にビクの後を追って、となりの防砂林に入っていくことにした。

そして、とりあえず防砂ネットの裂け目から中をのぞきこんだ。

すると‥‥。

ビクは私がやって来ることをあらかじめ知っていたかのように、防砂ネットから3メートル程のところにこちらを向いて端座していた。
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「ビク‥‥!」思いがけないビクの応対に私は驚き、防砂ネットの外で立ちすくんでしまった。


ビクと私は数秒間そのまま向かいあっていただろうか‥‥、先に動いたのはビクだった
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おもむろに腰をあげたビクは、迷いのない足付きでこちらへ向かって歩きだした。ビクの動きが予測できない私は、思わず後ずさる。


あたかも明確な目印でもあるかのように、ビクは防砂林と通路との境界線で立ちどまった。
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だがそれも寸秒のあいだで、ビクはすぐに足を踏み出した。


そうして‥‥、小さなハスキーボイスを発しながら、私の脚に身体をすり寄せてきた
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ビクは私のことを忘れた訳ではなかったのだ。どうやら1年半の空白も、ビクの記憶を消去するのには不十分だったようだ。


海岸猫(野良猫)と関わっていると、辛く悲しいことばかり体験する。それでもこうして海岸猫の親愛の情に接すると、心に温かいものが湧いてくる。
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とはいえ、そんな気持ちになれるのは束の間のことだ。


ビクは私を先導するように薄暗い防砂林の奥へと進んでいく。まるで大型船を曳航するタグボートのように。
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ビクが向かっているのは行く手に見えてきた、発泡スチロールと色とりどりの食器が雑然と取り散らされた場所のようだ。


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ビクは発泡スチロールの板の上に載っかるとしずかに腰をおろした。


この区画の防砂林には幾度か入ったことはあるが、こんな深部まで足を踏み入れたのは私にとって今回が初めてのことだ。
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あらためて周囲を見まわすと、いくつもの食器が散乱していた。
「そうか、ここはビクにとっての『 エサ場 』なんだ」と私は思わず独りごちる。

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それにしては、いささか乱雑だと思われる読者の方もいるだろうが、いくら整頓しても軽量の食器などはカラスによって散らかされてしまうのだ。

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その証拠にカラスが咥えるには重すぎる陶製の食器は、所定の場所(おそらく)に置かれている。


更に周辺を探索すると、しっかりした作りの『 猫ハウス 』が二つ並べてあった。
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私もその姿を数回目撃しているが、このエリアにはもうひとり、黒シロ(キジ白かもしれない)の海岸猫が住んでいる。おそらくはその子とビクのための猫ハウスだろう。


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私はこれまでビクのエサ場の場所を特定できないでいた。

海岸猫のエサ場は通常、人目につかない防砂林の中などに設置する。

とはいえ防砂林でもあまり奥深いところだと、世話をするボランティアの人の出入りが難儀になる。

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そこで多くの場合は防砂ネットの近くで、なおかつ人目につかない場所にエサ場は設けられる。

このエリアのエサ場をあえて防砂林の深部に設置したのは、ボランティアの女性が、臆病で神経質なビクの性格を考慮したからかもしれない。

これといった明白な根拠がある訳ではないが、そんな気がした。

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会った当初のビクの態度を、私はただにべもないものだと考えていたが、今はビクの本当の意図が理解できる。

ビクは私を招待したかったのだ。

防砂林の奥のひそやかな場所にある自分の「住まい」に。

私はそんなビクの心づくしが嬉しかった。



〈つづく〉



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