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wabi

Author:wabi


治療の一環として始めた海岸散策。
そこで知り合った海岸猫たちと交流を
深めるうちに彼らの魅力に心惹かれて
2009年10月に旧ブログを開設。
そして2015年9月に当ブログを新設。

★プロフィール写真は元海岸猫の愛猫

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2010年1月23日
東京都荒川区東日暮里で行方不明
詳細は画像をクリックしてください


2012年8月5日
名古屋市緑区姥子山鳴海グランドで
行方不明
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不妊手術 その壱『必要悪』

捕獲決行日の前日、私はキャリーバッグを持参し海岸へ赴いた。
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私がエリアに着くと、ランは間をおかず防砂林の中から姿を現した。
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「今日は飽くまでも捕獲の予行だ」私は自分に強く言い聞かせた。


欲を出して、あわよくば捕獲しようなどと考えると、鋭敏な勘を持つ猫にすぐ見抜かれる。
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犬猫の不妊手術に異議を唱える人たちがいる、と聞いた。動物の生殖器官を強制的に摘除することは虐待行為だ、というのだ。
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「T.N.R.‥‥。それは猫からすれば、いきなり拉致され、移送された病院で有無をいわさず生殖器官を摘出されること」


「自分が同じ目に遭うことを想像すれば、その行為が如何に理不尽か分かるだろう」
まったき正論である。反駁のしようがない。
が、しかし‥‥。

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今の日本のペット事情は、そんな正論や理想論がまったく通用しない状況だ。


我が国では年間20~30万匹もの犬猫が殺され、ゴミと同じ扱いで焼却処分されているのだ。
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今度は別の方向から「犬猫は、増え続けるので処分するしかない」という声が聞こえてきそうだ。が、実際にドイツでは犬猫を殺処分していない。【ドイツからのレポート】


犬猫の殺処分ゼロは可能なのだ。
とどのつまりは意識の問題だろう。我々一人ひとりが小さな命の尊厳を重んじるかどうかの。

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そんなドイツでもやはり、犬猫問題の唯一の解決策は不妊手術だという。
ニンゲン社会にも、ほかに術がなく不本意ながらもやらなくてはならないことが沢山ある。



その“必要悪”とでもいうべき不妊手術を、ランに受けされるため、今回私は行動を起こした。
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私はまず、捕獲に備えてランをキャリーバッグに慣れさせることにした。防砂林に住まう人の小屋で生まれたランは、今までキャリーバッグを見たことすらないだろうから。


母の様子を植込みの中から覗いていたアスカが、好奇心に負けて姿を現した。
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私は、可能ならアスカにも去勢手術を受けさせたいと考えていた。


手術をすればほかのオスとの諍いが減るし、発情のストレスも経験しなくてすむ。
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そうはいっても、『二兎を追う者は一兎をも得ず』の諺どおり、ニンゲン欲をかくと碌なことがない。


そこで今回は、ランの捕獲を最優先に考えている。
このまま放置しておけば、ランは1年に数回の妊娠出産を繰りかえし、毎年10匹以上の子を産む可能性がある。そうなると、母体のことも心配だ。

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海岸で生まれた仔猫のなかで、陸と空のように優しい里親が見つかることなど稀なこと。


これからも海岸で暮らすであろうアスカは常に外敵に怯え、夏の暑さや冬の寒さに耐え、怪我を負い病を得てもすぐには対処してくれない。
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野良猫の平均寿命は家猫のそれに比べ、半分以下の4~6歳であることが、厳しい外での暮らしを如実に表している。


初めて目にするキャリーバッグに、アスカも興味津々だ。
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こわごわとキャリーに頭を入れ、中の様子を仔細に窺っている。


すでに母ランの匂いが付いているから安心したのか、アスカはいきなりキャリーへ半身を突っ込んだ。121005-06.jpg
アスカにとっては、キャリーバッグも遊びの道具と何ら変わらないようだ。


遊びに興じているうちに、アスカの全身がほぼキャリーの中へ収まった。
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ランのときもそうだったが、私はこのまま扉を閉じてしまいたい誘惑に駆られた。だがそこで、本来の目的を思い出しぐっと我慢した。


母子に、キャリーバッグを慣らすという意図は、何とか成功したように思う。
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だから、明日の捕獲は是が非でも成功させたかった。



そして。


‥‥翌朝。ランの捕獲決行日が訪れた。
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この日も、私が名を呼ぶと、ランは防砂柵の上に姿を現した。
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ランは柵の上から睥睨するように辺りを見回し、脅威になる外敵がいないのを確認すると、やおら道路側に身を乗りだした。


ランは私の企てに気づいていない‥‥、はず。
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だが勘の鋭い猫のこと、こちらが日頃と違う雰囲気を漂わせただけで見抜かれる恐れがあった。


ランに気取られないように、私は努めて平静を装った。いつもの表情をして、いつもの立ち居を心がける。
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しかし、態度とは裏腹に私の胸中は穏やかではなかった。「捕獲の失敗は絶対許されない」と思い詰めていたからだ。


私は覚悟をしていた。
捕獲が成功しようが失敗しようが、それをきっかけとしてランは私に不信感をいだくだろうと。

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そしてランは私を忌避し、今までのように慕ってくれることはないだろうと‥‥。
だから、どのみち嫌われるなら、最後に不妊手術を受けさせたかった。



しばらく待っていると、アスカも姿を現した。
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ランの捕獲が成功し、それを目撃したアスカが逃げないでその場に留まるようなら、一緒に捕獲するつもりでいる。


そのために、この日はキャリーバッグを2つ用意した。
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もう1つはゆきママさんから拝借した。
そして独りでは心許ないので、ゆきママさんに手伝ってもらうことにした。



ゆきママさんには、前もってキャリーバッグを持って防砂柵の陰に隠れてもらった。
そうして私は、さり気ない調子でランを両手で抱き上げた。いつものことだから、ランも素直に身を任せてくれる。

「ゆきママさん、いきますよ」と私はゆきママさんに声をかけた。
その合図を聞いたゆきママさんが、扉を開けたキャリーバッグを持って防砂柵の陰から出てきた。

私はゆきママさんへ近づき、キャリーバッグの中へ、ランを入れようとした。
と、ゆきママさんの出現に驚いたのか、ランはいきなり暴れはじめた。
それでも私は、ランをキャリーバッグへ押入れようと一段と力を込めた。
だが、ランも必死に抗う。「凄まじい力だ!」

私は捕獲を断念し、ランを抱いた手の力を緩めた。
ランは私の手を振りきると、防砂柵を越えて防砂林の中へ走り去った。



私の腕には、ランに引っ掻かれた傷が一筋残った。
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しかし、自己嫌悪と敗北感に襲われていた私は、傷の痛みなどまったく感じなかった。


防砂林の奥へ姿を消したランは、私に裏切り者としての烙印を押すだろう。
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こうして、ランの捕獲作戦は、想定しうる最悪の結果に終わった‥‥。


失策の要因はいくつかあったが、この期に及んで顧みても詮ないことだ。
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この結果をもって、ランの捕獲は、しばらく冷却期間をおかざるを得なくなった。


同日、夕刻。
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ランとアスカの様子が気になったので、私は再び海岸へ足を運んだ。


母子は、何事もなかったようにエサ場にいた。
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アスカは、私が与えた猫缶を何の迷いもなく食べはじめた。


ところが、ランはトレイに背を向け口を付けようともしない。
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やはり、朝の出来事にわだかまりを持っているのか。


私が近づこうとすると、ランは防砂林の奥へ足早に逃げていった。
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ランの反応は、昨日までと明らかに違っている。


私は追うのをやめた。すると、ランも立ち止まり、私の方へ向き直った。
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逃げ去ることなく、私と微妙な距離を保っているラン。
「完全に嫌われたのではないのか?」ランの様子を見て、私は一縷の望みをいだいた。



そこで私は、捕獲に至った事情を、ランに諄々と説明した。
「いきなりで驚いただろうけど、お前のことを思ってのことなんだ‥‥」

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果たしてランは、私の本心を理解してくれるだろうか‥‥。私はランの反応を静かに待った。


やがて、ランはおもむろに腰を上げると、こちらに向かって歩みはじめた。
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そして私の足許まで来ると、何も言わず寄り添うように佇んだ。
「ありがとう、ラン‥‥」私は、自分の胸に熱いものが染み渡るのをリアルに感じた。



愛情をもって付き合えば、猫とニンゲンも心が通じあえる。たとえ野良であっても。
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望外の展開でランとの信頼関係は修復出来たが、私は彼女に不妊手術を受けさせることを諦めたわけではない。



〈つづく〉





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不妊手術 その弐『熟考』

ラン捕獲失敗の2日後‥‥早朝。
海岸へむかう途中、私は顔見知りの茶トラと遭遇した。

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2012年のゴールデンウィーク中に失踪した、元海岸猫の愛猫“風”を捜索していたときに、同じこの場所で出会ったのだ。


その茶トラにカリカリをふるまうと、黒猫が何処からともなく現れ、しばらく物欲しげに様子を窺っていた。が、突然、茶トラのトレイに横槍をいれた。
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黒猫に押し切られそうな茶トラだったが‥‥、


プライオリティーは自分にあるという自恃のせいか、何とか踏ん張った。
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首輪をしているからには、この黒猫は近隣に家を持つ飼い猫だろう。
「お前は家があるんだから、ほかの猫のエサなんて横取りしないで帰ってエサをもらいな」



私の言ったことを理解したのか、それとも強めの語調に気圧されたのか、黒猫は急におとなしくなった。
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邪魔者がいなくなったので、茶トラはのんびりと食事をつづけた。


そしてカリカリを完食すると、満足そうに伸びをした。
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立ち去ろうとした茶トラが、おもむろに振り返った。


その視線の先にいたのは、恨めしそうな顔をしたさっきの黒猫だった。
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胡乱げな黒猫の目付きに比べ、茶トラの表情はあくまでも穏やかだ。猫も性格が顔貌に表れる。先ほどの黒猫の横車にも怒らなかったことでも、この野良(おそらく)の“猫柄”が窺える。


そんな茶トラにほだされた私は、再びカリカリを与えた。
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と、そこへ黒猫が駆け寄ってきて、今度は強引にトレイを奪った。


茶トラはさっきとは打って変わって、すんなり引き下がると、そばで静観している。すでに腹が満たされているから敢えて譲ったのか
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が、そうではなかった。
茶トラは頭突きをするように、強引にトレイに割り込んだ。



茶トラと黒猫は、互いに一歩も引かないで競り合っている。
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この状況で諍いが起こらないのは、もしかしてこの2匹、本来は仲がいいのかもしれない。


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やがて黒猫はついとトレイから顔を上げると、ゆっくりとその場から離れた。


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そして、そのまま目の前の戸建ての庭へ入っていった。茶トラは独り残された。


飼い猫には帰る家があるが、「お前に帰るところはあるのか?」
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この場所は交通量の多い道路のすぐ脇だ。ここでは今まで何匹もの猫が車に轢かれて命を落としている。
縁があったら、また会おう。それまで事故などに遭わず元気でいろよ」


茶トラに別れを告げた私は、今度は寄り道せず一路海岸へ向かった。
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私が与えた猫缶を食べるアスカ。だが、いつもの健啖ぶりは何処へやら消え失せ、仕方なく口を付けているといった風だ。
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それに何かをしきりと気にかけ、たびたび食事を中断する。


側では、ゆきママさんと玄ママさんが、にこやかな表情で何かを見つめている。
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ゆきママさんは、協力したランの捕獲が失敗に終わったのを気にして、たまたまこの日海岸を訪れていた。


玄ママさんと玄ちゃんは、日課の散歩中に偶然通りかかったのだ。
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柴犬の玄ちゃんもやはり、その何かに向かって体を前のめりにして、興奮気味だ。




この場にいる全員が注目している“何か”とは‥‥、




防砂林に置かれたキャリーバッグである。
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正確にいうと、そのキャリーバッグに収まったランを見ているのだ。
私はこの日、ランを捕獲しようなどと微塵も考えていなかった。少なくとも失敗から一週間は捕獲を控えるつもりだったのだから。


では何故、捕獲に成功したのか。
ただいくつかの幸運が重なっただけ、というしかない。何の気なしに、折り畳み式のキャリーバッグを持参していたこと‥‥。
そして、成功の最大の要因と思われるのは、先述したとおり、私に捕獲の企図がまったく無かったことだ。
ホントに世の中はままならない。‥‥実に皮肉だ。



やはり母のことが気になるのだろう、アスカは食事をやめてキャリーバッグに近づいた。
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恐らくアスカは、ランの身に何が起こったのか、理解していないだろう。


どうして母に触れられないのか、どうして母は四角い物体から出てこないのか、と。
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アスカは母に寄り添おうとして、鳴き声を上げながら懸命にバッグの隙間を探している。


ランは観念したのか、抗うことなく、時折鳴き声を発するだけだ。
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その声音も、悲嘆に暮れる息子を諭すような穏やかさだ。


しかしアスカは納得しない。爪を立て、ネットを破ろうとする。
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母を慕うアスカの鳴き声とネットを引っ掻く音に、私の決心が一瞬揺らぎそうになる。


しばらくすると、アスカも落ち着きを取り戻し、キャリーバッグの脇に座り込んだ。
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アスカは母と己の運命を悟ったように、悲哀のこもった面持ちで、押し黙っている。




ランの捕獲に成功したら、アスカも捕獲し去勢手術を受けさせようと思っていた。
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だがこの日は、捕獲するつもりがなかったので、キャリーバッグを一つしか持ってきていない。


通常、メスに避妊手術を施すと、病院に一泊する。そうなると、幼いアスカは独りぼっちで夜を迎えることになる。
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いつも寄り添うようにしている母子を、一晩とはいえ無理やり引き離すことに、私はためらいを感じはじめていた。「やはり2匹一緒のほうがいいのか?」


その思いと、“二兎を追う”ことへの戒めが、私の胸中で激しくせめぎ合った。

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動物病院の診療受付開始までは、まだ時間の余裕があった。そこで私は、熟考の末、ある試みを実行することにした。
その試みとは‥‥。




〈つづく〉





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詳細は『大阪 Cat Story』へ。

不妊手術 その参『退院』

シシマルの急逝により『不妊手術』シリーズが中断したままだが‥‥。
私は、このシリーズを何とかして続けたいと思っていた。

実は、複雑でデリケートな事情が絡み、さらに2年前の父の緊急入院とそれにつづく父の死、さらに母の罹病で公表の機会を逸しつづけていた懸案事項がある。

その2年越しの懸案を解決する契機を与えてくれたのが、ランとアスカ母子なのだ




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ランは観念したようで、時折小さな鳴き声を上げるだけでおとなしくしている。


その声を聞いたアスカはキャリーの下にやって来ると、悲壮感漂う鳴き声を上げはじめた。
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母に少しでも近づこうと、アスカは支柱に寄りかかり後ろ脚で立ち上がった。


そして、哀しげな声で母を呼びつづける。その鳴き声は哀れを誘った。
「幼いアスカを、たった一晩とはいえ独り防砂林に残すのは不安だし、やはり不憫だ」

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私はランだけを病院へ移送するのを諦め、アスカも捕獲し母子一緒に病院へ連れて行くことにした。


とはいえ、アスカを簡単に捕獲出来るとは思っていない。無理やり捕まえようとしても、幼いとはいえ鋭い歯と爪を持つアスカに抵抗されたらおしまいだ。
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その結果、先日のランのように防砂林へ逃げ込まれるのがオチだろう。


そうならないためには、アスカ自身が納得して私に身を預けてくれるしかない。
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そこで私は、母を捕獲した理由を、アスカに諄々と説いた。
だが、果たしてアスカが私の想いを理解してくれたのか、確信は持てなかった。



ひとつのキャリーバッグへ一緒に入れることも考えたが、せっかく捕獲したランを逃がすリスクは冒したくない。
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そこで常に携帯している洗濯ネットを使うことにした。
「アスカ、おとなしくこの中に入ってくれるかい。そうしたらお母さんと一緒にいられるよ」



私の真情が通じたのか、アスカは素直に洗濯ネットに入った。
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こうして、捕獲する気負いのなかったことが幸いして、ランとアスカ母子の捕獲に成功した。


途中自宅に寄ってアスカをキャリーバッグに移し替え、動物病院へ向かった。
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この病院は我が家の愛猫も世話になっているし、多くの海岸猫が不妊手術を受けている。治療費がほかの動物病院と比べて割安だからだ。


そのせいか受付開始直後だというのに、待合所を兼ねた廊下はペットと人で溢れていた。
しばし順番を待ち、
受付でランの避妊手術とアスカの去勢手術の申し込み手続きを済ます。
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母猫のランは耳カットを頼んだが、アスカは悩んだ末に、手術痕の確認が容易で、まだ里子に出せる可能性を残しているのでカットしないことにした。


やがてランとアスカは係の人の手により病院の奥へと運ばれていった。
「ラン、アスカ、頑張れよ‥‥」私は小さく呟いた。

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受付で確認したら、夕方には引き取りに来てほしいと言われた。


後で分かったことだが‥‥。
この病院で不妊手術を施された場合、飼い猫は同じ料金で一泊させてもらえるが、野良猫は術後もほかのペットと隔離され、その日のうちに退院させられる。
野良猫は猫エイズ、猫風邪、猫白血病などの感染症に罹っている可能性があるための対応だと思われる。



手術時間の短いアスカは麻酔から醒めるのも早いが、ランは醒めるのに時間がかかる。
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たとえ目を覚ましても、しばらくはまともに体を動かせないはずだ。そんな状態のランを海岸にリリースするわけにはいかない。


私は病院を出ると、ホームセンターへ向かった。ランとアスカを一泊させるためのケージを購入するために。
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ケージに求める条件は、母子が余裕を持って起居出来ること。そして嵩張らず簡単に折り畳めること‥‥。


それらの条件を満たしたのは折り畳み式のソフトケージだった。
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これなら使用しないときの収納にも困らない。


午後5時病院へ電話をしてランとアスカの状態を訊くと、母子とも麻酔から醒めているという。
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私は病院へ急行し、退院手続きを済ませ、キャリーバッグに収まったままのランとアスカを引きとった。


これがそのとき受けとった領収書だ。
ランの避妊手術料金が8,000円、アスカの去勢手術料金が5,000円、そして抗生剤の注射料金が2匹で2,600円。

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前述したように、この病院の不妊手術料金は、平均的な料金よりかなり安価である。


ケージを運び込んだ仕事部屋へ、ランとアスカを連れてきた。
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病院へ向かうときは、キャリーの中で2匹とも盛んに鳴いていたが、退院後は一言も発しない。


前もって浴室に組み立ててあったケージへランとアスカを移した。
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想像したとおり、母子とも目が覚めただけで、麻酔から完全に醒めていないのは一目瞭然だ。


ランは目も虚ろで、まともに立ち上がることも出来ない状態だ。ただランは朝食を摂っていないので嘔吐する様子はない。
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一方アスカは母より覚醒している。ただ、朝少し猫缶を食べたので、何度か嘔吐した。


有り合わせの箱で簡易トイレを用意したが、ランもアスカもまともに歩けないので、横たわったままオシッコを垂れながすに任せる。そのため定期的に床替えをしなければならない。
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どのみち夜はあまり眠れないので、床替えをしながら午前3時ころまで様子を見ていた。


私がいることで安心したのか、ランは穏やかな表情を見せはじめ、アスカは喉をゴロゴロと鳴らしながら寛ぎはじめた。
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「ラン、アスカ、おやすみ。誰も邪魔しないからゆっくり休むんだよ」


午前7時、ランとアスカは既に目覚めていた。
ランはケージから出ると、浴室内を物珍しそうに観察しはじめた。

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目付きもしっかりしている。どうやら麻酔の効き目はだいぶ薄れたようだ。
「ラン、大丈夫か。昨日は大変だったな‥‥」。



ランはまだ食欲がないが、育ち盛りのアスカはこういう場合も食欲旺盛だ。
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昨日1日、まともに食事をしていないのだから腹ペコだったのだろう。


午前8時、湘南海岸‥‥。
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二つのキャリーバッグを自転車で運ぶ難儀さは前日経験して懲りたので、少々窮屈だったろうが、ランとアスカを一つのキャリーで運んできた。
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潮の香りで自分たちの住処へ帰ると分かったから、海岸へ向かう途中、母子は一度も鳴き声を発しなかった。


キャリーバッグを開けたら、ランとアスカはすぐさま外に出てきた。
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アスカは元気よく防砂林の中へ駆けていった。その後をゆっくりとした足取りで歩いていくラン。


麻酔の影響がまだ残っているのだろう、ランの足運びは幾分心許ない。
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だが考えてみれば、開腹手術から丸一日経っていないのだから、猫の回復力に感嘆すべきだ。


退院後のランの様子を注視していたが、切開部分の痛みはないようだ。
手術箇所に少しでも違和感があれば、舐めるはずだが、ランはそんな素振りを一度も見せないからだ。

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ランの場合切開部分はごく小さく、縫合糸も自然に溶ける吸収糸なので抜糸の必要はない。抜糸のためにまた捕獲するなど非現実的。野良猫の手術に吸収糸の使用は必須だ。


ともあれ、食欲は未だないが、ランは今のところ順調に回復しているようだ。
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ただ、数日間は体調の変化を観察する必要がある。避妊手術をきっかけに死亡した例も報告されているからだ。


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今は食べるより身体を休めて体力を戻そうと考えているのか、ランは植込みの奥へ姿を消した。


ランを行方を目で追うアスカ。いつもと違う母の態度を不思議に思っているのかもしれない。
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若いアスカは、母と違い食べることで体力を回復することにしたようだ。


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ランのことが心配だったが、いつまでも海岸に居つづけるわけにもいかず、私は帰途についた。
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このとき私は、出来るだけのことはした、という充足した気持ちでいた。


ところが、国道を渡り、住宅街に入った頃だった‥‥。
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予想もしていなかった感情の波が、私を襲ってきたのは。


私の視界はいきなり涙で滲んだ。
怒涛のごとく襲ってきた感情の正体は、“自責の念”だった。

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苛酷な生活を送ることが分かっている海岸へ、ランとアスカを置き去りにした自分を激しく責めはじめた。


母子を一晩看護したことで情が移ったこともある。が、とにかくランとアスカを海岸から救い出せない己が無性に情けなかった。

私はさりげなく涙を拭うと、顔を伏せてペダルを漕ぐ脚に力を込めた。


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部屋に戻り空っぽのケージを見た瞬間、それまで我慢していた嗚咽が堰を切ったように漏れてきた‥‥。



〈つづく〉





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『2年遅れの報告』

ランとアスカの保護に使用したキャリーバッグとケージの代金は、支出報告に記したように『ミケ募金』から支出した。

『ミケ募金』は主に海岸猫のエサ代に充てる予定だったのだが、幾人もの方からキャットフードをいただき、なかなか使う機会がなかった。そこで使途の範囲を拡大したのだ。

では、ランとアスカの不妊手術代も『ミケ募金』から支出したかといえば‥‥、NOだ。
実は私の手元には、もう一つプールしている募金がある。
それは『ミリオン募金』とでも呼ぶべきお金だ。今回、初めて『ミリオン募金』を使わせてもらった。


ミリオンは扁平上皮癌に体を侵され、手術の甲斐なく2011年1月16日に病院で他界した海岸猫だ。
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ミリオンが手術出来たのは、知人T氏の尽力のお陰だが、それまでには紆余曲折の経緯があった。
その結果T氏からは、ミリオンの入院手術の件に自分が介在していることを伏せてほしいと依頼されるに至った。



またミリオンを執刀した◯◯医師からは、T氏の紹介だから手術、治療、入院にかかった費用は受け取れないと告げられた。
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頑なに固辞する医師に懇願し、何とか実費だけ受け取ってもらえることになった。その実費も外部委託した血液検査費用だから、医師の報酬はゼロである。


さらに、その実費も本人の強い要望で、T氏が支払った。そして当然ながら、このことも他言しないようT氏に請われ、私は了承した。
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だから当時のブログには、ミリオンの治療費ついて一切触れていない。


ところが、ブログを見てミリオンの治療費の足しにカンパしたいというメールを、複数の読者からいただいた。
実情を明かせない私は、「医師の好意で安くしてもらったので」と説明し、すべてのカンパを断った。

だが、二人だけ例外が存在する。


ミリオンが亡くなった直後に帰国していた『ベルリンおばばの独り言』の管理人太巻きおばばさんと、街中で遭遇したike君のお母さんだ。
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勿論、お二人にも同じ説明をしてカンパを辞退した。しかし、太巻きおばばさんとは電話で、ike君のお母さんとは直接会って「それでも」と言われたので断りきれなかった。
押しに弱い私の性格が露呈した結果である。



このことで『ミリオン募金』をブログで公表するのに、2つの障壁が私の前に立ち塞がった。
T氏からの他言無用の要請、そしてカンパを申し出てくれた人たちへの釈明‥‥。
さらに2年前から始まった湘南と故郷との二重生活も、機会を失わせる要因となった。



あれから2年余りが経ち、文言を選べばT氏へ迷惑がかかることもないのでは、という思いと、早く太巻きおばばさんとike君のお母さんの好意に応えたいという思いで、今回公表することにした。
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それにミリオンとは関係なく、直接手渡されたカンパが2件ある。
まず、ねこタカイさんからのカンパ。そして、今はブログを辞めてしまったが、当時のブロガー仲間のるいねこさんからのカンパ。



それらを、太巻きおばばさんとike君のお母さんのカンパに加え、さらにミリオンの治療費のお釣りを加算した『ミリオン募金』は、29,650円になる。
そして、今回のランとアスカの手術費を差し引くと、14,050円。

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今後は『ミケ募金』(残金25,499円)と『ミリオン募金』(残金14,050円)を合算して『ミケ・ミリオン募金』(39,549円)として支出報告をする。
これで、私も肩の荷を降ろせる‥‥。



『お詫びとお礼』

まず、さん、◯◯先生、その節はミリオンのためにご尽力いただきありがとうございました。
私としては、お二人の名前を伏せるのは本意ではないのですが、微妙な事情が介在しているので致し方ありません。

さて、太巻きおばばさん、ike君のお母さん、ねこタカイさん、るいねこさん、
その節はありがとうございました。
幾つかの事情が重なったとはいえ、ご報告が遅くなりましたことをお詫びいたします。

そして、ミリオンのためにカンパを申し出ていただいた皆様にお詫びいたします。
せっかくのご好意を無にしましたが、私にとって苦渋の選択だったことをご理解ください。

管理人:wabi






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