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wabi

Author:wabi


治療の一環として始めた海岸散策
そこで知り合った海岸猫たちと交流を
深めるうちに彼らの魅力に心惹かれて2009年10月に旧ブログを開設

そして2015年9月に当ブログへ移転

⇒旧ブログはこちら

★プロフィール写真は元海岸猫の愛猫

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2010年1月23日
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痩躯の猫 (前編)

久し振りに会う今回の海岸猫と私との付き合いは長い。

初見はまだミケが生きていた2009年の11月だから、交誼はかれこれ6年近くになる。

当時はミケとサンマのライバルとしての役回りだったが、その数年後運命は彼を過酷な状況におちいらせた。

しかしタフな彼はそんな運命の仕打ちにも屈せず、周りの人をも驚かせる行動で苦境をはねのけた。

ただ彼のその行為によって、ひとつのエサ場が海岸から消滅してしまった。



空の大部分は灰色の雲におおわれている。
そのせいで太陽はまるで霧の中の篝火のように模糊としていた。












私はかつて『 東のエサ場 』と呼んでいたエリアへおもむいた。

この日は体調不良にもかかわらず、私は無理を押して海岸へやってきた。

そこまでする理由はブログのネタが尽きたからでも、ましてやブログの更新頻度をあげようと思ったからでもない。

私を診察した医者から『 癌の疑いがある 』と言われたからだ。

医者に真顔で癌の疑いがあると言われたら、気持ちが落ちこみ心の病も重症化すると思いきや、私の頭にまず浮かんだのは組織検査の結果が出るまでのあいだにできるだけ多くの海岸猫と会っておきたいという欲求だった。

人の心理とは、けだし不可解である。


エリアに到着した私が名を呼ぶと、じきにひとりの茶トラの海岸猫が姿を現した。



私はその海岸猫に声をかける。「チビ太郎、元気にしていたか?」
チビ太郎も私の言葉に呼応するように大きな鳴き声を発した。



が、私はチビ太郎の異変にすぐ気がついて、そのあとの言葉が出てこなくなった。



そんな言葉を失った私をせきたてるように、チビ太郎は断続的に鳴き声をあげる。


以前のチビ太郎は逞しい体躯をしていたが、その面影はなく、痩せこけた体で私の眼の前を横切っていく。

私はただ茫然として、その変わり果てたチビ太郎の姿を見つめていた。



チビ太郎は私から2、3メートル先でおもむろに方向転換すると、こちらにまっすぐ向かってきた。


そして鳴き声をあげながら私の脚に身体をすり寄せる。



私はやっとのことで声を絞りだす。「チビ太郎、お前いったい‥‥」
だが私はそこで再び言葉を呑み込んでしまう。



次の瞬間、私は鼻の奥につんとした痛みを覚えた。





それとほぼ同時に私の口からついて出たのは、激しい嗚咽だった。





ファインダー越しのチビ太郎は涙でぼやけていたが、それでも私は彼の姿を追い何度かシャッターを切った。


しかしそんな状態での撮影を長く続けられるはずもなく、私はファインダーから眼をはなすと海とは反対の方へ地面の砂を踏みしめるようにして歩いていった。

私は立ち止まり深呼吸をして乱れた呼吸をととのえ、あとは嗚咽が治まるのを静かに待った。


しばらくしてまた深呼吸を数回してから後ろを振りむくと、チビ太郎がぽつねんと佇んでいた。



眼の周りの糜爛は幼いときに眼病をわずらった跡で、病魔そのものの進行は元の飼い主である長靴おじさんの手当で止まっているはずだ。


でも痩せて面差しが変わったためか、眼の状態も以前より悪化しているように私には見えた。

チビ太郎がひときわ大きな声をあげた。


そしてやおら腰をあげると、ゆっくりとした歩度で私の方へ近づいてくる。







私が立っている場所から4、5メートルほどの距離に来たところで、チビ太郎は歩みを止めた。



そうしてその場にゆっくりとした動作で腰をおろした。


チビ太郎の体がどれほど変容したのか、比較のために去年撮影した同じようなシチュエーションの写真を載せてみる。


写真を編集しているこの時も、チビ太郎のあまりの変貌ぶりに私はあらためて衝撃をうけた。




長靴おじさんと一緒にテント暮らしをしていたころは、この写真より更にひとまわり太っていた。


このエリアへ移動してから食事の量が減ったのか、やや標準体型に近づく。



今はこの時の体からすべての脂肪をとり除き、筋肉をもそぎ落としたような激ヤセぶりだ。


いったいこの1年あまりのあいだにチビ太郎の身に何が起こったのか、私には想像がつかない。



私も面識がある、ここの猫たちの世話を長年していたボランティアの女性は、チビ太郎の出没によってすべての猫が四散したのを機に活動をやめてしまった。


だが仄聞するところによれば、その女性の意志を引き継ぐかたちで、別の女性がチビ太郎もふくめたこの辺りの海岸猫の世話をしているという。





野良猫は給餌する人がいないと生きていけない。これは動かしようのない事実だ。

しかし世間には、野良猫にエサを与えるな、と声高に喧伝するニンゲンが相当数いる。


では野良猫を放置して餓死させるのか、それとも他に代替案があるのかと訊くと、そういうニンゲンはそれは自分には関係なく行政のやることだと言葉をにごす。

語るに落ちるとはまさのこのことで、関係ないなら端から野良猫のことに口を出すな、と私は言いたい。







野良猫問題の解決には、二つの選択肢があるだけだ。

直接にしろ間接にしろ、また合法にしろ違法にしろ、あらゆる手段を講じて野良猫を殺すか、地域の人たちが協力しあって野良猫を生かすか、以上の二つから選ぶしかない。

念を押しておくが、この二つの選択肢に玉虫色の折衷案はあり得ない。

なんとなればの境界は画然として、中間領域など存在しないからだ。


チビ太郎はさっきから私にむかって必死に何かを訴えている。世話を受けているからには腹が減っているとは思えない。



ならば久し振りに訪ねてきた私に、この1年自分が経験した幾多の出来事を報告しているのだろうか。


それとも1年あまりもの長きにわたり無沙汰をした不実な私を非難しているのだろうか。





何故私が長いあいだ来られなかったかチビ太郎に説明しようとしたが、彼の姿を見ていたらそんな弁明が通じるとは思えず私は口をつぐんだ。


それにもし私が足繁くチビ太郎に会いに来ていたとしても今の私に彼を助ける余力などありはしない。





緘黙した私をせっつくようにチビ太郎はなおも鳴きつづける。
その声は先日会ったシンゲンの “咆哮” とは違う悲哀のこもった “絶叫” に近いものだ。



私が何も応えないことに業を煮やしたのか、チビ太郎は突然鳴くのを止めるとその場にごろりと身体を横たえた。





「チビ太郎‥‥」
私は喉元までせり上がってきた嗚咽を必死で押しとどめていた。




〈つづく〉




さて実際の時間の流れにしたがって記事を書いていくと、組織検査の結果を載せられるのはまだまだ先になるのだが、それでは読者の方も心がかりだろうと思い、この件だけは時系列を無視して話を進めることにする。



熱い物や辛い物を口に入れたとき、そして歯を磨くときなどに舌の表面がひりひりと痛むようになってからどれくらい経ったのか、数ヵ月なのかそれとも半年になるのか、私にははっきりした記憶がない。

いずれにせよ、部屋の隅に張られた蜘蛛の巣のように、知らないあいだにそれは私の舌の表面で大きくなっていた。

内科的な診察のために定期的に訪れているクリニックで、ふとそのことを思い出した私は舌を出しながら「先生、これは何でしょう?」と訊いてみた。

私の舌の表面にある出来モノ様の物を見た医者は「すぐに総合病院の耳鼻咽喉科へ行って検査を受けなさい」と言った。

更には「紹介状を書いてもいいが、それだと時間がかかる。とにかく一刻も早く耳鼻咽喉科へ行きなさい」と重ねて言う。

さすがに医者からそこまで言われて悠長に構えていられるほどには私も気散じではない。

さっそく翌日の午前中、市内にある総合病院の耳鼻咽喉科へおもむいた。

担当医は女医で私の舌の状態を診たあと「ではとりあえず塗り薬を処方しますから、3週間後にまた来てください」と言った。

かかりつけの医者と総合病院の女医とのあまりの温度差に私は拍子抜けしてその日は帰宅した。

ところが処方されたステロイド軟膏は2gと少量で、節約して使っても3週間どころか10日ほどで無くなってしまった。

そこでその翌日の夕刻に総合病院へ行き受付で事情を話して処方箋だけもらおうとしたら、診察を受けてくれと言う。

診察室で待っていたのは前回と違う男の医者。そしてその医者は私の舌を仔細に診たあと「癌の疑いがあるので組織を採取します」と私の眼を見ながら言った。

そして大きな綿棒様な物で舌の表面を強くこすり細胞組織を採取する方法が3回行われた。

「検査結果は本来の診察日である来週には出ているでしょう」と医者に言われ、私は診察室をあとにした。

組織採取をした日から検査の結果を知らされる次の診察日まで9日あったが、その間とくに生活に変化があったわけではないし、私自身の精神も思いのほか穏やかだった。

ただ前述したように、検査結果によっては気ままに海岸へ行けなくなるかもしれない、と危惧したくらいである。

そして検査結果を告げられる当日も、私はとくに精神的重圧を感じなかった。

総合病院ではよくあることだが、診察室で私を迎えた医者は女医でも前回の医者でもなく初見の若い男だった。

若い医者曰く。「検査の結果、悪いモノは見つかりませんでした」

そして「同じ軟膏を処方しますから3週間後に来てください」と事務的に言った。

こうして舌に現れた出来モノは検査の結果、良性だと診断された。

ただ私が未だに懸念しているのは、すでに3ヵ月近くステロイド軟膏を毎日塗布しているにもかかわらず、痛みが若干和らいだのと、患部がいくぶん柔らかくなった改善点はあるものの治癒の進捗度合いがきわめて遅いことだ。

加えて、これから寒い冬にむかうというのに、ホットコーヒーも口にできないのは少々辛い。

元から熱いものを口にできない猫なら何ら問題はないんだが、とふと思った。




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未だ盛夏 (後編)

初めて当ブログを訪ねてくれた人のためと、前回の説明を失念した人のために言っておく。

今現在、日本の季節は “秋” に入っている。

無論このことは世間といくぶん疎遠になった私でも承知している。

だが記事タイトルにもあるように、このブログ内の季節は未だ “夏” である。

その原因を述べると長くなるので前回のブログを参照してもらい、ここでは敢えて割愛したい。(汗)











この日は平日であるにもかかわらず、夕刻になっても海の家は海水浴に興じる人で賑わっている。



そして若者は夏の海に向かって歓喜の雄叫びをあげる。


海岸からほど近い民宿の前でひとりの野良猫が戸惑っている。
彼の名はシロベエ、ボランティアさんの世話を受けて、このエリアで暮らす雄猫である。




どうやら海から出て、汚れた足を外の水道で洗っている民宿の泊り客を警戒して留まっているようだ。


そこで私はシロベエの警戒を解くために民宿へ向かって歩き始めた。
するとシロベエはいきなり脱兎のごとく駆けだした。




後ろ脚を損傷しているとは思えない軽快な動きだ。


私はいつも感心することがある。
それは、夏の盛りに全力疾走しても息一つ切らさない猫の心肺能力の高さだ。


この日はニンゲンならじっとしていても汗みずくになる気温なのに、シロベエはけろりとしている。


かといって猫がニンゲンに比べて暑さに強いわけではない。

実際はその逆で、体内の熱を外に逃がす能力が劣っている猫のほうが、暑さに弱いのだ。





つまりニンゲンがすこし暑いと感じる気温でも、猫の体感温度はすでに猛烈に暑いということだ。

だから家猫の場合、ニンゲンの体感温度に合わせた室温や車内温度だと、いつの間にか熱中症や脱水症になっていたなんてことも起こり得る。

その誘因の一つに全身を被毛で覆われている猫は、ニンゲンのように汗を出して体温調整ができない、ということがある。

ちなみに、猫には肉球と鼻に汗腺があるが、これは体温調整のために働くわけではない。





猫の体温調整は、寒いときには『シバリング』、そして暑いときには『パンティング』で行う。

分りやすくいうと、シバリングとは体を細かく震わせて体温を上げる方法で、パンティングとは犬と同じように口を開けて荒い呼吸をすることで気化熱を出して体温を下げる方法だ。

しかし犬のパンティングはよく見るが、猫のそれは滅多に見ないのはどうしてなのか?

なんとなれば、猫が融通無碍な生活をしているためだ。

つまり犬は否が応でも日に1、2度の散歩をするが、猫にそんな習慣はなく、暑い日は涼しい場所で日がな一日昼寝していられる。

またしょっちゅうグルーミングする猫の場合、唾液の蒸発が体温調整に一役買っているという説もある。







さらにシロベエと茶トラの行動から、猫は頭以外の部位は熱さに鈍感なことも分かった。

この特性の剣呑なところは火傷を負っても猫自身は気づかず、知らぬうちに重傷になっていることだ。

これは本来学習能力が高いはずの猫をもってしても矯正できない、致命的な欠点といえる。

だから暖房器具を使う場合には、飼い主が温度管理に十分気をつけてやる必要がある。



夏の太陽は西に傾いていながらも、地上のすべての物を焼きつくさんばかりに1億5000万kmの彼方から高熱を放っている。


茶トラの後ろの足と尻尾の先も、そんな太陽の陽射しを浴びて今まさにじりじりと焼かれている。



しかし茶トラは平然とした表情をして、なんらの痛痒も感じていないようだ。
だが温度感覚は鈍感なだけで麻痺しているわけではないので、いずれ限界点に達するはず。




シロベエはそんな茶トラの様子を、自身は建物が作る大きな影に身をおいてじっと窺っている。


茶トラもシロベエの気配を感じているようで、耳をそばだてる。
こういう感覚は鋭敏なのに、何故温度感覚は鈍いのだろう。






茶トラは私へ視線を戻すと、いきなり “吠えた” 。
私に対して怒りを表しているのか?しかし私にはまったく身に覚えがない。



その一声をきっかけに、茶トラは断続的に吠え始めた。





彼の怒りの矛先はいったいどこへ向けられているのか?
私が思うに、やはり先ほどと同じように日影にいるはずなのに、どうして快適じゃないんだ、と訴えている気がする。



「なあ、いい加減に気づけよ。お前の後ろの足と尻尾の先が日影からはみ出ていることに」



しかし茶トラは私の言葉など耳に入らないようで、そっぽを向いてさらに吠え続ける。


やがて‥‥。



涼しいはずの日影にいながら、どうして己の身体が火照るのか、茶トラはようやく気づいたようで、やおら起き上がると日向から離れていく。


そして駐車中の車をも覆っている、建物の影の中に四肢を延ばして寝ころがった。





なんのことはない、茶トラは私が最初に発見した場所のすぐ近くに舞い戻って来たというわけだ。





一方シロベエはというと、これまた駐車中の車の下に潜り込んでいる。



実際、猫は駐車中の車があると、条件反射のようにその下へ入り込む。


なんとなれば、未だに野生の本能を規範として生きている猫は、外敵に襲われる危険が少ない場所に身をおこうとするからだ。



それがために、高いところや狭いところを好む。
しかし‥‥。



車の下で昼寝するのは命を危険にさらすことになる。
このエリアでは車の下で寝てしまい、そのまま発進した車のタイヤに轢かれてふたりの海岸猫が命を落としている。




その海岸猫の名は『 ミイロ 』と『 シシマル 』。この2件の事故は、今思い出しても辛い出来事で、忘れることができない。





だから茶トラのようにタイヤの前にいるのを見ると、ついその事故が脳裏をよぎる。



茶トラはそんな私の心配をよそに、潰れたガマ蛙のような格好で地面に腹這っている。


さて、いつまでもこの海岸猫のことを『 茶トラ 』と呼んでいては、滅多に姿を見せないとはいえこのエリアにはもうひとりの名無しの茶トラがいるので紛らわしい。

実はこの茶トラの名前は去年のうちに決めていたのだが、発表する機会がなくて今に至ってしまった。
このエリアの海岸猫の名前には私なりの規準があり、一様に和風の名を付けている。



そこでふてぶてしいまでの面構えとがっちりした体型から連想した武将の名を与えることにした。
その名は、甲斐の虎こと武田信玄にあやかって『 シンゲン 』。


近年になって武田信玄とされていた肖像が、実は別人だという説が有力になっていることは、無論私も承知している。


しかし私としては飽くまでもイメージを優先させたい。
だからこの件で鹿爪らしい異論をコメントで寄せる野暮なことは止めてほしい。


「ということで、今日からお前の名は『 シンゲン 』だ。どうだ気に入ったか?」


しかしシンゲンは、反応を待っている私の顔を一瞥しただけですぐに視線を外してしまった。

「まあ、気に入らなくても別にいい。野良猫に本来名前など不要、というのが私の持論だし、皆それぞれ好き勝手な名で呼んで良いと思っている。ただ記事を書くうえで不便だから符丁として命名しただけだから‥‥」


と言ったものの、私は海岸猫の名前を決めるとき、熟慮に熟慮を重ねる。

やはり実際にその名で彼らに話しかけるし、そうしているうちに名前と海岸猫とは不可分な関係になるからだ。

だから今は会えない海岸猫たちを思い出すときにも、心の中で彼・彼女らの名前を呟く。


そのとき、辺りが人の大声でにわかに騒がしくなった。



シンゲンは煩わしそうに声がするほうへ少し頭を動かして、横目で見やる。


私もシンゲンの視線をたどって振り返ると、帰り支度を終えた若者がトイレの前にたむろしていた。

アルコールも入っているようで、皆一様に大声で話し、ときおり笑い声や喚声をあげる。


シンゲンは興趣をそそられたように、その若者たちの様子をじっと見つめている。



単独行動を好む猫の眼には、群れて騒ぐニンゲンが不思議な生き物として映っているのだろう。


やがてマンウォッチングにも飽きたのか、シンゲンは再び地面に横になった。



そして側にいる私に「なんやおっさん、まだおったんか。あんたはいつも独りぼっちで寂しそうやな。まあ、気いつけて帰りや」とでも言っている風に一瞥を投げかけてきた。







夏の盛り、外で暮らす猫たちは、できるだけ体力を使わないように涼しい場所を探して、そこで浅い眠りを貪っている。











このエリア生え抜きの海岸猫が、今回一度も登場しなかったのを怪訝に思っている方もいるだろう。

“浜の伊達男” ことコジローの身に突然降りかかった事件については、改めて報告するつもりだ。



〈了〉



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