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wabi

Author:wabi


治療の一環として始めた海岸散策
そこで知り合った海岸猫たちと交流を
深めるうちに彼らの魅力に心惹かれて2009年10月に旧ブログを開設

そして2015年9月に当ブログへ移転

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★プロフィール写真は元海岸猫の愛猫

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2010年1月23日
東京都荒川区東日暮里で行方不明
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2012年8月5日
名古屋市緑区姥子山鳴海グランドで
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捨て猫エレジー (後編 2)







春先から復調の兆しが見えてきたとはいえ、以前のように頻繁に海岸へ通うことはまだ叶わない。

精神の浮沈は自分でも予測がつかず、そのうえ凶事・吉事に関係なくささいな出来事をきっかけに制御不能な情動が起こるのでなかなか厄介だ。

そのような状態であっても、やはりチビ太郎のことが気掛かりで、前回訪れたときから数週間後私は少々無理を押して彼が棲むエリアへ足を運ぶことにした。


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「チビーっ!」私はいつも通りにチビ太郎が潜んでいるであろう場所へ向かって名を呼んだ。
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大抵はすぐに鳴き声をあげて姿を見せてくれるのだが、この日は何度名を呼んでもチビ太郎は姿を現さない。


開けた場所にあるエサ場には文字どおり猫の子一匹いなかった。
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また灌木に囲まれた第二のエサ場にも、誰かが潜んでいる気配は感じられない。


私はその場に留まり、チビ太郎の名前を呼んでは防砂林のなかにその気配を探っていた。
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だが10分経っても20分経っても、チビ太郎は姿を現してくれなかった。


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チビ太郎が棲むエリアからの帰途、2012年までチビ太郎が長靴おじさんと一緒に暮らしていたテント小屋のあった場所をたずねた。
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防砂林に遺棄されたチビ太郎は、長靴おじさんに保護されてからの7年間、ここでそれなりに穏やかな生活を送っていた。


しかし久しぶりに訪れたその場所には、数年前までテント小屋があったことを示唆するものは何も残されていない。
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そのせいだろうか、この場に臨んでいると、長靴おじさんとチビ太郎がいたのはずっと昔のことのように感じられる。


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それからの数週間、私は体調の比較的良好な日を選んで、だいたい10日に1度のペースで海岸へ足を運んだ。

ただほかのエリアにも懸念される案件が生起していたので、心ならずもチビ太郎に会いに行くのを先延ばしにしていた。


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そして桜の花が散るころになって、私はようやくチビ太郎のいるエリアを訪れた。


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エリアの様子は、表面的には前回と何も変容していない。

少なくとも私の目にはそう映った。


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ただそこからは、いわゆる “生活の匂い” というものが以前にも増して希薄になっているような印象を受ける。


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私はエサ場に隣接した防砂林の中に足を踏み入れた。

この区画の防砂林へ立ち入るのは、私にとってこのときが初めてになる。


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ところが私はまるで何者かに導かれるように、防砂林の奥へと進んでいった。

そうしてしばらく行くと、灌木の茂みが私の前に立ち塞がる。


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そこで私はその場にしゃがみ込んで周囲に視線を巡らせた。

そして “それ” が視界の隅に入ったとき、先ほどから私を誘導していたのが誰だったのか、私はその正体を知ることになる。


* * *


かつて防砂林の片隅にひとりの海岸猫がひっそりと暮らしていた。
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その海岸猫は仔猫のときに飼い主の手によって防砂林に捨てられた。
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そして偶然通りかかったホームレスの男性に仔猫は拾われる。


『 チビ太郎 』と名付けられた仔猫は先天的か後天的か不明だが、そのとき既に眼を病んでいた。
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チビ太郎を保護したホームレス‥‥、私が便宜上『 長靴おじさん 』と呼んでいるその男性は吐き捨てるように言った。


「眼の病気に罹ったから、こいつは捨てられたんだ!」と。
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長靴おじさんの看病の甲斐あって、やがてチビ太郎の病はその進行を止めた。


その後チビ太郎は長靴おじさんの庇護のもと、海岸猫としては比較的平穏な生活を送っている。
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こうして穏やかな表情で眠っていられるのも、長靴おじさんとねぐらのテント小屋の存在があってこそだ。


一方、どのような経緯があったのか知る由もないが、独り防砂林で暮らす長靴おじさんにとっては、チビ太郎が安らぎを与えてくれる存在であることもまた事実だ。
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私はこのふたりの生活がこれからも永続的につづくのだろうと、何の根拠もなく思っていた。

少なくともこのときは‥‥。



* * *


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「そうか、お前だったのか、私をこの場所へ案内してくれたのは!」








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“チビ太郎” は灌木に挟まれたわずかなスペースに、ちょこなんという感じでかしこまっていた。


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茶トラ猫のチビ太郎、享年11歳。

家猫だったチビ太郎は数奇な運命を辿った末に、今は防砂林の一隅でしずかに眠っている。


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身体は防砂林の土の中にあっても、翼をとり戻したチビ太郎の魂は、空を駆けて長靴おじさんのもとへ行ったのかもしれない。

夕空に軌跡をえがく飛行機雲を見ているうちに、そんな想像が私の脳裏をよぎった。



〈了〉



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残された母子 (速報編)

皆さんに誤解を与えかねない言葉足らずな箇所があったので、推敲かたがた加筆しました。

どうやら私は短時間で記事を書くのを不得意としているようです。

よって『 速報編 』は今回が最初で最後になるかもしれません。
2016/6/11 20:00


* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *


里親募集の記事に追記したとおり、この春防砂林で生まれた仔猫5名のうち4名は、先日市民団体『 湘南ネコ33(みみ) 』さんの尽力により無事保護された。

だが仔猫のなかで最も警戒心の強いキジトラは、その後におこなわれた2度の捕獲作戦においても、才知に富んだ母猫の行動により捕獲の手を巧みにくぐり抜けた。


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そして残された母子は以前と同じように防砂林のなかで仲睦まじく暮らしている。

6月10日夕刻の今はまだ‥‥。


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この母子は捕獲されると、仔猫は里子に出され、母猫は避妊手術を施されたのちに元の防砂林へ戻される運命にある。

なんとなれば、成猫には里親希望の申し込みがまったくないからだ。

この母猫自身が生まれて1年しか経っていない幼い猫であっても、里親が容易に見つからない現実が厳然として立ちはだかっている。

この母子が離ればなれにならなければならない、今の日本の野良猫事情を私は深く憂える。

だが私にしたところで、このふたりを同時に救うことなどできはしないのだ。


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母子の姿が、今後自分たちの身に降りかかるであろう出来事を予知して、それ故お互いを殊更慈しんでいるように、私の目には映ってしまう。

また関係者からすれば善意に基づくことであっても、ある日突然我が子が連れ去られた母猫の心情を忖度するなど、私にはできない。

ただ私自身も捕獲に協力したので、母子にしてみれば、とくに母猫にしてみれば信頼しかけていたニンゲンに裏切られたと感じているだろう。


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「でもな‥‥」私は母猫に話しかける。「捕獲はお前の子供たちの命を救うためなんだ。お前は承知しているだろうが、この剣呑な防砂林で仔猫が生き抜いていくのは難しい。とても」

「だから次回は子供ともども、すんなりと捕まってくれないか」

しかし母猫は鋭い視線を投げかけてくるだけで、私に何も答えてはくれない。

母猫の表情からは、残されたキジトラの子を命懸けで守りぬく決死の覚悟がうかがわれた。


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そんな想いにとらわれているときだった、何の前触れもなくいきなり激しい感情の波に私が襲われたのは。

その波の正体は、防砂林の片隅でひっそりと暮らしている母子への “憐憫の情” と、命を救うためとはいえその母子を引き離すことしかできない無力な自分への “自責の念” だ。

時をおかず心拍数が一気に上昇し、呼吸が荒くなり、実際に何者かの手で胸を鷲づかみにされたような息苦しさを感じはじめる。


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やがて喉の奥から嗚咽がこみあげてきた。

そして一粒の涙がこぼれたのをきっかけに、あとからあとから涙があふれ出てくる。

止めようと懸命に努めたが、そんな私の思惑をあざ笑うように涙は止めどなく流れつづけた。

周りにひとけはなかったが、私は誰にも気取られないように足早にその場からはなれ、顔を伏せたまま防砂林の奥へと突き進んだ。


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そうしてしばらく防砂林の一画に佇んでいると、私を襲った感情の波は潮が引くようにゆっくりと意識の水平線へ帰っていった。


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ふと傍らに視線を移すと、下草のなかに名も知らない小さな花が一輪咲いていた。

私以外の誰にもその存在を知られることもなく密やかに、しかし凛とした風情で‥‥。



〈了〉



この速報編はいずれ通常編に改訂する予定です。



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里親募集

『危険な防砂林から仔猫たちを救って!』


2016年5月下旬、海岸において生後1.5~2ヵ月と思われる仔猫たちと邂逅

確認できた仔猫は5名。



6月18日夕刻、5名の仔猫のうち最後まで残っていたキジトラの子が、このエリアの猫たちの世話をしているボランティアの方数名の尽力で無事保護されました。

あとは避妊手術を受けさせるために母猫を捕獲するだけになりましたが、巧智に長けた彼女を捕獲するのには更なる時間と忍耐が必要のようです。

キジトラの子は、その日のうちに『 湘南ネコ33(みみ) 』さんへ引き渡され、さっそくお風呂に入れてもらったそうです。

ほかのきょうだいともども里親さんを募集しています。

詳細は『 湘南ネコ33(みみ) 』さんのブログをご覧ください。

ブログはこちら⇒『 湘南ネコ33(みみ)
〈2016年6月19日加筆〉



6月6日、世話をするボランティアさんの依頼により、市民団体『 湘南ネコ33(みみ) 』さんが仔猫の捕獲に成功しました。

ただ捕獲できたのは仔猫4名のみで、母猫とキジトラが防砂林に残りました。

今日(6月7日)も朝と夕方の2度、捕獲を試みたものの、機知に富む母猫に翻弄され失敗に終わりました。

『 湘南ネコ33(みみ) 』の方は「この母猫はとても賢いので、同じ方法では捕獲できないでしょう」と言います。

そこで冷却期間をおいてほかの捕獲方法を試みることになりました。

保護された仔猫たちは『 湘南ネコ33(みみ) 』さんで里親さんを募っています。

詳細は『 湘南ネコ33(みみ) 』さんのブログをご覧ください。

ブログはこちら⇒『 湘南ネコ33(みみ)
〈2016年6月7日加筆〉



海水浴、バーベキュー、各種ウォータースポーツ、音楽イベント、花火大会と、これから夏に向けて、海岸は多くの人で賑わいます。

ニンゲンの数が増すということは、生まれて間もない仔猫たちにとっては、それだけ危険が増すということに他なりません。

たとえ直接的な虐待行為がおこなわれなくても、ニンゲンが起こす大きな音や行動に仔猫が過敏に反応し、交通量の多い道路に飛び出して事故にあう可能性が高くなります。

実際に防砂林の脇を走る道路において、あまたの猫が交通事故の犠牲になっているのです。
〈2016年5月31日加筆〉



キジ白 1
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キジ白 2
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縞三毛
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キジトラ
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シャムMIX
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この子たちは『海岸で暮らすということ (後編 2)』の記事で告知していた仔猫です。

母猫は当ブログで既に紹介している“サバ白の子”。(被毛の色はキジ白へと変化している)
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サバ白の子自身も、去年の春にリンから生まれたまだ幼い猫。

つまり5名の仔猫たちはリンの孫にあたるのです。


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さて里親さん募集にあたっては、以前にも述べたように前回(2014年)と同じ過ちを繰り返さないために、申し出があり次第、できるだけ速やかに捕獲して譲渡するつもりでいます。

その折には、数日間なら一時的に保護することも可能です。

以上の条件を承知のうえで里親を希望される方は左カラムのメールフォームに件名『 仔猫の里親希望 』と記してメール送信してください。

もちろん問い合わせだけでも結構です。(その場合は件名を『 仔猫に関する問い合わせ 』としてください)

また鍵コメでの問い合わせも可能です。(その場合はURLかメアドを明記してください)


防砂林の中で生まれた猫が1歳を迎えることは稀で、たいていはそれまでに行方不明になるか、死亡します。

どうかこの子たちに生きる機会を与えてください。

よろしくお願いいたします。


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2件目の里親募集。



6月の初旬に捕獲に成功し、今は里親さんのもとで家猫修行中です。

〈2016年6月12日加筆修正〉


まだ捕獲には至っていませんが、この子の譲渡先が決まりました。

ご協力感謝します。

〈2016年5月31日加筆修正〉

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捨て猫エレジー (後編 1)


暦の上はもちろん実質的にも春を迎えているのだが、今年の春は牛歩のような緩慢な歩みに徹して一向に気温が上がらず、季節はずれの肌寒い天気がつづいている。

記録的な暖かさに終わった “冬” が、まるで自分の不作為を反省し、その汚名返上のために捲土重来を期しているかのようだ。


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何はともあれ春の到来が遅れている事態は、私にとっては僥倖に他ならない。

なんとなれば私が調子を崩すのは、日ごとに気温が上昇する春先だからだ。

この時期をことさら厭うのは自分だけの気質によるものだと長らく思い込んでいたのだが、多くの人が同じように嫌忌していることを私はやがて知ることになる。


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というのも、自殺者が多い季節は春であり、わけても3月は1年を通して最も多いと内閣府が発表したからだ。

そして内閣府はその統計結果をもとに、3月を『 自殺対策強化月間 』と定め、これまで以上の対応策を講ずると表明した。

3月に自殺者が多い原因としては、私のように『 木の芽時 』と呼ばれる季節の変わり目自体に精神が影響されることに加えて、新年度を目の前に進学、転校、就職などの新しい環境の重圧を受けるためだと言われている。

ちなみに、内閣府がおこなった自殺防止策は実際に自殺者の減少に効果があったのかどうか、私は寡聞にして知らない。


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それはさておき‥‥、春が足踏みをしている間隙をついて私は再び海岸へ赴くことにした。



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名を呼ぶと、チビ太郎はいつものように灌木の奥からすぐに姿をあらわした。


眼の状態はこころなしか前回より悪化しているように見受けられる。
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やがてチビ太郎は何かを訴えるように鳴き声をあげはじめた。前回会ったときは殆ど声を発しなかったチビ太郎だけに、その声音からはある種の切迫感が感じとれる。


チビ太郎の眼はボランティアさんの手により何らかの手当を受けているのか、もちろん私の与り知るところではない。
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それにたとえ実情を知っていたとしても、今の私に口を差しはさむ筋合いなど微塵もありはしないのだ。


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チビ太郎はおもむろに腰をあげると、ゆっくりとした足取りでこちらに近づいてくる。


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そうしてチビ太郎は私の足もとまでやってくると、にわかに穏やかな表情をつくり鳴き声も発しなくなった。


そこで私はポケットから取りだしたティッシュでチビ太郎の両眼にたまっていた眼ヤニをそっとぬぐいとる。

そのあいだ、チビ太郎は腰を下ろした姿勢で身動きもせずにおとなしくしていた。

たとえ人馴れした猫であっても眼を触れば嫌がると思うのだが、それゆえチビ太郎の神妙な態度はかえって哀れみを誘う。


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私がエリアの中を見まわっていると、チビ太郎は後を付いてくる。


それならば、このままエサ場までチビ太郎を誘導して食事を与えようと私は思った。
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ところがそれなりの訳があるのだろう、チビ太郎はとつぜん立ち止まりその場に座り込んだ。


私も立ち止まりチビ太郎に話しかける。「どうしたチビ太郎、ゴハンを食べにエサ場へ行こう」
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しかしチビ太郎は無言のままで動く気配を見せない。


ならばと私もチビ太郎の正面にしゃがんで、その幾分困惑した面持ちから彼の思いを推測してみることにした。
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たとえ村上春樹の小説に登場する『 ナカタさん 』のように猫語を解さなくても、猫と長年付き合っていれば、彼らの気持ちを汲みとれるようになる。もちろん飽くまでもおぼろげにというレベルでの話だが。


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チビ太郎はどうやら、私がいつも利用しているエサ場で食事をするのは、あまり気が進まないようだ。


そこで私はチビ太郎の意向を汲みとり、もうひとつのエサ場で食事をさせることにした。

このエリアにエサ場が2箇所あるのことは当初から知っていたが、私は灌木に囲まれた狭隘なエサ場をあえて避けていた。

なんとなれば、相性の悪い猫たちに食事を与える場合、そこはあまりに狭くて不都合だったからだ。

しかし改めて思えば、たまにほかの猫の姿を目にすることがあるが、実際にこのエリアに棲みついているのは今やチビ太郎だけで、もはやなんの差し支えもない。


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私の推察した通り、灌木の茂みの中にあるエサ場で待っていると、じきにチビ太郎もやってきた。


チビ太郎の嗜好は先日把握したので、今回も同じ猫缶を持参してきている。まずはそれを与えた。
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私がチビ太郎にしてやれるのは、こうしておやつ代わりに猫缶を与えることくらいだ。


「チビ太郎うまいか?、足りなかったらお代わりもあるからお腹いっぱい食べな」と言ってはみたものの、先述したように何回かに分けて少しずつ食べるのが猫本来の食性だ。
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猫缶を美味しそうに頬ばるチビ太郎を見ているだけで、私の心は安らぎを覚える。ただし、ほんの束の間に過ぎないが。


しかしそうであっても、今のチビ太郎の状態を考えれば、普通に食欲があるだけでやはり安堵する。
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叶うものなら、このまま小康状態を保ち長靴おじさんとの再会を果たしてほしい。


チビ太郎にしたって、“親” である長靴おじさんにもう一度会いたいはずだ。
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ただその件についてはひとつ気がかりなことがある。それはチビ太郎が病に罹っている事実を長靴おじさんは知っているのか、ということだ。


仄聞したところによると、長靴おじさんは入院後も時折チビ太郎の様子を見にきていたようだが、チビ太郎が罹患してからはそういう目撃談を耳にしていない。
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あるいは知っていながら何らかの理由により海岸へ足を運ぶことができないのだろうか?


そのとき、この場にはまったくそぐわない1枚の貼り紙が、何気なく巡らせた私の視界に入った。
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このたぐいの貼り紙は、ホームレスの人が無断で建てたテント小屋の側で幾度も目にしている。だが猫のエサ場で見るのは初めてだ。


隅に貼られたボランティアの人の切実な訴えが役人の良心を目覚めさせたからか、実際に猫ハウスなどを撤去していないから良いようなものの、私としてはやはり理解に苦しむ行為である。
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もっとも書面の最後にあるように、役所の助力を得て努力さえすれば、野良猫に自立の道が開けるというのなら話は別だ。


そんな益体もない考えに耽っているうちに、チビ太郎は食事を終えたようだ。
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やがてチビ太郎は緩慢な動きで発泡スチロールの蓋から降りる。


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半分ほど残したが、この場合は猫缶を咀嚼できる力をチビ太郎が未だに持っていることを喜ぶべきだ。


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周りを灌木でかこまれた狹いエサ場の隅にうずくまるチビ太郎。彼の脳裏にはいったい何が去来しているのだろう。


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実の母や兄弟との束の間の暮らしを思い出しているのだろうか?

またはある日突然、その家族から引き離されて、薄暗い防砂林に独り置き去りにされたときの恐怖を思い出しているのだろうか?

それとも手作りのテント小屋で長靴おじさんと過ごした、心安らぐ日々を思い出しているのだろうか?

あるいは長靴おじさんが病を得て、自分を残して海岸から去ってしまったときの驚きと戸惑いを思い出しているのだろうか?

やはり、身体を損なってから今までの、辛く苦しい思いにとらわれているのだろうか?


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しかしチビ太郎の胸底深くに秘められている本意を、私は推し測ることができない。

「チビ太郎、お前をこんな境遇におとしいれたニンゲンに対して思いの丈を声高に叫んでもいいんだぞ」

私はそう話しかけたが、チビ太郎は名もない空間を見つめるばかりで何も語ろうとはしなかった。


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私はほかの海岸猫に会うために、チビ太郎をそのままにして灌木の中のエサ場をあとにした。


だがこのとき、私はまだ知らなかった‥‥。

チビ太郎の病は私が考えている以上に進行している事実を。



〈つづく〉



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