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wabi

Author:wabi


治療の一環として始めた海岸散策
そこで知り合った海岸猫たちと交流を
深めるうちに彼らの魅力に心惹かれて2009年10月に旧ブログを開設

そして2015年9月に当ブログへ移転

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2010年1月23日
東京都荒川区東日暮里で行方不明
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2012年8月5日
名古屋市緑区姥子山鳴海グランドで
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往く者・来る者 (前編)




ここ数年のあいだに海岸猫の数は激減している。

チビ太郎やビクのように死亡が確認できる猫は少数であり、大半はある日突然ゆくえ知れずになる。

その中にはあとから考えれば、というていどの体調の不良が認められる場合もあるが、多くの海岸猫はなんの前ぶれもなく忽然と姿を消してしまう。

仲間と暮らしている猫は体力の衰えを自覚すると、ほかの猫にいじめられるのを避けるために集団から離れていくという。

ビクの場合もHさんに保護されず人目につかない防砂林の奥でひっそりと死んでいたら、遺骸も発見できなかった可能性が高く、行方不明の海岸猫の中にはそのような最期をむかえたものも少なからずいると推測される。

ところが海岸を去る猫がいれば、『ニューカマー』でも紹介したように、いかなる経緯があるのか不明だが、あらたに海岸へやってくる猫もいる。


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私は久しぶりに『シシマルエリア』へ足を運んだ。

今年の春先に一度訪れているが、その際はごく短い滞在時間で終わったので、今回あらためて訪問しなおした。


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エサ場をのぞくと、見知らぬ猫が置き餌をむさぼるように食べている最中だった。


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私の気配に気づいたのか、見知らぬ猫は警戒心のこもった面持ちで振りかえる。


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が、よほど腹が減っているようで、すぐにべつの食器へ鼻先をつっこんだ。

シャム柄とサビ柄が混ざった被毛を持つことから、この猫は雌だと思われる。


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ふたたび振りかえったシャムMixに向かって、私は初見の猫に対してかならず言う言葉をかける。
「お前は誰だ?何処から来たんだ?」


だがシャムMixは視軸の定まらない目つきでこちらを見つめたまま、何も答えてくれない。


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よく見ると、この猫の眼はいわゆる『斜視』の状態を呈している。

『白目(眼球結膜)』がなく、『黒目(虹彩)』がほとんどをしめる猫の眼がそもそも斜視になるのか、といぶかる方もいらっしゃるだろう。

しかし猫にも斜視はあり、とくにシャム系は生まれつき『内斜視』が多い。※〔1〕

ニンゲンの斜視と症状が同じなら、遠近感がつかみにくかったり、ものが二重に見えたり、更には視力低下をまねくこともある。


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このシャムMixにそのような症状が表れているのかどうか、むろん私には分からない。


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食事を終えたシャムMixはためらいがちではあるが、迷いのない足どりで駐車場の奥へ歩を進める。


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ところがシャムMixはいきなり足を止めると、すばやく身体をひるがえした。


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どうやら車の修理をしているひとが立てた、比較的大きな音にびっくりしたようだ。


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シャムMixはそのまま後ろも振りかえらずに駐車場から足早に離れていく。


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このシャムMixとは今回が初対面だからはっきりしたことは言えないが、さきほどの狼狽ぶりを見ると、もしかしたらこのエリアに属していないのかもしれない、と私は思った。

近隣に自分のテリトリーを持っているのか、それとも流浪の身なのかは分からないけれど。


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しかしこのエリアに隣接して小さなエサ場あったのはずっと以前で、今現在常設のエサ場があるという話は耳にしていない。

ただシャムMixが国道の北側から出張ってきている可能性もなくはなく、もしそうであるのなら情報が入ってくるアテはない。


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どのような意図があるのか分からないが、シャムMixはときおりぴょんぴょん飛びはねながら走っていく。


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この特徴的な走りかたは斜視となんらかの因果関係があるのだろうか?


駐車場に戻ると、足場材の上でシロベエが香箱をつくっていた。

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エサ場に行く前に駐車場をひととおり見まわした際には気がつかなかった。

そのときは物陰に隠れていたのかしれないし、あるいは一時的に白いシートの保護色となって見のがしたのかもしれない。


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いずれにしろ私の存在は気づいているはずなのに、シロベエは耳をわずかに動かすだけで眼を閉じたままじっとしている。


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私がゆっくり近づいていくと、ようやく眼を開けた。


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しかしそれでもなお、シロベエは私を一顧だにしないで、あらぬ方向を見つめている。


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私が何度かシャッターを切ると、シロベエはおもむろに身体を起こして毛づくろいをはじめた。

このエリアも例にもれず、ここ数年で猫の数が激減し、いっときは10名以上もいたのに今ではシロベエのほかには2014年の春から住みついているシンゲンがいるだけだ。

その結果としてシロベエはこのエリアで最古参の海岸猫になったが、この猫の出自や海岸へ来た経緯は詳らかではない。


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シロベエが初めて海岸に姿を見せたのは2010年の初夏のことで、その頃のシロベエはどうして自分がこんなところにいるのかと、ひどく戸惑っているふうだった。

既に成猫だったことから、おそらくは酷薄な飼い主の手によって遺棄された、『捨て猫』だと思われる。


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シロベエが背後を振りかえったまま、いきなり “吠えた”。憤怒の形相を浮かべながら。


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静かな駐車場にシロベエの怒声がひときわ大きく響きわたる。


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シロベエの視線をたどって振りかえると、塀の上にシンゲンの姿があった。

春先にこのエリアを訪れたとき、シンゲンは姿を見せなかったので会うのは久しぶりだ。


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聴覚の優れた猫だからシロベエの声はとうぜん耳に入っているはずなのに、シンゲンは塀の上を悠然と歩いてくる。

この間もシロベエは叫び声を上げつづけている。


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シンゲンもここにきて、ようやくシロベエに呼応するように鳴き声を発した。

だがその声はシロベエのそれに比べて、いかにも小さく弱々しいものだった。


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シロベエは塀の上のシンゲンを凝視したまま間合いをつめていく。

シンゲンがこのエリアに現れた当初、ふたりのあいだに生まれた軋轢はその後も解消されずにしっかり継続されているようだ。

ニンゲン社会と同様、猫社会にもこれといった理由がないにもかかわらず「ウマが合わない」とか「肌が合わない」という間柄が存在している。

このふたりのように‥‥。



〈つづく〉



脚注
※〔1〕内斜視:目が内側に寄って、いわゆる寄り目になる症状。
    いっぽう片方の目が外側を向く症状を『外斜視』という。



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約束 (後編 2)




ビクが何におびえているのか、私にもすぐ分かった。なんとなれば、カメラをかまえている私の視界が影をとらえたからだ。

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影は私の背後を右から左へと通りすぎた。見ると、それは自転車に乗るひとりの男性だった。


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このように、たとえ私という顔見知りのニンゲンがすぐ側にいたとしても、それによってビクの警戒心が軽減されることはまったくない。

ビクの頭には私が外敵から護ってくれるという期待は毫もないようだ。


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これがほかの海岸猫、たとえばリンやランだったなら、私が側にいるとあからさまに警戒を緩めて見知らぬ人が近づいても逃げなかったりする。

しかしビクの場合にはこの世で信じられるのは唯一自分だけであって、けっしてほかの者をたのみにしない、というのが揺るぎない信念であり生きるすべなのだ。


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先にも述べたが、野良猫として生きていくにはこれほど適した性質はない。が、やはり一抹のさびしさ感じる。

そもそもビクをこのような性格にしたのはほかでもない我々ニンゲンだし、もとはといえば野良猫という存在をつくりだしたのも我々ニンゲンだ。

それと思うと、私自身も忸怩たるものがある。


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ビクは捨て猫ではなく野良猫の母から生まれた生粋の野良猫なので、当然のことだがニンゲンと一緒に暮らした経験は皆無だ。

ボウガン事件の衝撃が強すぎて、Kさんにビクの家族について尋ねるのを忘れたが、初めてビクに会ったときにはすでに母親も兄弟もいなかったと記憶している。


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そんなビクにとってはおそらく防砂林が『家』であり、世話をしてくれるボランティアの人が『家族』」なのだろう。

ただし、ビクがボランティアの人と過ごせるのは、1日の内でほんのわずかな時間でしかない。


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ニンゲンから多くの愛情を注がれることなく育ったビクは、だから臆病なくせに信頼できるニンゲンにだけは懸命に愛情を求めるのかもしれないな、と私は思った。


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いったんは警戒を緩めて私の方へ歩み寄ってきたビクだったが、今度は植込みのさらに奥へ隠れてしまう。

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私はビクが植込みの陰に身を隠したのを機に、エリアを去ることにした。


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私はビクに声をかけた。「ビク、今日はこれで帰るよ。今度来るときまで元気でいろよ」

そうして後ずさりながら私はその場をゆっくりと離れていった。

ビクの視界から外れたところできびすを返すと、停めてあった自転車のほうへ歩きながらカメラをバッグにしまい、そのまま肩に背負いなおした。

私はそれから、自転車を押して海辺沿いをはしる道路に出た。自転車にまたがりペダルに片方の足をのせて、走り出そうとした瞬間だった。

何の気なしに‥‥、しかし何かに引きつけられるように私は後ろを振りかえった。










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すると植込みの入り口に佇んで、私を見送るようにこちらを向いているビクと眼があった。

ビクにこのような形で見つめられることは、今までなかったはずだ。少なくとも私の記憶では。


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私は別れ際にこうして海岸猫に見送られることを苦手としている。

なんとなれば、彼・彼女らにそうされると何だが自分がひどく悪いことをしているような罪悪感を感じてしまい、その場を離れられなくなってしまうからだ。

だからたいていは海岸猫がほかのことに気をとられて、私の存在をわすれた隙をついてそっと立ち去るようにしている。

理想的な状況は、彼・彼女らが先に防砂林の奥にでも姿を隠してくれることだ。そうすれば私は安心してエリアを離れられる。


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だからこういう事態になったら、もう一度彼・彼女らの元にもどり、先に述べた私が望む状況を待ってからあらためてエリアを離れるようにしている。

しかしこのときは自分でも何故だか分からないのだが、私はビクの見送りをそのまま受け入れることにした。


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またいつもの私なら、こんな場面はまずカメラにおさめない。※〔1〕

なのに今回は「わざわざバッグからカメラを取りだして」までビクの姿を撮影した。

どうしてこの日にかぎってこんな行動をとったのか、今考えても私自身理解できない。


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結局、心の一部をその場に残してきたような奇妙な感覚を宿したまま、私はビクが住むエリアをあとにした。


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ビクとそんな奇妙な別れかたをした日から数えてちょうど7週目の午前9時すぎだった。

知人のHさんからケータイにメールが届いたのは。

Hさんから午前中にメールが来たことなどそれまで一度もなかったので、私は何やら不穏なものを感じた。

はたして、そんな私の予感は的中した。


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そのメールにはこう書かれたあった。

「今日の明け方、海岸猫のビクちゃんが亡くなりました」と。

あまりに唐突なことでにわかに信じられなかった私は、何かの間違いかHさんの勘違いかもしれないと思い、おりかえし確認のメールをおくった。


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すると今度はケータイにHさんから電話がかかってきた。

そしてそのときに至るまでの詳細な経緯をおしえてくれた。

その結果ビクの死は間違いや勘違いではないと、私もようやく納得する。

この7週間のあいだに、ビクの身に何があったのかは分からない。しかし‥‥。

何はともあれ、12年の生涯をいきなり閉じて、ビクは逝ってしまったのだ。


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その翌日‥‥。

ビクが生まれ育った以前のエリア内の防砂林に関係者が参集し、ビクを埋葬することになった。


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私が指定された場所に着いたとき、ビクは四肢を伸ばしてシートのうえに身体を横たえていた。


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私はビクがこんなふうに「寛いで」いるのを初めて見たような気がする。

ビクにしたところで、こんな無防備な格好で眠るのはおそらく初めてだろう。

そんなことを考えていると、私は少し不思議な感慨にとらわれた。


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防砂林にはビクを看取ったHさんのほかにも、ビクの死を悼む人たちが駆けつけていた。

そんな中にあってもビクは微動だにしないで、ただこんこんと眠りつづけている。


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《 もう何も怖れることはないし、何者も警戒しなくていいんだ‥‥ 》

私は心の中でそうつぶやきながらビクの身体を撫でた。

しかしビクの身体は以前のしっとりとした艶やかさをうしなっていたし、だいいち私の掌は何も感じとることができなかった。


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そうしてビクの身体を撫でたことで、彼女がほんとうに死んでしまったのだという実感が私の胸に急に湧いてきた。

その直後、鼻の奥につんとした痛みがはしる。

だがここで泣くわけにはいかない。私は唇をぎゅっと噛んでがまんする。


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またひとり、ビクをよく知る人が悲報を聞いてやってきた。


皆が揃ったところでビクを埋葬することにした。

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このエリアで暮らしていた海岸猫たちは、つい最近他界したチビ太郎の出現で全員が去っていった。

その中でもとくにビクはチビ太郎を嫌っていたという。

だからこの場所にビクを埋葬することにしたのは、できるだけチビ太郎の墓から離してあげたかったからなの、とボランティアのSさんがおしえてくれた。


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私がHさんから聞いた今回の出来事の顛末を以下に記しておく。


◯ビクの世話をしているボランティアのSさんからビクの体調が急に悪くなったという報告を受ける。

◯翌日ビクの住むエリアを訪ねたが、ビクには会えなかった。

◯2日後、防砂林の中で元気なくうずくまっているビクを保護し、その足で動物病院へ搬送した。

◯しかし簡易血液検査での腎臓と肝臓の数値が通常より悪かった(どの程度かは分からない)ほかには、これといった疾患は見つからず治療も受けなかった。

◯かといってこのままビクを防砂林に戻すことはためらわれたので、自宅に連れ帰る。

◯翌朝、夜もまだ明けやらぬ午前3時半ころにビクが突然大きな鳴き声を2、3度発した。それは今まで聞いたことのない異様な鳴き声だった。

◯そこでビクを抱いて身体を撫でていたのだが、午前4時半ころにビクが息絶えていることに気づく。

◯ビクを診察した獣医から詳細な血液検査の結果がもたらされ、それによると血液から『農薬様の毒物』が検出されたという。


以上がHさんが語ってくれたあらましだ。

ここで私自身の意見や感想を述べるのは差し控えたい。

『農薬様の毒物』はどのような過程を経てビクの体内に入りこんだのか、そしてビクの死と何らかの因果関係があるのか、私には判断できないからだ。

ただこれだけは言っておきたい。

ビクを病院へ運び最期を看取ってくれたHさんには心から感謝している、と。

Hさんの行動がなければ、ビクはまちがいなく薄暗い防砂林の片隅で独りさびしく死んでいっただろう。


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できあがったばかりの墓に手を合わせているうちに、私の頭の中である想いが静かにめぐり始める。

私もいずれビクが向かった『あちら側』に行く。それがいつになるのか自分でも分からないけれど、避けられない現実としてかならずやってくる。

とはいえ少なからず汚れてしまった私の魂がビクの無垢な魂と同じところへ行けるのか、と自問すれば大いに不安を感じてしまう。

そんなわけで、何かの手違いか誰かの厚意で私がビクと同じところへ行けたとしたら、というあくまでも仮定の話になるのだが‥‥。


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伝承によると、誰かに愛された動物の魂はこの世を去ると天国の手前にある『虹の橋』のたもとへ行くと言われている。

ただ私は『あちら側』の決めごとやしきたりについてはそれ以上のことをあまり知らない。

だから私がそこへ行ったとしても、ビクにすんなり会えない可能性がある。

《 でもなビク、約束するよ、何があろうとお前を捜しあてると 》

《 そうして再会を果たしたなら、また身体を撫でさせておくれ 》


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それまではゆっくり休めばいい。

『こちら側』では野良猫として、数々の辛酸をなめさせられたのだから。


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そのまま真っすぐ帰宅する気持ちになれなかった私は、帰途リン親子が暮らすエリアを訪ねた。

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あいにくリンの姿はなかったが、代わりにリンの娘が迎えてくれた。


去年生まれたこの海岸猫は今春5名ものこどもを産んでいる。

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ここで自己分析の真似ごとをしてみると‥‥、

このエリアに立ち寄ったのは生気に満ちあふれている猫と接したいと思ったからで、それはおそらくビクの死によって失われた心の均衡を復旧させようという感情が働いたからだろう。


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ところで、この幼い海岸猫には『サキ(咲)』という名前をもうずいぶん前に付けている。が、今まで発表の機会を逸してばかりいた。

名前のいわれは一応あるけれど、言ってみればそんなどうでもいいことを今ここで開陳する心境にはなっていない。まだ。

とにかくこの海岸猫をこれからは「サキ」と呼ぶことだけは覚えておいていただきたい。


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後日、別件で『湘南ネコ33(みみ)』のAさんからメールが来た際に、今回のビクのことを知らせたら、警察にとどけるべきだという返事をもらった。

Aさんによると、保健所や各保護団体、また心ある獣医は猫の虐待や不審死があった場合には警察へとどけでるという。

加えて、放っておけばほかの猫が犠牲になるかもしれないし、行為がエスカレートしてニンゲンに被害がおよぶ可能性もあるとAさんにさとされる。

その旨をHさんにつたえると、Hさんも了承してくれ動物病院でビクのカルテのコピーをもらい警察に被害届を提出し受理された。

そして最寄りの交番の警察官が定期的に現場を見まわってくれることになった。

私としてはビクの死が無駄にならないよう願うばかりだ。


それにつけてもつくづく思うのだが‥‥、

どうしてあのとき、私は後ろを振りかえったのだろう?

いったい何が‥‥いったい誰が、私を振りかえらせたのだろう?

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ビクを弔って以来、防砂ネットの側で私を見送るビクの小さな姿がたびたび脳裏によみがえってくるようになった。

そしてその都度、ビクと交わした『約束』を思い起こしている。



〈了〉



脚注
※〔1〕私のおぼろげな記憶によると、ブログを始めた当初に私を見送る海岸猫の姿を数回撮影したように思う。



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約束 (後編 1)




一般的に野良猫の平均寿命は4~6歳といわれている。※〔1〕

また野良猫として生まれた仔猫のうち、成猫になれるのは1名ないし2名だともいわれている。

ただこれらの数字にどれほどの信憑性があるのか、寡聞にして私には判断がつきかねる。

そんな私に言えるのは、今年12歳を迎えるビクが野良猫してはまれに見る長命である事実、そして12歳というのは私が実際に知っている海岸猫の中で最高齢だということだ。※〔2〕


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ビクが長く生きてこられたのは暑さ寒さに堪えることができて、大病にも罹らない丈夫な身体に生まれついたのが最も大きな要因だろう。

が、それだけで生き抜くことができるほど野良猫の置かれた状況が平穏なはずはなく、実際にビクは2歳のときにサイコパスの手によりボウガンの矢で頭蓋を射抜かれている。

そんな危殆に瀕してもビクは奇跡的に一命を取りとめた。


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野良猫が10年以上生き抜くには健康で丈夫な身体を持っているだけでは不十分で、それに加えて強運とか僥倖とか、はたまた天佑とか神助とかの目に見えない力が必要なのかもしれない。

ただ、そういう現象はめったに起こらない。

なんとなれば奇跡を生み出せるのは『 神 』しかいないし、その神はいささか気まぐれなところがあるからだ。※〔3〕


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確かにボウガン事件ではビクは運が良かった。(状況からみてそうとしか思えない)

しかしだからといってほかの海岸猫に比べてビクだけが好運に恵まれているとは考えにくい。

私見を言わせてもらうと、ビクが野良猫として10年以上も生き抜いてこられたのは壮健な身体に加え、彼女が極めて怯懦な性格の持ち主だからではないだろうか。


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何といっても、ビクと他の海岸猫との違いはまさにその性格だからだ。

ニンゲンに対して抱いている恐怖心と警戒心、さらには猜疑心や不信感‥‥、これらのビクの気質が野良猫として生きていくうえで大いに役立ったのだろう。

もちろん、これは猫とニンゲンの双方にとってとても悲しいことだけれど‥‥。


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毛づくろいして気持ちが落ち着いたのか、ビクはいきなり腰をあげて身体の向きをくるりと反転させた。


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そして、眼の前の踏み分け道をゆっくりとした足取りでこちらに向かって歩いてくる。


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私の脇を通り抜けたビクは歩度を緩めないで、そのまま防砂林の奥へと進んでいった。

どうやらビクは私を自分のエサ場に案内してくれる気になったようだ。


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私はビクに導かれるまま、灌木をかき分けながら防砂林の奥へ歩を進めた。


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そうしてエサ場の近くまで来たところで、ビクはやおら松の木に取りつくと爪を研ぎはじめた。


猫が爪を研ぐ目的はいくつかあるが、そのなかで最も大きな目的は古くなった爪の表層をはがし、常に新しい爪を出しておくことだ。

爪は猫にとって極めて重要な部位で、獲物を捕まえるときの凶器であり、ほかの猫と戦うさいの武器であり、木を登るための道具でもある。


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爪研ぎは、ほかにも爪痕や同時に付く匂いがマーキングとなり、縄張りを知らしめる役目をはたすと言われている。

そして私の印象だと、爪を実際的に鋭利にするという目的のつぎに重要でなおかつその頻度も高いと感じられるのは、毛づくろいと同様にストレスなどで昂じた気分を落ち着かせるための爪研ぎだ。

家猫の場合だと、飼い主の関心を引くためや構ってもらえないイライラの解消、そして叱られたあとの気散じなどを目的としておこなわれる。


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ではビクの爪研ぎはどの動機に拠るものなのか‥‥、残念ながら私には判断ができない。

さすがにこういう場合は以心伝心というわけにはいかないようだ。


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それでもビクの表情に再び警戒の色が浮きあがってきたことは、私にも分かった。

こんな防砂林の奥部にいてもビクが警戒を完全に解くことはない。


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しかし周辺を見まわしても、これといった異変は見当たらなかった。(私には、という意味だ)

おそらくビクはその鋭敏な聴覚でニンゲンの私には聞こえない胡乱な物音を捉えたのだろう。


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何といっても猫が聴きとれる周波数は25Hzから75kHzと広範囲で、とくに高音域を聴きわける能力に秀でている。※〔4〕

ちなみに犬の可聴域は40Hzから65kHz、ニンゲンに至っては20Hzから20kHzでしかない。※〔4〕


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さらに猫は前後180度の範囲で耳を自在に動かせる。それも左右べつべつに。

そんな器用なことができるのは猫の耳殻に27個もの筋肉があるからだ。(ニンゲンは3個)


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ビクの表情が穏やかさを取りもどした。どうやら胡乱な気配は消え去ったようだ。


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と、ここでビクはいきなり大きなあくびをした。


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ひょっとしたら、このあくびは一時的に緊張を強いられたために思わず出てしまったのかもしれない。




ビクが緊張を緩めたのを機に食事を与えることにした。

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ビクは玩味するようにゆっくりと猫缶を咀嚼している。


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ビクのまるまると太った体型を見ても分かるのだが、このエサ場を管理するボランティアの人の世話は行き届いているようで私は飢えているビクをついぞ見たことがない。


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そのとき私の視界の片隅に動くものがあるのでそちらに眼をやると、1羽のカラスが松の枝の上でそわそわした様子で動きまわっていた。
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このタイミングで現れたということは猫缶のおこぼれに与ろうという魂胆だろう。

カラスの頭の良さは周知の事実だが、一説によると霊長類に匹敵するとまで言われている。

そんなカラスだから、海岸猫のエサ場にやって来るニンゲンは食べ物を持参してくる可能性が高いことをちゃんと知っているのだ。

ちなみにカラスはニンゲンの顔を識別できる能力を持っていて、各エサ場のボランティアの人の顔も記憶しているという。


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このときも私がカメラのレンズを向けると、松の木の陰に身を隠すという小癪なマネを披露した。


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頭と尻尾が丸見えだが、しかしこれにもカラスなりの周到な計算があるのかもしれない。(そう思わせるほどに彼らは利口なのだ)


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食べることに集中しているビクは背後のカラスの存在に気づいていないようだ。


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やはりそんなに腹は減っていなかったようで結局ビクは猫缶を半分ほど残した。


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私が防砂林から出るとビクも後を付いてきたが、すぐに植込みの奥へ入りこんだ。


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ビクがいきなり背後を振りかえる。その濁った瞳には、またぞろ警戒の色が灯っていた。
《やれやれ、今度は何に怯えているんだ?》


そもそもビクには “心休まる時“ というものがあるのだろうか。

海岸にひと気がなくなる夜になれば恐怖心や警戒心も消えて平穏な時間を過ごせるのかもしれないと思ったが、そのころには猫の外敵となりうる夜行性の動物も闊歩しはじめる

私自身が目撃したのはタヌキだけだが、防砂林に住まうホームレスの人に訊いたところ、ほかにもハクビシンやアライグマが棲んでいるという。※〔5〕

それに残酷な方法で猫を虐待するサイコパスどもが出没するのも日没後のはず。

そう考えると、野良猫が安穏に過ごせるときなどほとんどないのかもしれない‥‥

野良猫の平均寿命が家猫のそれに比べて3分の1程度というのも頷ける。



〈つづく〉



脚注
※〔1〕3~4歳という説もある。
        ちなみに、家猫の平均寿命は10~16歳とも14~18歳ともいわれている。
※〔2〕10歳以上生きた海岸猫には、ミケ(12歳)・チビ太郎(11歳)・ミリオン(11歳)などがいるが、
         ミケは獣医による推定年齢であり、チビ太郎の場合は途中の7年間を飼い猫として過ごしているので、
         厳密にいうと除外するべきかもしれない。
※〔3〕あくまでも神の存在を想定したうえでの話であり、ここに記した『 神 』は特定の神を指していない。
※〔4〕人間以外の可聴域データはまだ定説化されていないようで、別の数値も存在している。
※〔5〕夜に海岸から数百メートルはなれた住宅街を徘徊しているハクビシンを目撃したことはある。


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約束 (中編)




考えてみれば、突然訪問しておいて、以前がそうだからといっていつも歓待してくれると思うこと自体が間違っているのだ。

猫にだって感情の起伏や振幅はあるのだから。

そんな当たり前のことにあらためて思い至るというのは、私の心の何処かにビクの心情を軽視する思い上がった気持ちがあるのかもしれない

私はビクの機嫌が直るのを待つためと、そんな自分の心根を省みるために防砂林を離れて砂浜へ降りていった。


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しばらくして元に場所へもどってみると、ビクは安全な防砂林の奥へ身を隠すことなく、ネットの支柱にもたれるように佇んでいた。

しかし憂いを含んだビクの表情から、私は何も読みとれない。


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海岸には強い海風が吹きすさんでいる。見ていると、海風に大きく揺らされた防砂ネットがビクの頭をはたいていく。


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その後も海風にあおられた防砂ネットは、まるで往復ビンタをするように、ビクの頭を前から後ろから襲ってくる。

防砂ネットはその性質上、目が細かく丈夫にできていて重量もそこそこある。

そんなものに頭をはたかれたら、それなりの衝撃があると思うのだが、ビクはじっと耐えている。


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が、その我慢も限界を超えたのか、ビクは「もう、イヤだ」というふうに舌舐めずりをすると、おもむろに体勢を変えた。


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そしてそのままゆっくりとした足運びで歩き始めた。


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途中で進行方向を若干左に曲げたビクは、私の方へまっすぐ向かってくる。


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私はこのとき、反対側のネットの近くにしゃがんでファインダー越しにビクの動きをただ追っていた。

ビクに話しかけるとか、歓心を買うような素振りはいっさいしないで。


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やがてビクは私の足元まで来ると、その場に腹這った。

この体勢の意味するところは、「ワタシの身体を撫でてイイわよ」というビクの承諾だ。

もっとはっきり言うと、「早く身体を撫でなさい!」という “下知” である。

ビクがどう思っているかは知らないけれど、少なくとも私はそう受け止めている。


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身体を撫でるという行為は、ふたりにとって “挨拶” であり、欠くことのできない “儀式” だ。

だからこうしてビクの身体を撫でることで、初めてビクに会ったという実感が私の中に湧いてくる。

そしてビクが眼を細めて気持ち良さそうにすれば、その思いが掌を通して私に伝わってくる。


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猫とニンゲンが意思疎通をはかる際に言葉はさして重要ではない。

何故なら、触れあっていれば互いの気持ちがある程度は通じるからで、こういう現象は『 以心伝心 』とか『 拈華微笑 』などと言われている。


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『 野良猫と関わっていると心愉しいことなどほとんどなく、大抵はつらく遣り切れない思いをする 』と先に述べたが、こうやって実際に彼・彼女らと触れあっているとき、私は自分の心が和むのを覚える。

そういう意味でいうと、このひとときは私にとってとても貴重な時間なのだ。

ひょっとしたらビクも同じ想いを抱いているのかもしれない、と思うとなおさらである。


ひとしきり “儀式” をしたあと、ビクはいくぶん緊張を緩めたようだ。
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なんとなれば、ビクの “ 座っている場所 ” が今までとは違っているからだ。

もしあなたに時間的余裕があれば、前編と今回の記事の前半を仔細に見直していただきたい。
(とくにビクが腰を据えている場所に留意して)


そうすれば私の言わんとしている意味を分かってもらえると思う。


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慧眼な読者のうちには、すぐに看破した方もいらっしゃるだろう。

そう、これまでビクが座っていたのは防砂ネットのすぐ側、それもネット自体が裂けている場所だ。


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これが何を示唆しているのかというと‥‥、

ビクは自分に害を及ぼすおそれのある者が近づいてきたときに、すぐさま安全な防砂林に逃げ込めるところにいた、という事実にほかならない。


ということはつまり、いつでも逃走できる退路を常に確保していたのだ


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無論、ほかの海岸猫も退路の確保には心を配っているが、ビクほど徹底している猫を私は知らない。

たとえ顔見知りのニンゲンが近くにいても簡単に警戒を解かない、この用心深さが私をしてビクを『 臆病猫 』と呼ばしめるゆえんである。


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当然のことながら猫にも表情の変化はある。

しばらく一緒にいるうちに、ビクの表情は穏やかなものに変わっていた。

そこで私は訊いてみた。「ビク、腹は減ってないか?」


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私はビクと一緒に、彼女のエサ場がある防砂林の中へ入っていった。

しかしここでもビクは私の望む行動をとってくれない。


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私に背を向けて地面に座り込んだビクは、ネットの裂け目から外の光景を眺めている。

自分に害意を持った者があとを追って来やしないかと警戒しているのだろうか。

それともこのまま唯々諾々と私をエサ場へ案内することに抵抗を感じているのだろうか。


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いずれにしろ私はビクを急かすような言動を差し控えてじっと待つことにした。

何しろビクにとっての私は、時折やって来る顔見知りのニンゲンという存在でしかないのだ。


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そもそもこの防砂林の一画はビクのテリトリーであり、また住まいがある場所でもある。

私はそこにいきなり現れたただの来訪者であり、加えてよそ者でもあるわけで、そんな立場の者にとやかく言う資格などない。

『 野良猫のテリトリーにおいては、そこに住む猫の意思を尊重して謙虚な態度で臨むこと 』

これは今回、ビクが私に与えてくれた教訓である。

けれど、よくよく考えてみれば‥‥、

“謙虚な態度で臨む” というのは、すべての行為対象へ対する際の不可欠な心構えのような気がするのだが‥‥。



〈つづく〉



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