思慕 (前編)

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前回の話で紹介したシャムMixや黒猫、茶トラがどういった経緯で海岸へやってきたのか、実際のところは私にも分からない。
ただ幼いアメショー柄のキジ白の子の場合は、自らの足で海岸へ来ることなどありえないので、飼い主の手によって遺棄されたと断言できる。
動物愛護法の罰則が強化されても、この手の “犯罪” はいっこうになくならない。
悲しくてやりきれないことだけれど‥‥。



そしてここにも、ニンゲンの手によりゴミのように捨てられた子がいる。

以前『ニューカマー』で紹介した灰シロ猫だ。
あの時点では、この幼い猫がどういういきさつでこのエリアに住みつくようになったのか分からなかった。


その後、複数の関係者に訊いたところ、この灰シロ猫は2015年の11月にいきなりこのエリアに現れたと言う。
とすれば、月齢にして2~3ヵ月のころだ。

生後2~3ヵ月の仔猫が自ら交通量の多い国道を渡って海岸へ来ることなど常識では考えられない。

つまりは、この灰シロの子も酷薄なニンゲンによってここに捨てられたのだ。



おそらくそのニンゲンは、飼い猫が産んでしまったけれど何らかの理由で飼えなくなったこの子の処置に困り、エサ場がある海岸なら生きていけるだろうと安易に考えたのだろう。
だが‥‥。

海岸の実情を知っている者なら誰しもが、ここは猫の楽園などではけっしてなく、並外れた生命力とよほどの強運を持ちあわていなければ生き抜いていけないトコロだと確言するはずだ。
大半の海岸猫は2年を経ずに海岸から姿を消してしまい、その後の彼・彼女らの消息は杳としてつかめない。


だからこの灰シロ猫がこのまま海岸で2歳をむかえられるかどうかは、ひとえにこの子自身の力と運にかかっているのだ。
世話をするボランティアの人たちは食事は与えてくれるけれど、海岸猫を直接守ってはくれないのだから。


灌木の茂みの中から姿を現したのは、このエリアの最年長猫であるリンだ。
(先ほどちらりと姿を見せたのはリンの娘のサキだが、いつの間にか姿を消した)

リンの後ろ姿を見つめながら、灰シロの猫は尻尾を高くあげて身構えている。
その表情は何か良からぬことを企んでいるように見える。


そんな灰シロ猫を一顧だにしないで、リンは足早に私の脇をすり抜けていった。


灰シロ猫もリンのあとを追って、私の目の前を確固とした足どりで横切っていく。

このふたりはもちろん血縁関係にはないが、灰シロ猫が一方的にリンを慕っているフシがある。

今も、リンが見ているのをじゅうぶん意識して、いかにもかまってほしそうに身体を横たえている。
まあそれも無理からぬことだと私は思った。


なんとなれば母に甘え、兄弟と遊びたい時期に、その家族と無理やり引き離されたのだから。


しかし、そんな灰シロ猫を見つめるリンの表情は思いのほか険しい。
前回このエリアを訪れたときも、リンは灰シロ猫にまったくといっていいほど関心を示さなかった。
これまで常に身内と暮らしていたリンにとっては、幼いとはいえやはりよそ者の猫は疎ましい存在なのだろうか。

そのとき、我々のあいだを散歩中の犬が駆け抜けていった。
「ごめんなさい」と飼い主の女性が一声残して。
リンと灰シロ猫は犬の接近を察知すると、私の目の前からあっという間に姿を消してしまった。

灰シロ猫はすぐそばの灌木の茂みに身をひそめていた。
まれにみる大胆不敵な灰シロ猫も、さすがに犬は苦手なようだ。


今までも散歩中の犬が通りかかるたびに、さっきのように素早く身を隠していたのだろう。
不謹慎な飼い主は、大型犬であってもノーリードで散歩させるから用心するに越したことはない。


保護されたサンマのように犬に襲われて大怪我をする場合だってある。
私自身も何度か目撃したし、話にも聞いているが、飼い主の中には海岸猫に犬をけしかける悪質な輩もいる。


野良猫にとって海岸は、野生動物などの通常の外敵以外にも警戒しなければならない敵がいる場所なのだ。
家猫の平均睡眠時間が14時間なのに比べて、野良猫のそれは8時間ほどだというのもうなずける。
こんな環境にあってはうかうか寝てなどいられないだろう。


避難していた灌木から姿を現したリンを出迎えるように、灰シロ猫は近づいていく。
そんな灰シロ猫にリンはどんな対応をするのだろう。私としては何らかのリアクションがあることを期待してファインダー越しに注視した。
ところが‥‥。



「ジャマだからどきなさい!」とばかりに一睨して、リンは灰シロ猫を退けてしまった。
高圧的なリンの態度にあって、幼い灰シロ猫はひるんでしまう。


「やれやれ‥‥」リンのにべもない対応に私は思わず苦笑いをもらした。


けれど私の見るところでは、リンにつれなくされたことで灰シロ猫がめげている様子はない。

まだ何かを目論んでいる雰囲気すら感じられる。

ふと前方を見やると、灌木のあいだからサキが顔をのぞかせていた。


何やら物言いたげな表情でこちらを様子をうかがっている。



きっとリンの側にいることが嬉しくて仕方ないのだろう、灰シロ猫は跳ねるように走りまわる。

だがリンはそんな灰シロ猫をちらりと見ただけで、取り合おうともせず毛づくろいを始めた。

灰シロ猫はリンを見据えたまま姿勢を低くして身構え、尻を小刻みにふるわせている。
《おいおい、そんなことして大丈夫なのか?》これから起こるであろうことを予期して、私は胸のうちに一抹の不安を覚えた。

だがそんな私の心配をよそに、灰シロ猫はリンを目がけて猛ダッシュした。

灰シロ猫の突進を察知したリンは寸前で身をひるがして回避する。
が、灰シロ猫は委細かまわず再びリンに躍りかかった。


なおも執拗にリンのあとを追う灰シロ猫。

防砂ネットが邪魔をしてどういう状態かよく分からないが、ふたりの身体がもつれあう。
ただどちらも鳴き声は発していない。
生まれてからの3年間をホームレスの飼い猫として暮らし、その飼い主が海岸を去ってから今までの3年間を野良猫として暮らしてきたリン。
基本的には温順な性格だが、ぶしつけなマネをした我が子に猫パンチを放つ場面を何度か目撃している。
そんなリンのことだから、じゃれついたとはいえ、いきなり飛びかかってきた灰シロ猫に何らかのお仕置きをする可能性はじゅうぶんに考えられた。
〈つづく〉
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