パフォーマンス (後編 1)

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以前、高所作業に従事している人と話す機会があり、とても興味深いことをおしえられた。
そのときその人は、とあるコーヒーメーカーの倉庫を建設している現場で、屋上からつり下げられたゴンドラにのって外壁に金属パネルを貼る仕事をうけおっていた。
建設中のその倉庫は高さが60メートルもあり、さらに山の中腹に建っているので風が吹いてゴンドラがよくゆれると、その人は言う。
そこで私は素朴な質問をしてみた。「そんな高いところで作業していて怖くないですか?」と。
すると、彼の口からは私がまったく予想もしていなかった答えがかえってきた。

彼はまずこう言った。「この仕事をながくやっていると、ゴンドラの高さが60メートルでも恐怖はほとんど感じなくなります」
そしてつぎに、我々がもっとも恐怖心をおぼえるのは、ゴンドラが17、8メートルの高さにあるときなんです、と言った。
「17、8メートル‥‥、それはまたどうして?」私は疑問をすなおに彼へぶつけてみた。


そのあと彼が語ってくれたはなしの概要を以下に記す。
15メートル以下から転落したばあい、大怪我をしても命がたすかる可能性があるからあまり恐怖は感じない。
いっぽうゴンドラの高さが20メートル以上なら、それがいくら高くなっても墜落したら即死するという事実は同じなのであきらめがつく。
それで、ある程度の高さ以上になると腹がすわって、かえって恐怖はなくなる。
でも15~20メートルの高さから落ちたばあいは、即死しないで苦しみながら死んでいくかもしれない、と思ってしまう。
“だから地面から17、8メートルの高さで作業するときがいちばん怖い”。
彼のはなしを聞いて目からウロコが落ちる思いだったが、ただ20メートル以上ならいくら高くなっても恐怖を感じないということがどうしても理解できなかった。
日常的に不安定な高所で作業をしている人とそんな状況とは無縁でいる私などとでは、やはり高さにたいする感覚がちがっているんだな、と思ったのをおぼえている。
ところで‥‥。

ニンゲンと同様に、高いところがきらいな “高所恐怖症の猫” はいるのだろうか?
ひょとしたらなかにはそういう猫がいるかもしれないけれど、いたとしてもおそらく少数派で、大多数の猫は高いところを好む、 “高所嗜好症” とでもいうべき性質をもっていると思われる。
そうはいっても高所から降りられなくなる猫がいるからには、彼らにも恐怖を感じる高さがある。


たとえ木にのぼるのが得意なリンにしても、高さにたいする恐怖をもっているはずだ。
それが5メートルなのか10メートルなのか、はたまた20メートルなのかは分からないけれど。

あたりをひとしきり眺めていたリンだが、先に進めないことを悟ったのか、ゆっくりと身体を反転させていく。
それにしても、彼女は今の状況をどうやって切りぬけるつもりなのだろう。
この “キャットウォーク” から降りる手立てはあるのだろうか‥‥?


そんな私の思いをよそに、リンは迷いのないしっかりとした足どりで鉄パイプを歩いていく。

リンはふいに立ちどまると、目の前の松の枝を仔細に見つめはじめる。
「何か気になるものでも発見したのかな」私はただ漠然とそう思っていた。
ところが、この直後にリンがとった行動は意外なものだった。


「あ‥‥」私は思わず声を発した。
フェンスから降りるのにこんな方法があったのかと、私は虚をつかれた思いだった。



眼前の事象を皮相的にただ漫然と眺めていた私には、こういう発想がまったく浮かんでこなかった。
さながら、不可能だと思いこんでためすことすらしないでいたら、目のまえでいとも簡単に卵をテーブルに立てられたような心持ちがする。


野生の本能をいまだに堅持している猫は、身体と同様に頭もしなやかだということかもしれない。
少なくとも “頑固、堅物、石部金吉” などと、しばしば揶揄される私などよりは。

ズームを広角側にすると、リンを見あげているテルの姿がファインダーに入った。
それまでリンにばかりレンズを向けていて気づかなかったが、テルも私と同じようにフェンスにのぼったリンを追って移動していたのかもしれない。


地面にたいして70~80度もの角度がある松の木を、リンは頭を下にして降りてくる。
こんな離れわざのようなマネが可能なのは、『回外』という手のひらが上を向くように前腕を回転する動作を猫が獲得しているからだ。
この回外を難なくやってのけるのは霊長類以外だとネコ科の動物くらいで、だから彼らは幹や枝を両腕で抱えこむようにして高い木にものぼれる。

エサ場につく直前にリンがおこなった、この不思議な行為の前腕のかたちを見れば理解しやすい。
ちなみに猫は普段の生活において前足の親指をつかわないが、木などにのぼるときはほかの4本の指を補助する役目をになう。
いっぽう、後ろ足の親指は木のぼりのさいにも不要なので退化消失している。

もしかしたら‥‥。
防砂フェンスにのぼるパフォーマンスを見せるため、その準備運動としてリンはこの不可解な行動をとったのではないだろうか。
まあ、いささか穿った見解だが、猫は用心深い動物だからありえなくはない。

リンが地面まで1メートルほどのところにたっしたときだった。
それまで身を低くかまえてリンを眼で追っていたテルがいきなり駆けだした。


そして着地したリンのそばまでかけ寄ってきた。
まるで「すごいすごい、あんな高いところへのぼるなんて、やっぱりボクが尊敬するリンおばさんだ」とでも言わんばかりに。


ふたりのあいだで無言のうちにどんなやり取りがあったのか不明だが、リンが脱兎のごとく逃げ去ると、テルもすぐにあとを追って、ふたりともネットのすきまから外へでてしまった。
(予期しない動きだったのでシャッターチャンスを逸し、リンが柱の陰に隠れている)

ところが何を思ったのか、テルはリンのあとを追わずにとなりの防砂林へ飛びこんでいく。

リンはというと、後ろもふり返らずにそのままレンガ道を駆けていった。
彼らのようにネットのすきまから抜けられない私はフェンスの端までいき、ネットを回りこんだ。


灌木の茂みの前で、うずくまっているリンをまず発見した。
ただ、あたりを見まわしてもテルの姿はない。


やがてリンはおもむろに身体を起こすと、ゆっくりとした足はこびで道路へでていく。
そして私がリンのあとから付いていこうとしたときだった。

突然、前方の防砂林からテルが走りでてきた。


テルはスピードを緩めずに、そのままリンのわきをすり抜けていった。


それをきっかけに、前日とは立場をいれかえたリンとテルの追走劇がはじまった。
テルのテンションが異常に高いのは、リンのパフォーマンスから受けた興奮が冷めやらずにいるからかもしれない。
〈つづく〉
日産自動車が提唱している『#猫バンバン プロジェクト』を紹介します。
外で暮らす猫たちは寒い冬場に暖かさを求めて、停まっている車のエンジンルームや
足回りに潜りこむことがある。
それを知らずにエンジンを始動すると、猫が負傷したり、最悪の場合は死亡します。
実際に駐車中の車にひそんでいたふたりの海岸猫(ミイロ・シシマル)が
発進した車のタイヤに轢かれて死亡し、
ひとりの海岸猫(カポネ)が始動したエンジンで怪我をしている。
そんな事故を防ぐため、 “エンジンをかける前” にボンネットを叩いて猫たちの命を救うのが
『#猫バンバン プロジェクト』の趣意です。
『#猫バンバン プロジェクト』の詳細は下の画像をクリックしてください。
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