心もよう (中編)
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リンが本気で娘のサキをやり込めようとしていないのは明らかだ。
猫の “犬歯” は鋭く、その気になればサキの喉笛などいとも簡単に食い破れる。
そしてよく見ると、猫のもうひとつの強力な武器である爪をリンは出していない。
とはいえサキの必死の形相からすると、リンにツボを押さえた効果的な部位を攻められているのだろう。
とりわけリンが噛みついている首はあらゆる生き物にとってのウィークポイントだ。
多くの生き物は、腕や脚を切断されても迅速かつ適切な手当てを施されれば命を落とすことはないが、首を切断されるとそうはいかない。
ちなみに『首根っ子を押さえる』という慣用句は、相手の弱点や急所をつかんで動きをとれなくする、という意味である。
やはり私が受けた印象どおり、リンは効率のいい組み伏せ方をしているのだ。
サキは身体をひねると、右脚の肘を曲げ左手を使ってリンの頭を押し返しはじめる。
そして‥‥。
リンが上体を反らした一瞬の隙きを捉えると、サキはリンの頭を両前足ではさんだ。
その反撃が効いたのか、リンは表情を歪めながら更に身体を後ろにのけぞらせる。
サキがとっさに繰りだした技、『顔面つかみ』とか『顔面ひねり』とでも呼べばいいのか。
それはともかく、サキの反撃が思いのほか効いたのか、リンはようやく力を抜いた。
するとサキは身体をおもむろに起こすと、つぎの瞬間脱兎のごとくその場から駆け去っていった。
サキのうしろ姿をきびしい表情で凝視するリン。
「ただのレクリエーションなんだからもう少し遊んでくれてもいいのに」とか「親に手をかけるなんて、なんという娘なのかしら」とでも考えているのかもしれない。
サキはリンから充分離れたところまで移動すると、唐突に毛づくろいをはじめた。
おそらくは昂ぶった気持ちを落ちつかせるための転位行動だろう。
私が見るところ、サキの体格は今では母であるリンとおっつかっつであり、そして体力的には若いサキのほうがリンを凌駕していると思われる。
それなのに遊びとはいえ、リンからの攻めを受忍していたのは、やはり母への潜在的な畏怖と気遣いがあったのだろう、と私は想像しているのだが。
ニンゲンの、それも父と息子の場合、それまでの力関係(あくまでも実際的な膂力)が逆転する時期がやってくる。
たがいに口や態度にはけっして出さないが、その事実を両者ほぼ同時に自覚し、息子は一抹の寂しさと微かな優越感をいだき、父親は息子の成長を喜びながらも淡い屈辱感をおぼえる。
(ただ念のために断っておくが、この事例はあくまでも私自身の体験に基づいている)
だからもしかすると、猫の親子のあいだにもこれに似た微妙な感情が交錯するのかもしれない、と私は考えてしまうのだ。
それはともかく先ほどの母娘の “バトル” を見て、私としては安堵している。
なんとなれば、リンが病を克服し完全に治癒したことを予想外のかたちで確認できたからだ。
毛づくろいを終えたサキは、リンに一瞥もくれずに木立を抜け防砂林の奥へと歩きはじめる。
サキの成長にともなって、母娘が別行動をとる機会が増えてきているようだ。
それはとりもなおさずサキがおとなの猫になったあかしであり、親であるリンもそのことを認めている証左なのだろう。
サキは前を見すえたまま迷いのないしっかりした足取りで灌木のあいだを進んでいく。
まるで明確な目的でもあるかのように。
灌木のなかに放置されたブロックのかけら、サキはその上にちょこなんと座った。
ここがサキの目指した場所なのだろうか。
しばらく辺りに目をめぐらせていたサキだったが、ついと頭上を見あげると、そのまま樹枝の隙間から薄曇りの空を見つめはじめた。
日向ぼっこができる暖かな太陽の光が差してくれないかな、とでも思っているのかもしれない。
やはり母娘だから以心伝心で気持ちが通じ合うのだろうか、リンもサキに呼応するように白く平べったい雲が広がる空を恨めしそうに仰ぎ見る。
せっかくエリアで唯一の開けた場所にいるのに、肝心の太陽が顔を出さないのをリンも残念がっているのかもしれない。
サキは灌木の中から出て、近くにあった木に駆け登ると、思案顔で座りこんだ。
優秀なハンターである猫は常に爪を尖らせておく必要がある。
だがサキはほんの数回、それも軽く樹皮を “撫でた” だけであっさりと爪研ぎをやめてしまった。
このいかにもぞんざいな爪研ぎ、私には転位行動の一環に思えるのだが‥‥。
もしかしたらこれもまた先刻の木登りと同様に母へ対する示威行為なのかもしれないし、まったく違う感情をおさえるための行為かもしれない。
結局のところ、このあたりの猫の実際の心情を理解するのは、私にとってはやはり “難題” だということだ。
サキはそれから木立のなかを突っ切ってリンがいる場所の方へ進むと、木立が終わる細い立木の脇に座りこんだ。
そして側にいる私を見返してきたが、そのサキの瞳には微かなためらいの色が感じられる。
サキの視線は真っすぐリンに向けられている。
サキがこのあと何をしようと考えているのか、私にはまったく分からなかった。
すくなくともこの時点では。
一方のリンはさっきとおなじ場所にいる。たぶん1ミリも移動していないだろう。
香箱をつくった姿勢にも変化はみられず、微動だにしていない。
そこへフレームインしてきたサキは慎重な足運びでリンへ近づいていく。
「サキは何をするつもりなんだろう?」
遊びとはいえ、今しがたリンに強引に組み敷かれたばかりなのに、と私はいぶかった。
サキはリンの目の前まで行くと、腹を上にしてごろりと地面に身体を横たえた。
動物にとって、たとえば犬の場合などは、こうしておのれの弱点である腹を相手に無防備に晒すのは、たいてい降伏・恭順をしめす行為だ。
ただ猫の場合は腹を晒すことの意味合いが犬とは異なっていて、「ワタシはあなたに全幅の信頼を寄せていて、安心しています」という気持ちのあらわれだと言われている。
私がそんなことを考えているあいだに、リンはゆっくりと身体を旋回させると、先ほどとおなじようにサキを押さえこみはじめた。
サキは自ら第2ラウンドのゴングを鳴らしたかったのだろうか?
やはりというか、当たり前というか、猫の気持ちを理解するのは容易ではない。
〈つづく〉
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そこで今回も日産自動車が提唱している『#猫バンバン プロジェクト』を紹介します。
外で暮らす猫たちは寒い冬場に暖かさを求めて、停まっている車のエンジンルームや
足回りに潜りこむことがある。
それを知らずにエンジンを始動すると、猫が負傷したり、最悪の場合は死亡します。
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そんな事故を防ぐため、 “エンジンをかける前” にボンネットを叩いて猫たちの命を救うのが
『#猫バンバン プロジェクト』の趣意です。
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